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第29話 理事長のもう一人の娘

「―ふっ。そもそも、俺が普通の学校生活を送るなんて考えること自体がおこがましかったんだよな、きっと」


 ベッドすらない文字通り何もない部屋の床に寝転がりながら俺は爽やかな笑顔とともに一人そうこぼす。いかん、色々起こりすぎて現実逃避をしてしまっていた……。


 とはいえ、さすがに布団もなしに床で寝るのはさすがになぁ……ミューイとイサリナが気を利かせて布団を貸してくれるって言ってくれたが、本人達の布団がなくなるし、女子から借りるのはそれはそれで俺が他の奴らに目を付けられそうだから遠慮した。


 ――そういえば、『決闘』があればベッドがどうこうとか言ってたが……まさか、『決闘』に勝利して相手からベッドを奪え、とか言うんじゃないだろうな。


 それはそれで、問題というか……いやまあ、ベッドを奪っても心が痛まない相手なら良いけどさ。


「……まあ、考えても仕方ないか」


 今日はもう授業はないし、とりあえず適当に学校内を見回ってみるのも良いかもしれないな。もしかしたら、理事長の言っていたことが分かるかもしれないし。


「くよくよするのは性分じゃないし、行くか」


 そう言って、勢いを付けて起き上がった俺は寮の部屋を後にした。




「―しっかし、さすが都会の学校。広いな」


 まあ、そもそも学校に通ったことないから田舎と比較できないけど。

 それにしても、この時間だとさすがに校内にはあんまり人は居ないみたいだな……部活とかで残っている人は居るけど、それでも昼間よりは少ない。というか、入学初日だし、そりゃそうか。


「学校のことは漫画とかの中でしか知らんけど、変に目立たないようにしたいところだよなぁ……」


 そのためにも、学校内は色々見て回っておかないと。いや、見て何か変わるかは知らんが。


「ん……?」


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと扉が開いている教室に何となく視線を向けてしまう。すると、そこで一人の女子生徒が何やら荷物の整理をしているのが目に入った。よく見れば、教室の入り口付近には『魔法道具準備室』と書かれていた。


 ――『魔法道具準備室』……? そんなものあるのか……それにしても、あれって確か三年生の紋章だったか?


 背中からでも分かるほどいかにも優等生な感じの雰囲気をまとったその女子生徒はどうやら棚の上の方にある物を取ろうとしているらしく、一生懸命手を伸ばしていた。


 椅子を使ってはいるものの、ギリギリ届かないようで、その手は宙をさまよってしまっており、俺はそんな女子生徒に軽く肩をすくめると、手伝ってあげるべく歩いていくことにした。


 ――ま、ここで見たのも何かの縁だ。何事も協力するべきだし、平和な学校生活を送る上でもこういうことは大事だろうしな。


 そうして、俺が教室へと足を踏み入れようと声を掛けた。


「すいません。良かったら手伝い―」


 しかし、俺がそこまで言い掛けた時だった。

 その先輩の頭の上に置いてあった道具が揺れているのに気付き、俺の声に女子生徒がこちらを振り返ろうとした瞬間、俺はすでに体を動かしていた。


「―危ない!」

「え……? きゃあっ!?」


 驚く女子生徒を椅子から引き離すと、頭上から落ちてくる道具から庇う。そして、俺自身も背中を向けてどうにか衝撃を和らげるものの、何個か俺にぶつかり痛みが走り、つい声をもらしてしまう。


「痛たた……」

「だ、大丈夫ですかっ!? すいません、気付かなくて……!」

「あぁ、いや、大したことないんで大丈夫ですよ……それより、怪我はないですか?」

「は、はい……私は大丈夫ですけど……」

「それなら良かった」

「あ、ありがとうございます……で、でも、さっき怪我をしてしまったんじゃ……」

「ん? あぁ、こんなの回復魔法使えばすぐに治りますよ」

「え? 回復魔法……?」

「はい、こんな感じで」


 そうして、俺は背中に向かって回復魔法を使うと瞬く間に痛みが消えていく。まあ、こんなの師匠の理不尽な修行で負う傷に比べれば全然痛くないんだが、先輩が気にしているみたいだし、ここは治しておくのが良いだろう。


 そんな風に考えて回復魔法を使ったのだが、目の前に居た俺より少し小さい先輩はまるで信じられないものを見たかのように驚いた様子で声を返してきた。


「か、回復魔法が使えるんですか!?」

「え? あぁ、はい。でも、こんなの誰でも使えるものじゃないですか」

「使えませんよ!? 回復魔法は習得が難しくて、才能のある人じゃないと使えないものですし……」


 才能がないと使えない? う~ん、都会だとそういうことになってるのか?

