めいちゃんとかたつむりハウスの雨宿り屋さん
ひだまり童話館10周年記念祭 参加作品
お題「くるくるな話」
ざあっと音を立てて、やっぱり雨が降ってきてしまいました。
運動靴に雨がしみて、靴下のさきっぽが冷たくなってきました。きっとかぶっているピカピカの小学校の帽子も背中のランドセルも、濡れてしまっているでしょう。
めいちゃんは走りながら、お母さんが「夕立があるから傘を忘れずにね」と言ってくれたのに、持って出なかったことを後悔しました。
でもそれにはわけがあります。
「お母さんたら、ふうのことばっかりなんだもん」
ふうというのは、めいちゃんの妹で赤ちゃんです。
今朝だってお母さんはふうちゃんにおっぱいをあげていて、めいちゃんのお顔を全然見てくれず「いってらっしゃい」なんて言うのです。
だからお母さんの言うことを聞きたくなくなって、わざと傘を置いてきたのです。
わかっているんです。お母さんは忙しいし、ふうは赤ちゃんだからしかたないって。
だけどめいちゃんは、ちょっぴり寂しいのでした。
家まではまだもう少しかかります。着くまでに足も帽子もランドセルも大変なことになってしまいそうです。
道の角に、背の高くて太い、とても大きな木がありました。こんなに降っているのにその木の下はちっとも濡れてません。
「わあ、助かったあ! ここで雨宿りできる!」
めいちゃんは木陰に飛び込みました。
なかなか止みそうにない大粒の雨を見ながら、めいちゃんが溜息をついていると――
「あらあら、そのままでは風邪をひいてしまうよ」
突然、おだやかな声で話しかけられました。びっくりして辺りを見回しましたが、木の下には自分一人しかいません。
「おじょうちゃん、こっちこっち」
声のする方に目を凝らすと、太い根っこの上に小さな小さなおばあさんがいるではありませんか。めいちゃんの手ぐらいの大きさです。
真白な髪の毛を頭にくるくると巻きつけているおばあさんは、クリーム色のきれいで立派なかたつむりの殻の横に立ち、にこにこと手を振っています。
「かたつむりハウスで雨宿りしていかないかい?」
と言うとおばあさんは、かたつむりの殻の口についていた木製のドアを開きました。
ドアの上には看板が掲げてあり、とても小さい文字で『あまやどりや』と書いてあります。
「雨宿り屋さん?」
かたつむりハウスだなんて、わあすてき!
そう思ったら、気がつけばめいちゃんはかたつむりハウスとおばあさんを見上げて、太い根っこの上に立っていました。いつのまにおばあさんは大きくなったのでしょう? それともめいちゃんが小さくなったのでしょうか? 不思議なこともあるものです。
「お茶でも飲んでおいきなさいな。さあどうぞ」
ドアをくぐっためいちゃんは目を丸くしました。
なぜってそこは、お風呂場だったからです。
外から入ったところが玄関ではなくて、すぐにお風呂場だなんておうち、見たことがありません。
「お風呂場だなんて驚いた? 雨宿り屋だからね、これがとっても便利なんだよ」
おばあさんはしみじみと言いました。
めいちゃんは感心しました。雨に濡れてしまったお客さんは、ここでさっぱりできるのです。
天井も壁も床もクリーム色でつやつやして、とてもきれいなお風呂場です。でもめいちゃんの家のものとはだいぶ違っていました。お風呂場の幅はやや細く、奥に長くて、まるで細長い筒の中にいるようです。それに筒は少しずつ右に巻いているので、壁に隠れてお風呂場の奥がどうなっているのか見えませんでした。さすがかたつむりハウスです。
「このシャワーで足を洗うんだよ」
めいちゃんが壁に掛かっているシャワーを見ると、軒先で良くぶら下がっている蜂の巣が使われていました。
おばあさんはランドセルを受け取って水滴を手早く拭うと、めいちゃんにシャワーを渡してくれました。そして濡れた帽子と靴と靴下も受け取ると「ちゃんと乾かしておくからね」とお風呂場の奥へ歩いていきました。大きな貝殻を使ったバスタブの横を通ろうとしたとき、急におばあさんが言いました。
「お湯加減はどうかねえ?」
すると、バスタブの中から声がしました。
「ぬるくて最高ですよ!」
貝殻のに縁にキョロキョロした大きな目玉が見えたと思ったら、中から現れたのは青蛙です。その目がめいちゃんを捉えました。
「君も雨宿り? 僕もだよ。自慢の体が泥だらけになっちゃてひどい目にあったよ。でもほら!」
青蛙はぴょんとバスタブから飛び出して、めいちゃんの前でくるっと回って見せました。
「見てよ! きれいになっただろ?」
めいちゃんは、自分の腰ほどもある青蛙に話しかけられてびっくりしましたが、なんとかうんと頷きました。
奥から顔をのぞかせたおばあさんが二人に言いました。
「青蛙さん、おじょうちゃん、終わったら二巻きへいらっしゃいな」
青蛙はさっさとタオルで体を拭くと「お先に失礼!」と、大きなジャンプをして奥へと行ってしまいました。
「ふたまき」って確かおばあさんは言いました。
ふたまきってなんでしょう?
