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04

「さて、それじゃ行ってこようかな」

 セイのその言葉に、一香はソファを蹴る足を止めた。

 『緋炎でいく~』が急遽とりやめになり、セイとリクの二人から散々脅しをかけられからかわれた彼女は、鬱憤をはらすためソファに八つ当たりのごとく蹴りを入れていた。傍らのリクが“馬鹿猫……”とでも言いた気な目で一香を見るので、ますます鬱憤が溜まる。

 その間、セイはなにやらごそごそと寝室でやっていたのだが、ソファをズタボロにすることに夢中になっていた一香はさっぱり気づかなかった。

 それで、戻ってきたセイが言うことには。

「イチカ、少しの間留守にするからちゃんといい子にしているんだよ?」

 私は幼稚園児か。

 セイはいつもの室内用の軽装に、薄手の上着を羽織って寝室から出てきた。

 ラフな服装にプラスラフな上着を羽織っただけの全くもってラフな服装なのだけど。それでも外出するということで少しはオシャレを意識したのか、いつもはあまりつけないアクセサリーを身につけていた。左耳にピアスが三つと、右耳に一つ、それから右手に指輪が二つほど嵌められている。

(マスターめ、色気づきやがって)

 珍しげにそれを見ていた一香が物欲しそうにでも見えたのか、セイはくすりと笑って右手にはまっていた指輪の一つを外し、一香の手を取った。

 キラキラと光を反射して光る金色の指輪が一香の右手の薬指に嵌められる。

(おおー! キレイ!)

「私が留守にしている間、イチカを守れ」

 セイの言葉に応えるように、金色の指輪は色味を変え、白銀に青い模様の入ったデザインへと変化した。

「今の、魔法?」

 白雪のように純粋に輝く白銀と、冬の空みたいに冷たさを帯びた薄い青。キレイだけど凛として気高く、人を寄せつけない寂しさがある。

(まるでマスターみたいだ)

 指に嵌められたそれを何度か撫でるようにして触れる。サイズもいつの間にか魔法で調整されたらしく、ぴったりと一香の指におさまっている。

「気に入った?」

 セイが聞くと、一香は視線も向けずにコクンと一回頷いた。

 きらきらと輝く不思議な指輪。形はなんの飾り気もない、つるりとした輪っかの形をしているのだけど。青色の模様が角度を変える度、宝石のように色を変え、それがなんとも言えず綺麗なのだ。

「大人しく留守番していたら、留守中だけでなく、ご褒美としてイチカにあげるよ」

「本当!?」

 勢いよく食いついた一香に、セイはくすと笑う。

 けれどそんなこと全く気にならない様子で一香は「本当にくれる!?」とセイに聞き返した。

「ああ、あげるよ。リクと二人で仲良くお留守番ができたらね」

「わーい……って、え?」

 ちょっと待て、マスター。今なんと?

 聞き捨てならぬ言葉を聞いて固まる一香をよそに、セイは「後は頼むね」と言ってリクに声をかける。

 ちょ、ちょっと待ってよ、マスターさん。リクに“あとは頼む”ってなにを頼むの!? 私を!? 留守中、この礼儀知らずの嫌味男に私を見張らせるつもり!?

「あの、マスター?」

「なに?」

 いや、なに? じゃなくて。

 とりあえず見張り役を誰か他の人にチェンジしてくださらないだろうか。いや、チェンジじゃなくても、私留守番くらい一人で出来ますし。リクと二人でお留守番なんて言ったら、余計“大人しく”なんて出来ないと思うのですが(ああ、ご褒美の指輪が遠ざかる……)。

「あの、あのね、マスター」

 必死で訴える一香に、けれどセイは悪戯に笑って

「行ってきます、のキスでもする?」

 からかうように言った。

 阿呆か! 誰がおのれとのキスを要求したと言うんじゃ!

「冗談だよ」

 毛を逆立て憤慨する一香に、セイはくしゃりと一香の頭を撫でて彼女の頬にキスを落とす。

(やっぱりするのかよ……)

「それじゃ、すぐに帰ってくるからね」

 リクと一香を交互に見やって、セイは言った。

 部屋を出て行く主に、一香は高速で頬を拭いながらそれを見送り、リクは丁寧に頭を下げて一礼した。


 そうして、パタンと扉が閉まった直後。

 リクは虫けらをみるような目でもって一香を見下ろし、一香も心の底から嫌悪を込めてリクを見やった。

 開戦のゴングが今、鳴り響く。

 いざ、勝負!

