取引
「……」
正直、答えろと言われても僕自身も分からない。
藍沢さんの時もそうだ。あの時、同じ質問をされたとしても困っただろう。
それを考えると頭にモヤがかかるように考える事をやめろと言われているかのように思う。
記憶を探して手掛かりを得ようとしても霧掛かりを手に入れられない。
その事を馬鹿正直に言っても良いものか……
「……それで、貴方の答えは」
「隠して、僕が目立たないためです。僕自身、学園で目立つのは都合が悪いので」
「その都合って?」
「秘密です」
……これでどうだ?ありきたりであまりにも普通な答え。
最善の様にみえて僕も困る一手だ。大きな秘密を抱えている様にみえて一見、中は空白。
それに食い付かれても何も味のしない料理と同じ、嘘とその場の空気を読み、何とか食いつないでいるのが現状だ。
「……」
氷城さんが黙る。
気付いたのかもしれない。この会話が一切進んでいないことに。
実力を隠す理由も都合も言わない。一向に平行線のまま。
何時まで経っても本当の事を言わない事に何か思う事があるのかもしれない。
「まぁいいでしょう。貴方の要求を飲みましょう」
「!!?」
自分で言っておいて驚いた。
断られても仕方が無い頼り方をしていたが、まさか了承してくれるとは……
「い、いいんですか?」
「貴方から要求しておいて、いいんですか?無下にしても」
「いや、飲んでくれるのなら、コチラとしてはとても有り難いです」
「そうですか。なら交渉成立という事で」
氷城さんが握手を求めたのでそれを握手で返す。
とても交渉とは言えないものだが、氷城さんがいいのなら交渉成立だ。
正直いけるものだとは思えなかった。駄目だった場合、幾つかの根回しをする必要があったから助かった。
ぶっちゃけると面倒くさい。
僕という人間に辿り着かない様に生徒に噂を流して、学園側にも確認として聞いたり、情報を錯綜させたり、色々……
それが、一気に楽になる。
夕陽が僕達を照らす中、交渉は成立した。
その日はそれで帰り、一息ついた。
「……ふぅ~……」
このため息は疲れからなのか、それとも一時の安堵からなのか。
そういえば、あれから事情を知らない奴らはどうしたのだろうか。まだ、情報交換でもしているのか。
僕がいないことに多少の疑問を持つ者もいるだろうが、同じFクラス「アイツにそんな力はない」で片付くだろう。
あの島に着いてから、僕は一人行動をして誰も姿を見た者はいない。
だから僕は早々に退場したものと考えるだろう。二人組で行動していても瞬殺だったのだ。一人行動しては持つ訳がない。
そう考えるのが普通だ。
ただ、気掛かりな事がある。
だがアレは一瞬だった。僕の気にし過ぎならいいが……
翌日、何事もなく学園に来る。
……来れるはずだった。
寮を出て直ぐソイツに出会うとは……