 師匠はもちろん、ミューイも普通に使ってるし、そんなに難しいものでもないと思うんだが……。


「あ、それはそうと、さっきそこの棚にある荷物を取ろうとしてましたけど……これですよね?」

「あ……すいません、ありがとうございます。生徒会の仕事でこの資料が必要だったので取りに来ていたんですけど、届かなくて……」

「生徒会ですか?」

「あ、はい。私、生徒会の会長をやっているんです」

「はぁ~……生徒会長とはすごいっすね。俺はそういうのに……縁遠……い―ん? んん~?」


 俺は目の前で驚いた顔をしている生徒会長に妙に既視感を覚え、つい目を凝らしてしまう。なんかこの顔、見覚えがある……いや、そういう次元じゃない。もうこれ、どう見ても本人にしか見えないんだが……。


 そうして、思わず俺が凝視していると、慌てた生徒会長が困惑しながらも俺に視線を向けて声を返してくる。


「あ、あの……どうかしましたか?」

「あぁ、いや……つかのことお聞きしますけど……その~、先輩って妹さんとかいらっしゃったりします?」

「え? あ、はい……今年入学した妹は居ますけど……」

「あはは、そうなんですね~……ちなみに、もしかして、お父上がこの学校の理事長だったりとか……あ、いや、そんなわけないですよね。嫌だな~、俺ってば変なこと言ったりして。すいません、忘れて下さい」

「えっと……確かに、父はこの学校の理事長をやっていますが……」

「そうですよね~。お父さんが理事長をやってたりなんて―ん?」


 ちょっと待て……今、この人、なんて言った? あの理事長が父だって言ってなかったか?


「……あの~、一つ良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「いや、全然知らなかったら良いんですけど~……ロッソ・イゾットをご存知だったりします?」

「え? ええ、昔からよくしてくれていましたけど……」

「師匠のことを知っているなんて、まさか……」

「師匠……?」

「あ、いや、こっちの話です。ところで……もしかして、イサリナのお姉さんだったり……とか……」

「あ、イサリナをご存知なんですか? イサリナは私の妹なんですよ」


 ―ビンゴ。

 やっぱり、イサリナに似たこの人はあの理事長の娘だった。

 いや、それは良い。どう見ても親族なのはぱっと見で分かったからな。ただ……それよりも大きな問題がある。


「もしや、娘のミューイのこととかも知ってたり……?」

「えっと……イサリナと一緒によく昔から三人で遊ぶ仲でしたが……」


 落ち着け、俺……。

 理事長はなんて言ってた? 自分の娘と俺を結婚させるとかそんなことを言ってたよな?


 それでイサリナは困惑してたわけだが……それって、まさかとは思うがこの先輩にも話したりしてないよな?


「……もしや、レクトって名前に聞き覚えがあったりとかします?」


 俺がそう言った途端、生徒会長は顔をボンッと赤くしてしまう。いや、これはもしかしなくても……。


「は、はい……でも、どうして、あなたが彼の名前を―あれ? そういえば、さっきおじ様のことを師匠って―」


 そうして、生徒会長がそこまで言い掛けた時だった。廊下から急いで走ってくる足音が聞こえてくると同時に、聞き覚えのある声が俺達に掛けられたのだ。


「レアリアお姉様、先ほど大きな音がしましたが大丈夫ですか―って、あれ? レクトさん?」

「イサリナ……? え? レクトさんってことは……」


 妹の登場に驚きつつも、生徒会長ことレアリアと呼ばれた彼女はゆっくりと俺の方に向き直る。そして、そんな彼女に俺はなんと言って良いか分からず、頭をかきながら真実を伝えるしかなかった。


「……すいません、俺がそのレクトです」

「っ……!?」

「お、お姉様!?」


 突然のことにキャパオーバーしてしまってようで……あわや生徒会長は倒れてしまったのだった。

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