悲しい
私が箱庭に椅子やらテーブルやら並べていると、雛子がいつも破壊していく。雛子はもう何でも口に入れるような年ではなくなったので、おろおろとそんな心配をする必要もなく、私は彼女が好き放題しているのをただ見つめている。
雛子は椅子を蹴り飛ばし、テーブルを叩き壊し、開かない窓にかかったカーテンを引きずりおろす。
私はそれを見ながら、苦い思いに浸る。べつにどうってことない。痛くない過去だけ持っている人なんているのだろうか?
私の胸に渦巻く苦い思いに気づくはずもなく、雛子は破壊し続ける。
「雛子、テーブル壊しちゃったらご飯どこで食べるの?」と私が聞くと、雛子は私の胸元に抱きついて「ここ」と笑いながら言った。
冬の寒さと春の暖かさが変わりばんこに訪れ、天気予報が混乱しては、それを自ら笑い話にするような季節の変わり目のある日のことだった。
朝から家事に忙しく、洗濯物を干してようやく一息ついた。まだ冷たい空気に差し込む暖かい日差しと、春の強い風になびいて、夕方には洗濯物はすっかり乾くだろう。
部屋へ戻りドアを開けると、雛子は既に部屋の中に居た。ニコニコ笑っている。
私は傍らの箱庭を見て目を疑った。
私の箱庭はいつも同じだ。それはいつか見たことのある家であり、何度別の置き方をしても、いつも同じになってしまった。
なのに、今は見たことのないレイアウトになっている。
私は待った。いつもの苦い思いを。もう何年もそうであったように。何をしても、かわらなかったように。
いつもそうだった。結局は理由のわからない苦い思いが、すべてを無に帰してしまう。だから私は何もしなくなった。私の箱庭は、何もしない私の何もしなくても必要な居場所だった。
私は待った。
雛子が私をじっと見上げている。
あの苦い思いが、もうわきあがってこない。止まっていた取り返しのつかない時間が私の中を流れ始めた。そのあとに悲しみが残った。 了