めいちゃんは慌てて足を洗い始めました。だって、早く自分も奥へ行って、なんのことか知りたくなったのです。
お風呂場の壁に沿って進むと、なにやら甘い良い匂いがしてきました。
短い階段を上がると床に何か書いてあります。
『二巻き』
めいちゃんは振り返って階段の下を見てみました。そこにはこう書いてあります。
『一巻き』
どうやら一階と二階のことのようです。かたつむりの殻はくるくると巻いた形をしているので、ここではそう呼ぶのかもしれません。
二巻きには、赤や緑や黄色といったカラフルなステンドグラスのドアがありました。めいちゃんが開けてみますと、そこは前に田舎のおじいちゃんに連れて行ってもらった喫茶店のような部屋でした。
お風呂場と同じく、細長くて右に曲がっています。丸い天井には向日葵の照明がついていて、橙々色の長いソファではさっきの青蛙がお茶を飲んでくつろいでいます。その斜め向かいの席では、ツバメが心配そうにテレビのお天気ニュースを見たり、ネズミが窓辺で降り続く雨の様子をうかがったりしています。みんな、雨宿りをしているのです。
カウンターで忙しく働いていたおばあさんがめいちゃんに気がついてやってきました。手には何かを持っています。
「靴下が乾くまで、これをどうぞ」
差し出されたのは、ミルク色の柔らかそうな靴下です。透けていてところどころキラリと輝いています。こんな生地、見たことがありません。
めいちゃんは空いている席について、靴下を履いてみました。肌触りがふわふわでとても気持ちのよい靴下です。雨で冷えた足先はすぐにぬくぬくと温まっていきました。
おばあさんはめいちゃんに色鮮やかなケーキと光る飲み物を運んできてくれました。ケーキは虹色のスポンジでホイップクリームを包んだロールケーキ。飲み物は水色のソーダ水に大粒のビー玉のようなものが、光りながらゆらゆらと浮かんでいます。まるで青い空と太陽のようです。
素敵なおもてなしにめいちゃんの目もキラキラと光ります。
「この光っている飲み物、なあに?」
たずねるめいちゃんに、おばあさんは教えてくれました。
「てるてるドリンクだよ」
なんて面白い名前でしょう!
「早く雨があがりますようにっていう、お願いドリンクさ」
虹色ロールケーキを口にすると、じゅわっと甘さが広がって、虹の上をお散歩しているような夢見る気分になりました。てるてるドリンクは口の中では爽やかで、ごくんと飲み込むとお腹の中がほっこり温かくなりました。光っている球は口に入れようとするとゆらゆらと逃げて、やっとのことで舌の上に乗せるとコロコロして、甘酸っぱいレモンキャンディに似ていました。
そうしている間にも、お客さんが次々にやってきました。蝶や雀やへびが来ました。バッタや鳩やヤモリも来ました。
おばあさんは大忙し。お風呂場と喫茶店を何回も往復します。お客さんのお迎えに行ったり、荷物を持ってきてあげたり。タオルを持って行ったり、虹色ロールケーキやてるてるドリンクを出したり。そして時々めいちゃんのところに寄っては「おかわりは?」と聞いてくれます。
いよいよおばあさんが忙しくなって大変そうだったので、めいちゃんはお手伝いをしようと思い立ちました。ときどきおうちのことやふうちゃんのお世話をしてあげるから、お手伝いには少しだけ自信がありました。それにここでじっと座っているだけよりも、雨宿り屋でお手伝いするなんてなんだか楽しそうです。
お手伝いがしたいと話すと、おばあさんはとても喜びました。
「あらまあ、助かるねえ! それじゃあよろしく頼むよ」
めいちゃんは、おばあさんの代わりにタオルを持って行ったり、荷物を運んだり、虹色ロールケーキやてるてるドリンクを持って行ってあげました。めいちゃんとおばあさんはあちこちと忙しく働きました。
なかでもめいちゃんが面白かったのは、てるてるドリンク作りです。カウンターに乗っている大きな瓶には、なんと青空が入っていて、グラスにそそぐとソーダ水になりました。その中にかたつむりハウスの屋根で集めた雨を一滴垂らすと、その雫は太陽のように輝き出すのでした。
『先程より雨はやや小ぶりになりましたが、まだしばらくは続くでしょう』
