第16話 害獣駆除(2)
春の太陽が顔を出し、辺りがうっすらと明るくなった。クロティルデの目が開き、静かな声でニーナをゆする。
「起きなさい、ニーナ。始めるわよ」
寝ぼけながらニーナが目を開き、大きな欠伸をした。レンツは立ち上がり、傭兵たちの肩をゆすって声をかけ、起こしていく。それぞれが静かに戦闘準備を進め、順番に馬車を降りていった。朝もやの中、レンツが小声で告げる。
「先導する。ついて来てくれ」
クロティルデたちが頷くと、レンツは足音を殺しながら森の中に入っていった。あとに続く傭兵たちは、がさがさと音を立てながら森へ入っていく。クロティルデとニーナは最後尾で、静かに男たちの背中を追った。
ニーナがクロティルデの腕にしがみつきながら口を開く。
「本当に始めるの?」
「そうよ? いつでもホルスターから魔導銃を抜けるようにしておきなさい。魔導弾は、私が合図をしたらいつでも撃てるようにしておいて」
ニーナが小首をかしげながらクロティルデの顔を見つめた。
「最初から撃ってはいけないの?」
「まとまったところに撃ち込まないと、弾が無駄になるわ。散らばっている野猪の民なら、通常弾で相手をしなさい」
クロティルデの言葉に、ニーナが小さく頷いた。森の中はまだ暗い。足元に気を付けながら傭兵たちはレンツの後をついていく。ローガーが呆れるようにつぶやく。
「あいつ、なんでこんな暗いのに道が分かるんだ?」
「さぁてねぇ……夜目が利くんじゃねぇか?」
別の傭兵が周囲を緊張した顔で見回しながら歩いていた。
「そんなことより、いつ襲われるかわかったもんじゃねぇ。本当にこの人数でやれるのかよ」
ローガーがフッと笑みをこぼした。
「後ろのお嬢ちゃんたちは、死ぬ気がないようだ。やれると信じてやるしかないさ」
傭兵たちが緊張で黙り込んだ。剣の柄に手を置きながら、レンツに遅れないように歩いていく。しばらく斜面を登ったところで、レンツが姿勢を低くして茂みの中に座り込んだ。
「静かに。腰を落とせ」
傭兵たちが慌ててしゃがみ込む間を、クロティルデが前へ出てレンツと共に茂みから奥を覗き込む。斜面は緩やかな崖になっていて、その向こうで多数の野猪の民たちが寝ていた。木の陰や茂みで正確な数は分からないが、百はくだらないように思える。
クロティルデが小さく息をついて告げる。
「右手が手薄ね。レンツたちは右手に回り込んで。私とニーナは左手から回り込んで数を減らすわ。間違っても私たちに近づかないようにして。魔導弾の巻き添えを食らって死んでも、責任は取れないわよ」
レンツが頷き、ローガーたちに振り向いた。ローガーたちも渋々頷き、茂みから遠ざかる。全員が茂みから遠ざかり、元来た道を下っていく。途中でレンツがクロティルデに振り返り、拳を突き出した。
「死ぬなよ」
「そちらこそ」
クロティルデが拳をレンツの拳にあわせたあと、斜面を回り込むように下っていく。ニーナを連れたクロティルデの背中を見送り、レンツが傭兵たちに告げる。
「まず先制攻撃はあいつらがやる。混乱した害獣どもを、こちらも奇襲で数を減らす。だが無理はしないでくれ。深追いは禁物、群れからはぐれた奴らを潰すことに専念しよう」
ローガーが舌打ちをしながら答える。
「俺たちはお嬢ちゃんたちの後始末か」
「それだけ、退魔師の力がすごいってことさ。一体でも取りこぼさないようにするのが俺たちの仕事だ。それだけ頭に叩き込んでくれればいい」
ローガーがレンツの目を見て尋ねる。
「前衛は誰が務める?」
「俺がやろう。あんたたちは後ろに下がって、回り込んでくる奴らを潰してほしい。さすがに俺も、囲まれると面倒だ」
ローガーたち傭兵が頷き、クロティルデたちとは反対側の斜面を下っていった。鞘からロングソードを静かに抜き、抜き身で手に下げながら森の中を歩いていく。二組の人間たちは、朝もやの中に姿を消していった。
****
クロティルデが足を止めた。野猪の民たちが眠る場所まで、三十メートル程度ある。ニーナは青い顔をして魔導銃を手に持っていた。足が震え、クロティルデにしがみついていないとまともに立っていられない。クロティルデがニーナの手に振れ、優しく微笑む。
