騙していたのね……と、言うとでも?
リゼットは、ガタゴトと揺れる馬車の中でなんだか胸が苦しいなとふと思った。
少し考えて胸元に手をやってみると、どうやらまた少し太ってしまったようである。
ただでさえ腹回りをコルセットで押さえつけて胸もできるだけすらりと見えるように小さめのドレスを着ているのだ。
体型が変わってしまえば苦しさを感じるのは当然のことで、けれどもだからと言ってゆったりとしたドレスを身にまとうことなどリゼットの中には選択肢として存在していない。
なぜならふわりとして胸元が強調された服を着れば、婚約者のアルマンに悪魔の首を取ったかのように偉そうにそのことについて言及されるだろう。
しかしそうしつつもアルマンはこの胸元についている二つの肉隗にバレないように視線を送る。
そんな目に遭うのはもううんざりなので成長期真っ盛りとは思えないほどリゼットは体を絞るような生活を続けていた。
……でもそんな生活も、今日で終わらせることができるかしら……。
アルマンのことを思い浮かべてそう考える。
しかし、たとえ彼が考えを変えたとしても、世の中の男性というものは隠しているだけで心の奥底では皆アルマンのように思っているという可能性だって捨てきれないだろう。
だからこそ一概に、そのはずだと自身をもてない。
そう思うと息苦しさが増すようだったが、そういう時は大切な親友のフェリシーのことを思い出す。
すると彼女ののほほんとした笑みにリゼットは少し楽になる。
そして、婚約者として交流を深めるお茶会よりも幾分気合いを入れて、リゼットは到着した馬車の中で立ち上がる。
侍女に書類を持たせて時間を確認しながら彼の元へと向かったのだった。
彼は基本的にこのルブラン伯爵領にある屋敷に引きこもる……とまではいかないが、あまり外に出ることはない生活をしている。
父や母が王都で忙しなく金策に励んでいることを逆手にとって、気に入った友人を招いてパーティーをすることがもっぱらの娯楽だった。
だからだろう、この普段の閉鎖的な空間からでて、たった一度国外の視察に付いていっただけでこんなことを言うのは。
「だから君みたいな女は、あちらの国ではつつましさや謙虚さのかけらもない女だと見抜かれるだろうな。ふひっ、それに僕みたいな繊細な男もかの大国ではずっと評価される」
「……」
「この国では、顔がいいだけで女どもはキャーキャー言って群がってまるであれじゃあ、灯りにたかる羽虫も同然だ気持ちが悪い」
吐き捨てるようにアルマンは言って、爪を噛む。
「そう思うだろ、この国は間違っているんだ。世界は広い、君にとっては都合がいい世界だろうけど、僕はあいにく異性に媚びることははしたないと思うからさ」
「あらそう」
「そうさ! どうしたんだ? 不服そうな顔をしてああ、怒った? ぼ、僕があまりにも本当のことばかりを言うから、図星だから怒ってしまった?」
リゼットが適当に返すと彼は、その反応について言及して目元を隠すまで長く伸ばしている前髪をなびかせて彼は言う。
「はぁ、そうして女性は、機嫌が悪くなれば誰もかれもが言うことを聞いてくれると思っていて困るな。特に君みたいな、男を釣るのが得意な女性はさ?」
「……」
「なにも悪いとは言わないけど、もう少し減量してみたらどう? いかにも下品でこれじゃあ娼婦みたいだよ。きっとこの国以外だったら、家族にもはしたないから外に出るなと言われると思うよ」
「……そうねぇ」
一息でペラペラと話す彼に、リゼットは、それにしてもと思う。
……普段から、棘のあることを言うとは思っていたし、仲がいいわけじゃない。
けれど国外視察でテンションが上がっているにしたってその話はもう三回も聞いたのだし……それを加味しても様子が違うわね。
いつもならば、リゼットの言った言葉に対して皮肉で返してこれだから女は頭が足りないともっていく、しかしここまでではない。
君のことを思って言ってあげているのだからねという体を崩すことはなく、リゼットに今の関係から脱却する一歩を踏み出させることはない。
……でも今日は……。