そうお天気ニュースが流れると、ずっとそわそわしていたツバメが勢いよく立ち上がりました。
「ああ、もう行かなくちゃ! 子どもたちが待っているもの! ねえおばあさん、雨具をくださいな」
「はいはい」
と返事をしましたがおばあさんはてるてるドリンク作りのまっさい中でしたので、カウンターの中にある階段を指さしてめいちゃんに言いました。
「三つ巻きの部屋から、大きい布を持ってきてくれるかい?」
めいちゃんは嬉しくて、とびきりいい声で返事をしました。
実はさっきからその階段がずっと気になっていたのです。
めいちゃんは雨宿り屋の人になった気分で、すましてカウンターの中に入ると階段を上っていきました。上りきったところには、『三つ巻き』と書いてあります。
今度はどんな部屋なのか、胸を弾ませながらドアをそろそろと開きました。
三つ巻きのお部屋は二巻きの喫茶店にくらべて、部屋はだいぶ狭く、曲がり具合も急でした。
どうしてでしょう? めいちゃんは考えてみました。そして上にいくほど小さくくるりと巻いているかたつむりの形を思い出し、納得しました。
部屋の手前には、白く透き通った糸玉がたくさん積んでありました。その向こうの机の上には糸玉と編み棒のついた作りかけのミルク色の布が乗っています。
どうやらおばあさんがこの糸を編んで、布を作っているようです。
おばあさんが言っていた大きな布はどこにあるのでしょう? めいちゃんが奥に歩いていくと、机の向こうに棚があって、ミルク色の布が大きさ別にきちんとたたまれていました。ところどころキラリと輝いています。
「あれ?」
めいちゃんは自分の足元を見ました。履いている靴下と同じ布ではありませんか。
大きな布を手に取って撫でてみると、ふわふわとした手触りは足に当たる靴下と同じでした。
めいちゃんはどうしてもやってみたくなって、そっと布に顔をつけてみました。おでこやほっぺに当たる感触は、とろけてしまいそうに柔らかでした。
ずっとそうしていたかったけれど、頼まれた布を持っていかなくてはいけません。ぱっと布から顔を上げためいちゃんは、何かを見つけて「あっ」と小さい声をあげました。棚の向こう側にめいちゃんの目が奪われます。
なんとそこにはもう一つ階段があったのです。
そしてその先には四つ巻きのお部屋があるのです。
めいちゃんは見てみたくなりました。いったいどんなお部屋なのでしょう? でも他人様のおうちです。勝手に上がってはいけません。
めいちゃんはぐっと我慢して階段に背を向けると、両手でしっかりと布を持って、駆け足で二巻きへ戻りました。
「ありがとうねえ」
おばあさんはめいちゃんから布を受け取ると、両翼を広げたツバメの頭にかぶせました。そして布を翼や尾羽に合わせて引っぱりました。めいちゃんも手伝います。おばあさんと息を合わせて引っ張ると、布がゴムのように伸びて、あつらえたようにツバメの体にぴたりとなりました。最後におばあさんがツバメの顔の部分を丁寧にちぎり取ると、なんと雨合羽ができあがりました。
「面白いだろう? これはねえ、雨に浸した蜘蛛の糸をお日様の下でしっかり乾かしてからねじりあわせて、それから編んだものなんだよ」
ところどころキラキラと輝くのは、蜘蛛の糸だったからでした。めいちゃんはツバメの雨合羽と自分の靴下をまじまじと見ました。
ツバメは「おばあさん、おじょうちゃん、お世話になりました、ありがとう!」とお礼を言うと、まだ雨が降る中を子どもが待つ巣へと帰って行きました。
おばあさんはめいちゃんに言いました。
「お手伝いしてくれたおじょうちゃんには、何かお礼をしなくちゃね。くるペロキャンディでもあげようかね」
くるペロキャンディもとても美味しそうです。でもめいちゃんは、それよりもどうしても階段の上の四つ巻きのお部屋が見たっかったのでした。ですから首を横に振って、思い切っておばあさんに頼みました。
「わたし、四つ巻きのお部屋が見てみたいです!」
おばあさんは楽しそうに笑い声を立てました。
「いいとも。かたつむりハウスは面白いからねえ」
階段を上がるおばあさんの後を、めいちゃんはワクワクしながらついていきました。いよいよ四つ巻きのお部屋を見ることができるのです!