「大丈夫、自分を信じなさい。今なら固まっているから、魔導弾の撃ち頃よ。遠慮はいらないわ。手加減なしの全力で撃ち込んでみなさい」
「で、でもティルデ! 外したらどうなるの!」
「しっ! 声が大きいわ。まずは落ち着いて、深呼吸しなさい――じゃあ、魔導弾を装填して」
ニーナが震える足で体を支えながら、魔導銃に魔導弾の弾倉をはめ込んだ。クロティルデに言われた通り、両手で狙いをつけて銃口を野猪の民たちに向ける。
――あれは害獣。放置すれば、酷い目に遭う。だからこれは、害獣駆除。
自分に言い聞かせながら、ゆっくりと引き金を引いていく。魔力を絞る時とは逆、体から魔力を送り込むつもりで手のひらに魔力を集めていく。そしてニーナの指が、引き金を引き切り――大きな破裂音と共に、野猪の民たちが爆炎に包まれた。ニーナは勢いで姿勢を崩し、後ろに倒れかかる。クロティルデは左手でニーナの背中を支えながら、右手で汎用魔導銃を抜いて素早く射撃を開始した。
「ニーナ! 続けて撃ち込んで!」
頷いたニーナが、震える手で再び銃口を相手に向ける。野猪の民たちは飛び起き、混乱したように辺りを見回していた。その姿は猿のように全身が茶色い毛で覆われ、口からはイノシシのような牙が天を衝くように生えている。その醜悪な姿を見たニーナが、悲鳴を上げながら引き金を引いた。
二度目の爆音が鳴り響き、再び野猪の民たちが炎に包まれた。燃え盛る体で走り回る個体を、クロティルデが冷静に射殺していく。
「その調子よ! あとはここで数を減らしていきなさい!」
クロティルデがニーナから離れ、横に広がるように走っていく。その間も精密射撃は続き、一発の弾丸が数匹の害獣たちを貫き、五体を消し飛ばしていった。ニーナが思わずクロティルデに振り向いて叫ぶ。
「ティルデ! 一人にしないで!」
「言ったでしょう! あなたならできるわ!」
クロティルデはニーナから十メートル以上離れた位置に陣取り、射撃を繰り返していく。弾倉が空になると留め金を外し、銃を引き抜くように弾倉を宙に放り出し、懐から取り出した弾倉をグリップに差し込んだ。ほぼ絶え間ない精密射撃が、みるみる野猪の民の数を減らしていく。それを見たニーナも、固唾を飲み込んで意を決し、三度銃口を害獣たちに向ける。三度目の爆音が森に響き渡り、野猪の民たちの数は大きく削られていた。
****
最初の爆音が聞こえ、森の中に赤い爆炎が発生した。森の木々が倒れていき、寝ていた野猪の民たちを下敷きにしていく。混乱している様子を確認したレンツが、声を上げながら走り出した。
「行くぞ! 害獣退治だ!」
傭兵たちが慌ててレンツの後を追い、野猪の民たちに迫っていく。害獣たちは混乱しながらも起き出し、手に武器を持って猿のような鳴き声を上げていた。レンツが手近な害獣に斬りかかり、そのまま首をはねていく。害獣たちも即座に反応し、レンツを取り囲もうと八体が応戦してきた。レンツは樹木を使いながら囲まれないように陣取り、一体ずつ処理をしていく。遅れた傭兵たちも外周部から害獣たちに斬りかかるが、彼らは斬撃を手に持った武器で防ぎ、傭兵たちに反撃した。ローガーが思わず声を上げる。
「なんだ、こいつら! なんで剣なんて持ってるんだ!」
レンツが害獣の数を減らしながら答える。
「人里から奪ったものを利用してるんだよ! 知能だけなら人間並みだ! 獣と思って侮るな!」
傭兵たちは二人一組で害獣一体を相手にしていく。ローガーはレンツのそばまで駆け寄り、回り込もうとする害獣の足を止めていた。レンツは目の前の相手を倒し切ると、ローガーの目の前の害獣の首を斬り落とす。
「無茶をするな! 死にたいのか!」
「死にに来たんだよ! 嬢ちゃんたちだけに、いい格好はさせられねぇだろうが!」
ローガーが叫びながら次の害獣を標的にして駆け出した。レンツは小さく息をつくと、次の害獣たちの塊に向かって走り出す。傭兵たちもなんとか害獣を倒し、ローガーの後を追った。