「というか常々思っていたんだよ。君って僕のことを見下しているよね、嫁に来る気なのにそうやって偉そうに上から目線で、見下して。それってやっぱりその下品な体つきと、整っているだけで可愛げのない顔のせいだろ?」
考えていると彼は、以前からのリゼットの態度を引き合いに出しつつ、そんなふうに敵意を向けた。
パキッと彼が爪を噛み切った音がして、若干の不快感を覚える。
「そんなもの意味なんてないって、いずれわかると思っていたけどいつまでたっても君はそうして偉そうなまま。そんなことをしていたら僕の気持ちが離れることなんてそもそも当然だよね?」
続ける彼に、リゼットは少し怪しんだ。彼にとって今日は何の変哲もない日であり、この交流もいつものお茶会に過ぎないはず。
それなのに、なにかを企んでいるみたいな言葉にリゼットは静かに首を傾げた。
「それにこんな性格がきついばっかりで男に言い寄られては嬉しそうにしているビッチと結婚して、一生君以外を抱けないなんて許せないと思っていたんだ!」
……なんてことを言いだすのかしら。突然。
それにお金を出せば抱かせてもらえるわよ。普通に。あなたは貴族なんだもの。でも平民の女なんて誰も彼もみすぼらしくて嫌いだとあなたが言うからそうなっているだけでしょう。
リゼットは呆れたようにそう思って、この国では外聞が気になってというのならそれこそ隣国で一夜の夢を買ったらいい。
やりようはたくさんあるし、国外視察で得たことが先ほど言ったようなことだけというわけではあるまい。
例えばこの国にはない進んだ制度や知らない国の暮らし、それからほかの国外に対する関心や、安全への意識などもっと得るものがあるだろう。
最近は、国を出たことがない貴族たちに対して、国外のことを引き合いに出した詐欺を行う者もいるのだ。
そう言ったことに対する策としても一度国を出てみるというのはいい経験になるはずだ。
それなのに彼は、どうだろう。
がっかりするというと、それは嘘だ。
……だってそもそも私、この人に今、期待なんてほんのこれっぽっちもしていないもの。
「じゃあ、別れる?」
聞くに堪えない言葉を並べ立てられ、彼の主張をすべて聞く前にリゼットはつい言った。
すると彼はリゼットの言葉を聞いて、目を大きく見開いた。そしてそれからにんまりと笑みを浮かべた。
「そ、そう言えば僕が、狼狽して許しを請うとでも? ふっ、ふひひひ!! ぶはははっ!!」
アルマンは汚く唾を飛ばしながら笑い声をあげて、リゼットは静かに、距離を置くために上半身を背もたれにくっつけた。
「そもそも、ぼ、僕から君みたいな女願い下げだって話をしてんだよ!!」
彼はリゼットの反応など気にせずに、意気揚々と立ち上がってスタスタとカーペットの上を歩いていく。
そして応接室の扉を開いて、そこからがっしりと腕をつかんで扉の外にいた人を中へと引きずり込む。
ここは彼の屋敷だ。あらかじめこうして登場させるために呼んで置いたのだろう。
そこにいるのは控えめの落ちついた光りを放つ銀髪を持ったおっとりとした少女で、アルマンに肩を抱かれて、ぐっと顔を近づけて頬ずりをされ、少し笑みを浮かべる。
それからちらりとリゼットの方を見た。
…………フェリシーどうしてここに。
突然のことにリゼットは思考が停止してしまって彼女のことを凝視して止まった。
「ぶははは! 驚きすぎて言葉も出ないか、フェリシーは僕のことを好いてくれて、こうしてずっと前から愛し合う仲だったんだ!」
「……ごめんなさい、リゼット……わたくし、こんなことをするつもりは……」
「ふひひ! 君らみたいなただの令嬢はしょせん選ばれる側。それをきちんと自覚しないで当てつけのように男に媚びを使って! だからこんなことになるんだ! 君の性悪のせいで!!」
「……」
フェリシーは心底申し訳なさそうにしているが、腰に回された手に手を添えて彼の言葉にうんと一つ頷いた。
その様子はまるで本物の愛情をはらんでいるかのような優しい微笑みでリゼットも動揺を隠しきることができない。
まさかこんな姿を見ることになるとは思わなかった。
けれども、これならば何の変哲もない今日という日に、あんな態度をとった理由がわかった。