「四つ巻きはカタツムリハウスの一番上の部屋なんだよ」とおばあさんがドアを開けて、めいちゃんを手招きしました。
四つ巻きの部屋は今までのような細長く曲がった部屋ではなく、くるりと丸い形でした。真ん中にベッドがひとつ置いてあるだけの小さなお部屋です。ベッドのお布団はもちろんあの蜘蛛の糸で編んだ布で作られていました。
「鳥たちからもらった羽毛が入っているんだよ」とおばあさんが教えてくれました。
めいちゃんはこの特別なお布団の中に入ってみたくなりました。絶対に気持ち良いに決まっています。めいちゃんはたまらず、おばあさんに言いました。
「おばあさん! わたし、ここに寝てみていい?」
おばあさんはおかしそうに笑って布団をめくってくれました。
もぐってみると、そのやわらかくてぽかぽかなこと!
日向の匂いが、たっぷりとします。めいちゃんは目を閉じて、いい匂いを胸いっぱい吸いました。
「日向ぼっこしてるみたい」
あんまりいい気持ちだったのでめいちゃんは、ついウトウトと眠ってしまいました。
どれぐらいたったでしょうか。
「雨が上がったよ」というおばあさんの声で、めいちゃんは目を覚ましました。
おばあさんはめいちゃんの荷物と、お掃除をしていたのかモップを持っています。
「おじょうちゃんには、とっておきの出口を案内しようね。ほら、あそこだよ」
指を差したのは、丸くなった天井の一番高い所にある天窓でした。濡れた天窓にはうっすらと薄日が差しています。
あそこがかたつむりハウスの一番先っぽのところなのでしょう。
おばあさんは、靴下を履きかえて身支度を整えためいちゃんに、優しく微笑みました。
「雨宿り屋、ご利用ありがとうございました」
「おばあさん、どうもありがとう!」
手を振るおばあさんにめいちゃんはぺこりと頭を下げました。
めいちゃんは天窓にまで伸びた梯子を伝っていって、天窓を開け外に出ました。
葉っぱと土のむんとした雨上がりの匂いが、めいちゃんを包みます。
かたつむりハウスの屋根の一番高いところに出ためいちゃんは、渦巻きの屋根に沿って、くるくると滑り台がついているのを発見しました。おばあさんが言った「とっておき」とは、このことだったのです!
めいちゃんはとっても嬉しくなって、
「やったー!!」
と大きな声をあげました。
おばあさんが掃除をしてくれたのでしょう、滑り台はきれいに拭きあげられていました。
めいちゃんは心の中でおばあさんにお礼を言って、ウキウキと滑り台を滑り始めました。
四つ巻き、三つ巻き、二巻き、一巻き……くるくると屋根を滑り降りてきためいちゃんの体は、地面に到着する手前で、ぽーんと空中に浮かび上がりました。
頭の上の方では雨宿り屋の隣にある大きな木の梢が、風に揺れてざわざわと音を立てています。
その音に混ざって、「めいちゃーん」と名前を呼ぶ声が聞こえました。大好きなお母さんの声です。
「めいちゃん、探したのよ。よかった、ここで雨宿りしてたのね。濡れてない?」
いつのまにか、めいちゃんはあの背の高いとても大きな木のそばに立っていました。
目の前にはお母さんがいました。雨の中めいちゃんを探しに出てくれたのでしょう。ふうちゃんをだっこして、手にはぐっしょりぬれたお母さんの傘と、くるくると巻かれためいちゃんの傘を握っています。
めいちゃんは急いで木の根っこの辺りを探してみましたが、不思議なかたつむりハウスの雨宿り屋もおばあさんの姿も、もうありませんでした。
木陰に飛び込んだとき、帽子と足元は確かにじっとり濡れていました。けれども今はサラサラして、ほんわりと温かささえ感じます。
「お母さん、わたしね、かたつむりハウスで雨宿りしてたんだよ」
「かたつむりハウス? わあ、すてき! お母さんにお話してくれる?」
「うん! あのねえ――――」
めいちゃんとお母さんはおしゃべりをしながら、家の方へと歩きます。
雲が開けて、青い空にはお日様がきらきらと照り始めました。
(おしまい)
お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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