裏通りの生活雑貨店
「握りのとこォ、もちっとどうにかならんか」
無天蔵人の、聞き取りづらいぎざついた声にもずいぶんと慣れた。
依頼された通りに刀を仕上げたのだが、グリップが納得いかないらしい。
私は「薄手の皮ひと巻きしますか」と提案し、彼は「頼まぁ」と返してきた。
南古野は治安の悪さゆえ、多少武器の需要がある。といってそれだけを専門に売る店をやれる、というほどのデカい需要はないので、私のように雑貨屋だの道具屋だのやりながらその傍らで売るやつがほとんどだ。
ちなみに専門で売ってるのはたいてい翌日には雲隠れする、盗品直売り業者である。私はそういう連中を見ると強盗をやって奪い取り、自分とこの商品の材料にする。作刀趣味をやるには鋼が要るのだ。
作業のために髪をまとめ、袖をたすき掛けにして固める。サラシで胸を締めるのもそうだが、こういう恰好をすると身が入るので。
私が柄に鮫皮を巻いてヒモで巻き留めるのを、彼は真剣なまなざしで見つめている。板バネ製の刀はここさいきんでは出色の出来だったので、期待されているのが伝わるのはものつくりとして冥利ではあった。
「はい、どうでしょ」
「んむ」
私が鞘に納めて差し出した刀を、手に取って抜き放ち二、三度振るった。風切る音が袈裟でも横薙ぎでも変わらない。樋もない刀なのに、ヒゥと大気割く音がする。
納得したらしく、彼はひとつ大きくうなずく。
「世話ァかけたな。支払いだ」
水道免税券が十枚。なかなかの大判振る舞いだ。ありがたく懐に頂戴し、「あーあと、生活用品は足りてます?」とついで買いも期待する。
無天蔵人は「いまのぉで、金は無ぅなった」と返してきた。さいですか。私は営業スマイルを二割ほど弱めた。
去っていく背中を見送ってから、店の中に戻る。洗剤、消毒液、トイレットペーパー、ガーゼ、注射器、簡易濾過器といった生活用品の間で傘立てなどに突っ込んでいる刀や直剣といった刀剣類を見やる。
なおウチは亜式拳銃などは扱わない。銃火器の知識が私にないというのもあるが、簡単に扱えるものほど複雑な状況を生みやすい。
銃やナイフや短刀は「護身用」だのと社会への建前をぬかして持ち歩いて軽々に抜くやつが多いが、それなりの長物になってくると簡単には抜けない。脅しで抜くようなものでない、という観念がどこかうっすら、社会を覆っているからかもしれない。
刀剣は、能動的に殺す意識を強く持った者が初めて抜く。
私はそこの行動に対して責任を負っているつもりだ。
と、のれんをくぐってくる影に気付く。こんな裏通りの店なのに今日はずいぶんと客が多いな。
「いらっしゃいませ」
『ああ。久しいな』
私の声に、厳めしい声が返ってくる。華国語で。
ぴんと帆を張ったような、硬い表情の頬。白髪交じりの年頃だが脂の乗りきった強靭な肉体。三つ揃えをはちきれさせんばかりのその人物は、腰に木剣と直剣、同じ意匠の二振りを提げている。
沟の龍頭、周永白の右腕。王辰。華国語でないと話してくれないので(実際のところ、彼は日邦語も理解はしている。絶対にそれでは話さないだけで)私も言葉を切り替える。
『……どうも。ご購入で?』
『普段使いの一振りが刃毀れで使い物にならなくなった』
腰の一刀を抜き放つと、たしかに物打ちの部分がひどく刃毀れしていた。芯までダメージが通っているだろう、これは研ぎ直してもおそらく数合の打ち合いで折れるな。
『故に新しい剣を頼みに来た。打て』
命じて、包んできた原料鉄塊と依頼料とを机に置く。免税券が五十枚。先の無天蔵人の支払いをはるかに超える値段。
値段の理由はもちろん、面倒と手間を頼まれているからだ。
『今回も、あれですか』
『人骨煉剣。無論だ、それを打て』
彼の代名詞でもある魔剣の鍛造を、私は請け負った。安全組合所属・無天蔵人に刀を売って五分もしないうちに、彼の命を脅かす依頼を請け負った。