「でもわたくしたち愛し合っているの……アルマン様もわたくしの方がいいと言ってくれたわ」
「ああもちろんだ、フェリシー。君ならば僕の伴侶にふさわしい、君は本当に見る目がある! それに比べてこの女は自分の傲慢のせいですべてを失うんだ」
「……」
「ぶはは! 死ぬほど愉快だろ、はあ! やっとスッキリした僕が今までどれほど腹を立ててきたか。でもこれでやっと仕返しができた、見ろ。フェリシー、あの女の酷い顔。ふひっ、長年の親友に裏切られて、婚約も破棄、君の婚約期間中の言動も噂にして流してやる! 誰も君の味方になんてならないはずだ! はははっ」
アルマンは身振り手振りを最大限に大きくしてなんだか動きがドタバタとしているが、びしっと指を指したり手を広げたりしてリゼットを煽りまくった。
それからフェリシーを自分の方へと向けて、それからぎゅうっと抱きしめる。フェリシーは少し苦しそうにしていたけれど抱きしめられて微笑んでからリゼットへと視線をやった。
ぱちりとあったその瞳にリゼットは、はたとしてそれから時間を確認する。
衝撃的ではあったけれど、リゼットはそれからやっとの思いで立ち上がって、感情を押し殺した声で、静かに言った。
「騙していたのね……二人とも」
その声はすんなり彼の耳にとどき、アルマンは勝ち誇った笑みでリゼットの方へと振り返り口を開いた……が、リゼットはそれから一つため息をついて笑みを浮かべて続きを言った。
「と、言うとでも? いらっしゃい、フェリシー。もういいわ」
「っ……」
声をかけると、アルマンの手からするりと抜けてフェリシーは胸元でぎゅうっと拳を握って目をつむってパタパタとリゼットの方へと向かってくる。
抱き留めて、まずはドレスの袖口で彼女の頬を丁寧に拭う。
アルマンの顔の皮脂がべったりと付いていると思うとどうしてもそうするほかなかった。
「はぁ、肝が冷えたわ。フェリシー」
「ごめんね」
「いいわよ」
「……」
「あなたは頑張った。偉いわ」
「え、えへへ」
「……おい」
彼女の髪を少し整えて、頭をなでてやるとその様子を見つめて黙りこくっていたアルマンが、声をかけてくる。
「……」
「……」
しかしそれ以上の言葉が出てこない様子で、彼はフェリシーとリゼットを交互に見て、興奮したように鼻息を荒くさせていく。
次第に形相も激しくなっていき、けれども怒鳴り散らす勇気はないのか「な、なんなんだぁ?」と変な抑揚でどちらにでもなく問いかけた。
その声に、リゼットは「ふふっ」と笑って、そろそろいいかと考える。
「どうしたのかしらそんなに動揺して、まさか、本気でフェリシーが私のことを裏切ってあなたのことを好きになるだなんて思っていたわけじゃあないでしょう?」
「ほ、本気でって、本気だろう。なぁ? だって、そうだろ? は? 今更ふざけるなよ。今更、その女に頼ったところで……」
「あら、なんの話かしら、頼るもなにもフェリシーはあなたと愛をはぐくんでいただけでしょう?」
「そっ、それはそうだが、そうだけれど……そ、そのおい! いいから、どういうつもりかわからないが、こっちにっ」
彼が動揺してフェリシーに訴えかける様子に、リゼットはわからないふりをして問いかけた。
すると彼はさらに取り乱しリゼットの言葉には同意するが、フェリシーに対してはすぐに手元に戻すために手を伸ばして、つかつかとこちらへとやってくる。
けれどもリゼットはその手を掴んで問いかけた。
「それとも、実はそれは私への当てつけのためにあなたが立てた策略で、本当は詐欺に騙されたフェリシーの実家のことを引き合いにだして恋人を演じさせられている件を、今更私に頼っても遅いって話かしら?」
「はっ? あ、…………な、なんで知って」
「それなら心配ご無用よ。だってそれこそ今更だもの、被害に遭った時点でフェリシーはきちんと相談してくれたわ」
「う、そだろ」
「嘘だったらよかったわねー? ふふ」
リゼットはゆっくり目を細めて、朗らかに言った。
彼は、笑うリゼットを信じられないものを見る様な目で見つめていて、次第に目が泳いでいく。