「これじゃあ戦場と変わらねぇじゃねぇか!」
別の傭兵が楽しそうに害獣に斬りかかる。
「戦場なら、俺たちの庭だ! むしろ好都合だぜ!」
ローガーが害獣と切り結ぶ中、三度目の爆音が鳴り響いた。大きな爆発は害獣たちを三十体以上巻き込み、それ以上の数の害獣たちを火攻めにしていた。呆れた声でローガーが声を上げる。
「なんなんだ、あの化け物みたいな武器は!」
レンツが楽しげに害獣の首をはねながら答える。
「あれが退魔師だ! 覚えておけ!」
傭兵のうち、二人が害獣三体に囲まれ、劣勢に陥った。レンツも四体を相手にして、すぐに駆け付けることができない。害獣たちが振り下ろす刃で傷を負った傭兵の悲鳴が森に響き渡り――次の瞬間、傭兵を囲んでいた害獣三体の頭部が消え去っていた。傭兵たちがきょとんとする中、遠くからクロティルデが声を張り上げる。
「ぼやぼやしてないで! 回り込まれるようなら後ろに下がりなさい!」
傭兵たちの前にいる害獣たちが、たちまち部位を失って倒れ込んでいく。レンツの前にいる害獣たちも、おまけとばかりに撃ち抜かれていった。周囲の害獣がいなくなった傭兵たちが、遠くで射撃を続けるクロティルデを見て、呆然とつぶやく。
「なんなんだよ、今の……退魔師って、みんな化け物なのかよ」
レンツも苦笑を浮かべながらクロティルデを見やった。
「いや、この距離でこれだけの狙撃ができる退魔師は、まず見たことがない。彼女、恐ろしい腕をしてるな――行くぞ! ついてこれる奴だけついてこい! 無理なら下がってろ!」
駆け出したレンツの背中を見て、ローガーがつぶやく。
「こっちもこっちで、化け物がいるぞ」
「ちげぇねぇ。若造のくせに、でたらめに強いじゃねぇか」
ため息をついたローガーが、傷を負った傭兵に告げる。
「お前は後ろに下がってフォローしろ! 他はレンツをカバーするぞ!」
威勢のいい声を上げた傭兵たちが、意気軒昂に駆け出した。
****
ニーナが六度目の引き金を引く――乾いた音が鳴り、魔導銃は沈黙した。
「え?! もう弾切れ?!」
遠くからクロティルデが叫ぶ。
「二十番の弾数は五発! 最初に教えたでしょう! すぐに通常弾倉に切り替えなさい!」
慌てたニーナが、頷きながら魔導弾の弾倉に手をかけた。だが手が震え、なかなか弾倉を引き抜けない。そんな彼女を目指し、五匹の野猪の民が棍棒を手に距離を詰めていく。焦るニーナが必死になるが、魔導弾の弾倉を引き抜けない間に、もう害獣たちが目の前に迫っていた。醜悪な顔で歯を見せて威嚇してくる害獣たちに、ニーナの心が折れて涙目になっていく。
森の中に、少女の悲鳴が木霊した。
続けて四発の破裂音が鳴り響き、ニーナの目の前にいた害獣たちが頭部を失っていった。返り血を浴びながら呆然とへたり込むニーナに、クロティルデが叫び声を上げる。
「襲われたくなければ、引き金を引きなさい! 座っていても銃は撃てるでしょう!」
ニーナは小さく頷くと、涙を袖で拭って魔導弾の弾倉に手をかけなおした。まっすぐ引き抜くとあっさりとそれは取れ、ニーナは弾倉を放り投げて銃口を害獣たちに向ける。
――怖かった! こっちに来ないで!
恐怖を振り払うように、ニーナも通常弾で害獣たちに弾をお見舞いしていく。弾が尽きれば弾倉を交換し、クロティルデと一緒になって害獣の数を着実に削っていった。
朝日が森を照らす頃、くすぶった樹木の臭いが立ち込める中で、最後の害獣が頭を吹き飛ばして倒れ込んだ。引き金を引いたニーナが、次の獲物を探して辺りを見回す。
「――あれ? 野猪の民は?」
クロティルデが慎重に辺りを見回しながら、ニーナに向かって歩いていく。
「多分、片付いたみたいね。お疲れ様、ニーナ」
座り込んでいたニーナの肩に、クロティルデの手が優しく置かれた。ニーナはあふれる涙を我慢できず、その場で泣き出した。
「怖かった! 怖かったよー!」
そばに立つクロティルデの足にしがみつきながら、ニーナはしばらく泣き続けた。