「あ、リク、イチカ。“私が帰ってくるまで、仲良く”するんだよ」

 ガチャ、と扉を開けて戻ってきたセイに命令を受け、リクに飛びかかろうと助走をつけていた一香はビタン! と小気味良い音を立て無様に床に落ちた。

(うぅデジャブ……)

「じゃあ、行って来るから。大人しくしていてね、イチカ」

 限定で言うセイに、

(さっさと行け、馬鹿マスター!)

 一香は床にへばりつきながら悪態をついたのだった。


 ※※※※


 木の上に黒い影が三つ、屋敷の離れにあるとある一室を窺うようにして眺めていた。生い茂る葉や木の枝の影に隠れて、部屋の主に見つからぬよう息を潜めている。

(おい、出てきたぞ)

 静かに開かれた扉から現れた人物に、黒い影は揃って反応を見せた。

 しかし、部屋の主と思われるその人物は一旦部屋から出たあと、また部屋の中へと戻っていってしまった。

(何しているんだ? あいつ)

(静かに)

 首を傾げた影の一つに、別の影が気を抜くなとたしなめる。

 しばらくして、また同じ人物が部屋から顔を出し、ようやく長く続く廊下を目的の場所へと歩き出した。

(行ったか?)

(まだだ)

(魔力の気配がする)

 警戒に警戒を重ね、完全に彼の人の気配がその場から消えた頃。

(もういいか?)

(いいよ)

(もう気配もしない)

 影たちは潜めていた身を露にし、ニヤリと顔を合わせた。


 ※※※※


「セイ様、お待ちしておりました」

 セイは屋敷の離れを出て、数ヶ月ぶりにオークレール家の本邸へと足を運んでいた。オークレール家は、セイが叔父との政権争いに敗れた後、監視する目的で放り込まれた場所である。

 使用人たちは久しぶりに顔を見せたセイに一礼して出迎えの言葉を述べた。

 離れとはいえ、屋敷内に住むセイを外から来た来客のように振る舞うのは、彼らの意図ではなくセイがそう望むからだ。

 監視役と、される側。どんなに長くこの場所に居着いても、決して心を許せる存在ではないのだ、とセイは常に心に留めていた。


「サツキは?」

「庭園の方に。お茶などをご用意してあります」

「あまり長居をするつもりはないのだけど」

「サツキ様のご意向ですので」

 それだけ言って、使用人は口を噤む。

 セイは手をかざし、下がれと合図を送ると、玄関を横切り外廊下へと繋がる通路へと足を向けた。


 小さな森のように草花が自然の姿のまま生い茂る庭園に、ポツンと小さな東屋が設けられている。木々に覆われるようにして存在するそこに、一人の人物の姿を目に留め、セイはそちらに歩み寄った。

「サツキ」

 声をかけると、サツキと呼ばれた人物はゆっくりと椅子から立ち上がり、微笑を作った。

「久しぶりねぇ、セイ」

 緩く巻かれた美しい黒髪に、パッチリとした二重瞼の黒い瞳。長い睫が白い頬に影を落とし、形良い唇には真っ赤な口紅が塗られ、妖艶な雰囲気を醸し出している。

 オークレール家の長子、サツキ=オークレール。リクの二人いる兄妹のうちの一人だ。

「なんの用?」

 微笑を浮かべながらも、セイはどこか突き放すような響きのする声で言った。

「いやだ、挨拶もなしに用件を聞くの?」

 いつからそんなにせっかちになったのよ。サツキは笑って傍らの椅子を引いた。

「とりあえず、立ちっぱなしってのもなんだから椅子に座ったら?」

「残念だけど、早く部屋に戻らないといけないんだ」

 セイは首を振ってそれを辞するが、サツキは強引に彼の腕を掴んで椅子に座らせる。

「久々に会ったんだから、そんなこと言わずにお茶の一杯でもつき合ってよ」

 サツキは自らもセイの隣に腰を下ろし、テーブルの上のティーセットからポットとカップをとった。オークレール家の庭で取れるハーブティー。湯気の立つそれをゆっくりとカップに注ぎいれながら、「いい香り」サツキは香りを楽しむように目を細めた。