先ほどまではあんなに、勝ちを確信してフェリシーのことを我が物顔で触って愛だのなんだのと言っていたのに、今はリゼットに釘付けだ。
リゼットのそのすべてが見え透いているかのような瞳に、恐れ一歩引き、さらに後ずさる。
……もしかして、合点がいったのかしら。どうしてフェリシーがそれでもアルマンに協力していたのか。
「どうしたの? そんなに青くなって、それってもしかして……その詐欺すらあなたが裏で手を引いていたとバレていないか心配しているの? まさかフェリシーがあなたの悪行をわかっていてスパイのようにあなたに協力しているフリをして証拠集めをしていないかって━━━━」
「嘘だろ? 嘘だと言ってくれ! だってそもそもほら、君のお兄さんの婚約者に借金なんて知られたら困るから、って言っていたよな!?」
リゼットの言葉に触発されるように彼は叫びだす。
「いいのか知られても! そういうことだぞ、それにしょ、証拠なんて僕は別にただ、そうたしかに話を持ってきたのは僕だけれど僕も騙されただけで、なにも知らなかったんだって!」
「……」
「その話はもうしただろ! 僕も被害者なんだってわかるだろ、でも黙っておいてあげるからには、僕に従って当たり前じゃないか! それをなんだ今更うううっ! どうなってるんだ、なんとか言ってくれ、フェリシー!」
アルマンが言っている言葉は支離滅裂で要領を得ない。
隠していた事実が浮き彫りになり、想定外のことまでリゼットに知られている恐怖に駆られてどうしようもないらしい。
「……あなたは、被害者じゃあないでしょ。わたくしが言えるのはそれだけ」
「はぁ? なんなんだよ、ああもう全部バレたってことか? なぁ、それでどうしようっていうんだ、結局証拠なんて、あるわけ、無いんだから……」
フェリシーは短く返し、その返答だけでは自分の今の状況を把握することができなかったアルマンは、ちらちらと扉の方を見て、今度は証拠などあるはずがないと口にした。
……詐欺行為をおこなったことについて、否定するという大切なことを忘れて、今は残している証拠が気になって仕方ないのね。ここから出ていってすぐにでも処分したいのでしょう。
そのアルマンの行動をリゼットはそう分析して、侍女を振り返ってすぐに書類を受け取った。
「証拠ならここに、大丈夫よ。アルマンあなたが心配していることは一つのこらずもう手遅れで、それに、この証拠は必要ないほどにあなたのお父さまの邸宅から資料が見つかったから」
それを言うころには、多くの人間が駆けてくる音がする。
まさか、フェリシーがいる状況でこうなるとは思わなかったが、こうして彼女を保護することができてよかった。
彼を騙せと指示をしたのはリゼットだったが心配はしていたのだ。なにせとても大切な友人のことだから。
「なんだ、なんなんだよっ! 僕はただの被害者で……っ!」
容赦なく応接室の扉は開き、王国騎士団の紋章をつけている騎士たちがなだれ込んでくる。
すぐに標的を見つけて彼らは、取り囲んだ。
「ルブラン子爵子息! 貴様には詐欺の実行犯としての容疑がかかっている、すでにルブラン子爵家タウンハウスにて、子爵、子爵夫人は拘束済みだ! あきらめて素直に投降しろっ!」
怒気をはらんだ大人の騎士の声に、混乱していたアルマンは驚いて固まった。
彼は、部屋いっぱいに騎士がいる光景を頭の中で処理するために無言で呼吸を荒くして必死で視線を動かしていたが、いつまでたっても騎士に対する返答は返さない。
しかしそんなふうに混乱していることなど加味されず「捕らえろ!!」と厳しい声が響き「ひ、ひい!!」と彼は行き場もなく叫んで鈍い音が響く。
そうして、ルブラン子爵家の大胆な詐欺行為の容疑者確保作戦は無事に成功したのだった。
そもそもリゼットは、すべてを知っていた……というよりも、その詐欺の犯人を捕まえてしまおうと画策したのがリゼットだった。
王都の方で物騒な事件が起こっているという話は聞いていたが、その事件とアルマン、ひいてはルブラン子爵家が関わっているとまでは考えていなかった。
