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03.5

3話の翌日のお話。短めです

 次の日。


 ドタン! ベチ! バタバタバタ、ドタンッ、ドテ!


「……なにをしているんだ、お前」

 ――はっ! み、見られた!

 何度も助走をつけては下手なジャンプを繰り返していた一香は、いつのまにか部屋に入ってきていたリクに訝しげな視線を送られた。

「昨日、緋炎が消えていった穴が気になるようだよ」

 リクの問いに答えたのは隣室へ行っていたセイだ。朝食を食べ終えるなり書斎に向かったから、なんだろうとは思っていたのだけれど、どうやらリクを呼びに言っていたらしい。

 こんな嫌な男昨日会っただけで十分なのに。早く用を済ませて帰ってくれないだろうかと、一香は眉を寄せる。

「穴って、次元の狭間のことですか?」

 尋ねるリクに、セイが頷いた。

「大方、あれを通れば家に帰れるとでも思ったのだろう。今朝からずっと天井に飛び上がる練習をしているよ」

 ――ば、ばれてたのか。

 今朝は早くに起き出した一香は、まだ寝ていたセイの目を盗み、一人特訓をしていた。今も、セイが隣室に行っている間ジャンプを繰り返し、何度も飛び上がっていたのだが、全てバレていたらしい。

「あんなにドタバタやっていれば、誰だって気づくよ」

 不服そうにする一香にセイが言う。

 昨日緋炎が消えていった穴――次元の狭間とリクは言っていたけれど、それを通れば家に帰れるんじゃないかと、まさにセイが言った通りのことを一香は考えていた。だって、緋炎はあの穴を通って地球にいる両親に手紙を渡しに行ったのだ。とすれば、つまりあの穴は地球に繋がっているわけで、イコール一香もあれに飛び込めば地球に行けるのではないか。単純計算で考えて、一香は一生懸命天井の穴――今度緋炎が穴を開けた際に飛び込もうと、その練習をしていたのだった。

 ソファや家具を使えばなんとか届くと思うのだ。一応、一香は今猫なのだし、脚力もそれなりに上がっているんじゃないだろうか。

「やめておけ、馬鹿猫。お前があれに飛び込んだところで迷子になるだけだ」

 相変わらずの嫌み混じりで言ったのはリク。

 誰が馬鹿猫だ、誰が!

「迷子になんかならないもん、私これでも方向感覚はいいんだから!」

 馬鹿にするな!

 毛を逆立てる一香に、リクはやれやれとまたも馬鹿にした様子で首を振る。

「そういう問題じゃない。次元の狭間は果てのない迷宮、異世界渡りを身につけたものしか渡れない途方のない場所なのだ。魔術の何一つ使えぬお前に、渡れるような簡単な場所じゃない」

 諦めろ、と言われても、一香は天井を睨むのを止められなかった。そんな(セイに)都合のいい話、信じられるか。一香を帰さないようセイと組んで一香を騙すつもりなのだろうが、そうはいかない。迷うと言ったって、緋炎にくっついて後をつければ問題ない。道を知っている緋炎を見失わないように歩けば……

「イチカ、なにをたくらんでいる?」

 ふぅ、と耳に息をかけるようにしてセイが一香の肩を抱く。

 ちょっ! この変態!

「リクの説明を聞いただろう。馬鹿な考えをもつのはおやめ」

「だって!」

 信じられないもん、そんなこと。

「私は狭間に飛び込んで二度と帰ってこなかった者を知っているよ?」

 そっと、声のトーンが低く落とされる。

「幸運にも戻ってきた者もいたが、すっかり気が狂い、精神を病んでいた。目は虚ろで髪は色を失い、言葉にもならない叫び声を上げて、数日後、自ら命を絶った」

 ……し、信じないぞ。

「ある者はガリガリに痩せて戻って来て、全身ひっかき傷だらけ。精神を維持するため痛みで気を保とうとしていたのだろうが、こちらに戻って来ると同時に事切れ、亡くなった」

 ひえー。

「数十年さまようものもあれば数百年さまよい、ミイラとなって亡骸だけ戻ってくることもある。……私はね、イチカ。可愛いお前をそんな状態にはしたくないのだよ」

 恐ろしい迷い人たちの話をそう締めくくった後、セイは優しく一香を抱きしめた。

 ――う、嘘だっ! 信じない! 誰が変態セクハラ誘拐犯のことなんか信じるもんか。

 ……でも。

 一香は思う。

 でも、もし、万が一、億が一、それが本当であったなら。 想像して、一香はちょっと身を震わせた。一香はまだピチピチの十七歳、日本の平均寿命の半分も生きていない自分が、セイの話にでてきた迷い人たちのようにミイラになる姿を。

「まあ、ミイラになっても帰ってこれるだけマシですけどね」

 ――意地悪!

 追い討ちをかけるようなリクの言葉に、一香はとりあえず『緋炎でいく次元の狭間~終着地点地球まで』の計画を取りやめにしたのだった。

 まだミイラにはなりたくないしな、うん。

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