「私を呼んだのはただ一緒に茶を飲みたかっただけか」

 自分のペースに持ち込もうとするサツキに、セイは少し苛立ちながら聞いた。

「それもあるけど、それだけじゃあないわ。お砂糖とミルク……は、入れない主義だったわよね」

 確認するように呟いて、自分の分にだけ角砂糖を二つ落としミルクをたっぷり注ぎ込む。何も入れていないストレートの茶の方をセイの目の前に置いてやるが、セイはそれに目を向けることなく、また口を開いた。

「宮廷魔術師は今忙しい時期じゃなかったのか」

 人並以上の魔力を持つサツキは、普段は宮廷魔術師の第二師団長として宮廷に仕えている。本来ならこんなところで悠長にお茶など飲んでいられるような身分ではないその人に、どうして帰って来たのかと里帰りの理由を聞くが。

「ええ、忙しいわ。時期がどうとか関係なしに、宮廷魔術師はいつも仕事に追われてる」

 しかし、サツキはわざと答えをはぐらかすようにして言葉を紡いだ。

 よほど用件が言いづらい内容であるのか、それともセイを足止めしておきたい理由があるのか。

「そんな多忙で、よく里帰りなんてできたな」

 セイは用件をせかすも、

「あら、別に部下に仕事押しつけてきたりなんてしてないわよ? ちゃんとした有給休暇、貰ってきたの」

 のらりくらりとかわされてしまう。

「叔父上に、何か言われたのだろう」

 探るように言うセイに、サツキは微笑を浮かべて茶を口に運んだ。

「当たらずとも遠からずってところかしら。セイ、貴方の子猫ちゃんは元気?」

「なんのことだ?」

 今度はセイがとぼける番だった。

 セイが、意味が分からない、と首を傾げると、サツキはそれを見て一層愉快そうに笑みを深くする。

「やだわ、とぼけちゃって。いるんでしょう? 貴方の可愛い、可愛い三毛猫ちゃん。見つかったなら報せてくれればよかったのに」

「なにを根拠に」

「貴方がここにいるというのが、なによりの根拠よ。今まで三日と開けず子猫ちゃんを探しに出ていた貴方が、ここ数日ずっと離れにこもっているそうじゃない」

「リクに聞いたのか」

「いいえ。リクを見張らせていた、うちの使用人に聞いたの。あの子、貴方のこと大好きだから」

 実の兄妹よりも、セイを慕っているリクは、セイがいる時は必ず日に一度離れに顔を見せる。

「それで、子猫ちゃんを見つけたんじゃないかと思って帰って来たんだけど。酷いんじゃない? 宮廷魔術師うちの子たちに散々手伝わせておいて、連絡の一つもくれないなんて」

「最近は全く手を貸さなかったくせに、よく言う」

 途方もない異世界を渡り歩き、セイは一人だけで一香を探し続けた。

 あの日、彼女を見つけた時どんなに嬉しかった事か。

「仕方ないでしょう。私たちも色々と忙しいのよ」

「だったら里帰りなどせず、宮廷に籠もっていればいいじゃないか」

 こんな――イチカが見つかった――時ばかり帰ってくるのじゃなくて。

「こっちも都合があるのよ。で、いるのよね? 子猫ちゃん」

「いるとしたら?」

 それがなんだとセイはサツキを睨む。

「そんな怖い顔しなくたって、別にとったりしないわよ。まあ、ただちょっと、能力は見させてもらうけどね」

 サツキが色っぽくウィンクしてみせたその瞬間、離れの方からガシャンッという大きな音が響いた。

「――っ! なにをした、サツキ」

 すぐさま立ち上がり離れに向かおうとするセイの腕をサツキが掴む。

「ちょっとしたお遊びよ。大丈夫、怪我なんかさせないから」

 振り払おうとする手に光の魔法で拘束具をつける。

「セイ。“あの子達”が子猫ちゃんの相手をしている間、貴方には私のお相手を頼もうかしら」

「私に喧嘩を売る気か」

「いやん。喧嘩だなんて、物騒ね。ちなみに、この拘束具はハンデということで」

「師団長が言う台詞か」

「そっちだって、ちゃっかり攻撃用の魔法道具マジックアイテム身に着けてきてるんじゃない」

 もしかしてこうなること予測してた?

 訊ねてくるサツキに、セイは笑みでもって返す。

「憎い男ねぇ」

 サツキは口の端を上げてセイを見やった。

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