しかし冷え切った関係を続けていたアルマンは国外への視察へ父に連れて行ってもらったのだと話し、同時に王都での詐欺と似たような手口で、リゼットから実家のジュディオン伯爵家が詐欺の被害に遭ったという報告を受けた。
詐欺の内容は主に、隣国の向こう側にあるとある国に対する投資の話である。
発展途上の投資先の国を多くの人が知らない今、話に乗れば莫大な利益を得られるという話だった。
しかしそんな国は存在せず、詐欺を行ったおおもとの貴族は下級貴族に何重にも仲介させて詐欺を行わせた。
時には上級貴族の名前を使った書類なども偽造して万が一に調べが及んでも自分は、何も知らずに騙されたと言い逃れもしていたらしく、多くの信頼を集めていた狡猾な手口だった。
そこまで説明すると、話を聞いていたフェリシーとその兄であるクロードはうんうんと頷く。
彼らはまるで教師から教えを受けている子供のようでなんだか可愛らしい。
「それにしても良くそんなことを思いつくよね」
「本当に、下手をしたら捕まるかもしれないのに」
そして子供のような感想を言う彼らに、リゼットは自然と笑みを浮かべて続きを話す。
アルマンは国外視察に連れて行ってもらったその日に、詐欺の手口を教えて貰ったのだと思う。その詐欺には実際にその発展途上の国が存在しているというそれらしい証拠を作る必要があるからだ。
視察という名目で、その地を訪れ、名産品や気候などを記録してあたかも本物らしく彩る。きっとアルマンの父はそれなりに頭の切れる人間だったと思う。
しかし、その詐欺という事業の継承方法だけは、間違えた。
アルマンはその話を聞いて、真似をしようと思い立った。
自分は世間を騒がせている頭の切れるお金の稼ぎ方をできる親を持った人間で、こんな小さな国だけではなく世界を知っているという万能感があったのかもしれない。
しかし彼の行動は王都で流行っている詐欺の手口をそのままに、書類の精度は低く杜撰な詐欺だった。
そんな行為を怪しんでいたフェリシーの生家ジュディオン伯爵家は、フェリシーを通じて婚約者であるリゼットに相談を持ち掛けた。
ジュディオン伯爵家がタイミング悪く出費が重なり、借金を抱えた途端に強く出て、クロードの婚約者にこのことを知られたくなかったら、協力しろと言ってきたらしい。
そこで、リゼットはやっとその詐欺事件とアルマンのつながりを見つけた。
事件でやきもきしている王族たちに告発するために、その脅しに屈し、彼がうまくやっていると慢心しているうちに偽造した書類の証拠をつかむべきだと提案した。
リゼットは時に王都に向かったり、アルマンの元へと訪れて、彼の話を素直に聞くふりをしながら使用人を買収したりしていたのだ。
そしてあの日、王族は彼らを犯人と認め、王都のルブラン子爵家タウンハウスと時間差でこちらのカントリーハウスに騎士が襲来。
彼を捕らえる手はずだった。
「だからこそあの時、フェリシーが出てきたことには驚きましたわ。私は最後に、彼の間抜けで杜撰な計画のせいでご両親まで捕まっていることを伝えるために、あの場にいたんだもの」
「わたくしも、とてもびっくりしたわ。リゼット、でも断るならと脅されて、その日だと言って聞かなくて……無事に捕まってくれるとは思っていたけれどすごくドキドキしてたの」
これまでの事情を一から十まで全部説明して、フェリシーのことに触れると、彼女は困った笑みを浮かべて胸を抑える。どうやら思い出すだけでも動機がするらしい。
ガゼボでのお茶会だったので彼女の髪を風が吹いて少し揺らした。
そんな彼女を見て、説明を受けて頷いていたクロードは申し訳なさそうに眉を曇らせて言う。
「ごめんね、私のために危険な目に合わせて」
「いいえ、わたくしびっくりしたけれどなんだか、非日常的で興奮していたというのもあるもの」
「え? そうなの?」
「私もあの時、フェリシーを抱いて彼にすべてを明かしているときは、とてつもない達成感だったわ。ああ思いだすだけで胸が高鳴る」
「リ、リゼットも? 困ったな、私は二人にそんな危険なことなんて、できる限りしてほしくないけれど……」
さらに困り果てて言う彼になんだか不憫に思ってリゼットは返す。
