第8話 ブルートフルスの聖教会
射撃練習をするクロティルデたちのもとに、エスケン支部長が姿を見せた。
「おー、やってるな。調子はどうだ?」
クロティルデがエスケン支部長に顔を向けて答える。
「悪くないわね。それより、何の用かしら」
「さっきツェールト司祭のもとに行ってきた。話は通しておいたから、なるだけ早いうちに会いに行ってやってくれ。向こうで採寸をしたいそうだ」
「そう……わかったわ」
エスケン支部長はクロティルデに手を挙げ、ニヤリとしながら射撃訓練場をあとにした。その背中を見ながらクロティルデが告げる。
「ニーナ、訓練は中止よ。これから聖教会に行くわ」
「――これからって、今すぐってこと?! 『なるだけ早く』とは言われてたけど、そんなに慌てて動く必要があるの?!」
クロティルデが小さく息をついた。
「あなたね、『悪竜』が暴走するまで、そう長い時間はかからないの。噂が出回り始めてからもう二週間。早ければ二週間以内に暴走が始まるわ。『救済』は早いに越したことはないのよ?」
「……わかった。それで、この銃はどうしたらいいの?」
「自分で持っていたらいいじゃない。少し目立つけど、どこかにしまえないの?」
ニーナが戸惑いながら、自分の服に汎用魔導銃をしまえないか試していく。だがどの場所も、しっくりくる場所がないようだ。それを見てクロティルデがため息をついた。
「わかったわ。出かける前に倉庫に行って、あなた用のホルスターを見繕いましょう。予備の弾倉も一つくらいは持っていないとね」
「えー、そこまでするの? 私、まだこれを人に向けられる気がしないんだけど」
「威嚇射撃くらいはできるでしょう? あなた、狙った的には当てられるようになってきたじゃない。足元の地面にでも撃ちこめば、充分効果はあるわよ――行くわよ」
余った弾倉を抱え、歩き出すクロティルデにニーナが続いていった。
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倉庫に行ったクロティルデが、若い男性職員に告げる。
「足に固定するホルスターはあるかしら。魔導銃用のと、弾倉用のがほしいわね」
「ああ、そっちの子用にかい? ちょっと待ってて」
職員が棚の中から革製のホルスターを見繕い、それをカウンターに置いた。それを受け取ったクロティルデがさっそくニーナの太ももにホルスターを巻き付けて固定していく。
「ちょっとティルデ! いきなり着けないでよ!」
「時間がもったいないわ――これでよし、きつくない? 動きやすさは?」
両足にホルスターをつけられたニーナが、足元を見ながら軽く一回転して見せた。
「大丈夫、かな? たぶん」
「じゃあ、弾倉と汎用魔導銃をしまってしまいなさい」
戸惑うニーナからクロティルデが汎用魔導銃を奪い取り、ニーナの太もものホルスターへ銃を取り付けた。手に持っていた弾倉も差し込んでいき、二人が手にしていた十余りの弾倉すべてがホルスターへ吸い込まれた。
「……ティルデ、重たいわ」
「慣れれば平気よ――ありがとう、助かったわ」
若い男性職員に笑顔で手を挙げると、クロティルデはニーナの背中を押して倉庫を後にした。
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部屋に戻り外出の用意をしたクロティルデたちは、支部を出て大通りに出た。町の入り口方向に向かって歩き出したクロティルデが、すぐ近くの白い漆喰の建物の前で止まる。看板を見上げると、白い鳥のレリーフが門を飾っていた。
「ねぇティルデ、この鳥ってなんなの?」
「聖教会のシンボルよ。聖神様の御使いと言われているわ――入るわよ」
ずかずかと聖教会の敷地に入り、正面にある大聖堂のドアをノックもなくクロティルデが開けた。背後に振り向いたクロティルデが、入り口で固まるニーナに告げる。
「何をしてるの? 早く来なさい」
「う、うん……それにしても、大きな建物ね」
「……大きすぎるのよね。金回りが良い証拠よ。寄付金が潤沢なのね」
追いついたニーナの手を、クロティルデが握った。驚くニーナに、クロティルデが告げる。
「この中では私の指示に従いなさい。あなたを守り切れなくなるかもしれない」
小首をかしげるニーナは、渋々と頷いた。歩き出す二人は、大聖堂の奥へと向かった。
大聖堂の中央には赤い絨毯が敷かれ、その左右には木製の長椅子が並べられていた。何列もある椅子の間を、クロティルデたちは奥にある祭壇に向かって歩いていく。祭壇の前では白い法衣を着た壮年の男性――ツェールト司祭がひざまずき、祈りをささげている。
「『呼んでいる』と聞いたから来たわよ。私は退魔師クロティルデ。話は通ってるとも聞いてるわ」
祈りを中断したツェールト司祭が立ち上がり、クロティルデたちに振り返って温和な笑みを浮かべた。
「これはこれは、早速のお越しですか。私はエドヴィン・ツェールト。ここで司祭をしています。ドレスと社交場の手配をしてほしいと言われましたが、本気ですか?」
クロティルデは腰に手を当てて笑みを作った。
「応じてくれるから呼び出したのではないのかしら?」