「大丈夫よ。クロード……それに結局、きちんと対応したけれど婚約解消を申し込まれてしまったのでしょう?」
そちらの対応につききりになっていて、彼はあまりこちらの事情を知らない。それゆえにこの場を設けたのだ。
「そうなんだよ。でも仕方がないよね。実際に借金が残らなくてルブラン子爵家の人たちが監獄送りになって解決したとしても、私も含めて投資をしてみようという話になったのだから、そういう騙されやすさを懸念されたのだと思うし」
「……そうよね。わたくしもリゼットがいなかったら、どうなっていたか。お父さまもお母さまもリゼットにはすごく感謝しているわ」
「……」
彼らは仕方ないと笑みを浮かべて、リゼットには感謝しかないという点で同意し、テーブルにひらひらと舞ってきた蝶を見つけて「あらかわいい」と笑みを浮かべている。
リゼットは感謝されることはやぶさかではないが、クロードの婚約者がジュディオン伯爵家を見限ることになったのも多少納得できないこともない。
彼らは善良で、優しく、態度と外見によって周りから浮いていたリゼットにも声をかけて、クロードなんて妹のようにかわいがってくれるそんな人たちなのだ。
きっと彼らが杜撰なアルマンの計画に騙されたのだって、リゼットの婚約者なのだからという気持ちが一因にはあったのではないだろうか。
そうとすら思ってしまう。
真相はどうであったとしても、彼らはそう言ったことを考えて人を信用し、振る舞う。そして騙されたからと言ってアルマンのことを恨んでもいないのだろう。
そういう部分をリスクだと考える人間もいるのだろう。
「でもこれからもずっと助けてもらうわけにはいかないもの。お兄さま、わたくしたちも賢く、利用されそうになったらそれを逆手に取るだけの知恵を持たなければ」
「そうだね、フェリシー。騙されないように頑張らなくちゃ、本をたくさん読もう」
「とてもいい案だわお兄さま。わたくしも一緒に読む。今度王都の図書館に行ってみましょ」
「リゼットもどうかな? 王都の図書館には面白い娯楽小説も置いているらしいし、みんなで読んで感想を共有するのもまた楽しみの一つだよね」
彼らの会話はフワフワとしていてなごむものだが、クロードがすでに本来の目的を忘れて娯楽小説を三人で読もうと言っている点について、リゼットは指摘してそういうところだと言おうかと考えた。
……でも、普段から領地を統治するための勉強も剣術も彼が怠っているというわけじゃない。
賢くなったところで悪意を持って騙そうとする人間を見抜くことができるわけでも仕返しの方法が思いつくわけでもないわ。
そういうのは得手不得手があるもの。
「……そうねぇ」
そしてそれが得意になった時彼らはきっと今のままではないのだろう。それ自体が悪いことではないのに。こうではなくなってしまう。
それが損なわれること、それはリゼットにとって彼らが騙されることよりもずっと悲しいことな気がして、とある欲求が浮かんだ。
「それはとても楽しいことね。私もぜひ一緒に行きたいわ。それにこれからもずっとそうしてあなたたちとそばにいる関係でいたい」
「もちろん。わたくしも。リゼットはわたくしの一番のお友達だもの」
「私も同じだよ。生憎、婚約者もいなくて誰にも何も言われないしね」
苦笑するクロードもフェリシーもリゼットの言葉の真意には気がつかない。
けれどもこの状況で、それができる案が一つだけあるだろう。
それに気がつくこともなく了承した彼らに、リゼットはくすくす笑って、言質は取ったと思った。
彼らの優しさが損なわれるぐらいならば、リゼットは彼らとずっといて、彼らを守りたいと思うだけだ。そうして騙されることも無いまま幸福であればいい。
それに彼らと過ごすとき、リゼットは苦しいほどに引き絞ったコルセットとサイズの小さなドレスを着なくてもいいのだから。息苦しく感じることもない。
クロードの婚約者はなく、リゼットも同時に婚約者を失っていて、家はほぼ同格で気のしれた中だ。
きっとうまくいくだろう。その未来が今から楽しみなのだった。
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