「応じる前に、ご本人たちを確認したいと思いまして――そちらが『嵐の魔眼』を持つお嬢さんですか? 確かめさせてもらっても?」
ツェールト司祭がニーナの眼帯を見つめると、ニーナがおずおずと眼帯のひもを外し、緋色の右目をあらわにして見せた。それを見たツェールト司祭が息をのんだ。
「……確かに、『嵐の魔眼』ですね。ですが左目は『風の聖眼』で間違いない。これはいったいどういうことなのか……お嬢さん、お名前をお伺いしても?」
「ニーナです。あの、この目はなんなのでしょうか」
ツェールト司祭が首を横に振って答える。
「生憎と私にもさっぱりわかりません。退魔師が『悪竜』と並ぶなど、あってはならないこと。聖神様の奇跡である『天空の大鎌』が効果を発揮しなかったと、そういうことですか?」
クロティルデはツェールト司祭から目をそらさずに答える。
「そういうことよ。二度ほど斬りかかったけど、二回とも刃を体で受け止められたわ。聖神様の裁定が間違うはずがないし、彼女が『悪竜』でないことだけは確かよ」
「……となれば、ニーナさんの身柄は我々、聖教会で預かるべきでしょう。聖神様が授ける聖眼と竜の魔眼、両方を兼ね備えるなど、クヴェルバウム王国へ連れていき大司教猊下の判断を仰ぐべきです」
「それはお断りね。私は退魔協会の会長の承認を得ているわ。あなたたちにニーナを引き渡す気はないの」
ツェールト司祭の表情が冷たい微笑みに変わる。
「退魔師『ごとき』が、我々聖教会に逆らうとおっしゃるか。おとなしくニーナさんを引き渡すのが身のためですよ。応じられないなら、私も取引には応じられません。本国に連絡を入れ、正式に協会に勧告をすることになるでしょう」
ふぅ、とクロティルデがため息を漏らした。その手が首から下がるチェーンの首飾りに伸び、ブラウスの下に隠していたものを引っ張り出す。チェーンに留められていたのは、銀の指輪だった。クロティルデは指輪をツェールト司祭に見せつけるように突きつけ、改めて告げる。
「クヴェルバウム王家の名のもとに命じます。四の五の言わずに協力なさい」
ツェールト司祭が大きく目を見開いて指輪を凝視した。
「――それは、『聖王紋』?! なぜあなたがそれを?!」
指輪を服の下にしまいながらクロティルデが答える。
「司祭『ごとき』が知る必要はないわ。『赤い目の貴族』の情報を掴めるだけの社交場に連れていきなさい。ドレスや宝飾品は最低限で構わない。時間が残り少ないから、なるだけ急ぎなさい」
悔しそうに歯を噛みしめていたツェールト司祭が、ゆっくりと答える。
「……分かりました、二週間後に領主が夜会を開きます。その招待状をなんとか手に入れてみましょう。採寸は準備ができていないので、明日の朝で構いませんか」
「それで間に合うのかしら? 採寸に準備なんて必要なの?」
「今は女性の従者が出払ってますので。男性従者に採寸させて良いなら対応できますが」
ニーナが思わず声を上げる。
「男性に体のサイズを測られるの?! いやよ、そんなの!」
静かにツェールト司祭の目を見つめていたクロティルデが、小さく頷いた。
「わかったわ。では明日の朝ね。ドレスは必ず間に合わせて。あとの手筈は任せたわよ?」
「はい、かしこまりました」
身をひるがえしたクロティルデに手を引かれ、ニーナはツェールト司祭に会釈をしてからその場を去っていく。大聖堂を出ていく二人を、ツェールト司祭は睨み付けるように見つめていた。
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大聖堂に一人残されたツェールト司祭は、ため息をついて思案を巡らせていた。
――『聖王紋』など、クヴェルバウム王家の血族しか身に着けることが許されない物。まさかあの娘が王族だとでもいうのか?! それでは迂闊に手を出せないではないか!
ニーナの両目は『黄昏の聖眼』、それは間近で確認できた。ならば、あれは『半魔』だろう。もはやこれは、ツェールト司祭の手に余る事態だ。大聖堂に人がいないことを確認したツェールト司祭は、再び祭壇に向かってひざまずき、口を開く。
「≪緊急通信≫――大司教猊下、聞こえておられますか」
一分ほど待つと、ツェールト司祭の手にはまる銀の指輪から、しわがれた老人の声が返ってくる。
『何事か』
「『黄昏の聖眼』を確認いたしました。『半魔』で間違いないと思われます。ですが今はクヴェルバウム王族の退魔師が身柄を確保し、手を出せません。いかがいたしましょうか」
数秒の沈黙が訪れ、再び指輪から声が返る。
『確保せよ。『黄昏の聖眼』を再び失ってはならん。必ず確保し、我が前に連れてこい。これは厳命である』
「かしこまりました――≪霊脈切断≫」
静寂が支配した大聖堂に、ツェールト司祭のため息が響いた。
――好き勝手に言ってくれるものだ。だが明日は採寸でクロティルデも無防備になる時間を生み出せる。二人を別々の部屋に分けてしまえば、ニーナだけを拉致することは可能かもしれない。
立ち上がったツェールト司祭は、憂鬱そうな顔でゆっくりと大聖堂を後にした。