いつだってその剣が、先の客の命を。あるいはほかのだれかの命を奪う可能性。
それも含めて、私は責任を負っている。
#
人骨煉剣は名の通り人骨を燃やした火で打ち鍛える刀だ。
大陸では目上・格上のために命をも捧げることが美徳とされる時代があった。来客に振る舞うものがなく身内の肉を供することが美談と語り継がれ、そして――刀鍛冶の夫のため妻が炉に身をくべたことで名剣が生まれた逸話もある。
そういった流れがあるからこそ、人骨煉剣などというものも生まれたのだろう。
夜中。天高く月がのぼる闇。
墓を荒らしながら私はそんなことを考えた。
南古野は個人用の墓などなく、共同墓地がほとんどだ。区画整理のための廃材置き場──瓦礫や土砂の運搬時に『見られたくないもの』を埋め立てたり、ヤクの運搬で中継地点にする緩衝地帯──と隣接して、遺体を焼いて埋める場がある。
私はスコップでざくざくとその場を掘り進めていた。
共同墓地といえど、本当に無造作に埋めるわけではない。属す派閥や住む場所といった属性で分けて、男女で分けて、病死とそれ以外で分けて、水泥棒とか抗争といった戦で死んだ者は得物と共に埋める。そういう風習がある。この土地なりの敬意というわけだ。
私がやっているのはその敬意を踏みにじって唾を吐きかける行為である。見つかると法務執行人を呼ばれるし、そのときべつに王は守ってはくれない。おそらく私は失踪扱いになるだろう。
でも仕事だからやる。それに他人を害する意味で、盗品直売り業者からの強盗とこの墓暴きとなにがちがうのか私にはわからない。
あっちはよくてこっちは良くないは、私のなかでは通らない。だからやる。
「お。頭残ってる」
刀と共に埋められていた男性骨のしゃれこうべを拾い上げ、土を払った。刀は錆びていたが鋼は悪くないので、ついでにもらっておく。
今回もだれにも見とがめられずに済んだ。風呂敷に包んで夜闇のなかを持ち帰る途中、廃墟の一室から黒い煙が上がるのを見る。遺体を焼いているのが窓からちらりと見えた。
いっそこの、遺体を荼毘に付したときの火で鍛えれば作業工程は早いのに……と思うが王が求めているのは『強い骨』だ。魂がこもることを期待して骨の火で鍛えさせる以上、戦いで死んだ者以外の骨は使えない。
骨の成分に差はないが、心霊的な意味合いなら仕方がない。私はオーダー通りにつくる。
作業場にしている廃ビルへたどり着いた私は、壁面で一階から五階までを貫いているダストシュートを改造してつくった炉を動かした。
自作のペダル式ふいごで風を送り、コークスと固形燃料を燃やして温度を上げていく。灼熱の火。赤熱は白熱へ変わり、焔の揺らぎひとつに物体的な重みを感じるようになったころ──何度なのかはわからない。こればかりは感覚の領域だ──私はしゃれこうべをくべた。
顎下から這い上った火焔が眼窩を突き抜け、光やどす目のようになったその骸骨は恨めし気にこっちを見据えたような気がした。
#
『ふむ』
王は鍛え上げた刀をためつすがめつした。
武骨な直剣。青く冷めた鉄が切り結ぶのを待っている、そのように感じさせる刃。
出来は、よかったと思う。王が気に入らないと言って突き返してきたなら「これが最高点だ、これで満足しないならよそ行け」と言ってのけることができる程度には。
だが王も私と同意見であったらしい。満足げに剣を鞘に納めると、追加で免税券を五枚くれた。
『とっておけ。貴様の仕事ぶりには感心している』
『それは、どうも』
『詮索になるが、これほどの技をどこで研鑽した』
よほど気に入ってくれたのか、今日の王は口数が多かった。
別段隠すことでもないので、私は答える。
『作刀の基本は実父から。研ぎはむかし暮らした男から。鞘は独学で、細工は青空教室の『先生』から。そして人骨煉剣の火の扱いについては2nADのある老翁から』
指折り数えて、最後に人差し指だけ残すと王に渡した直剣を示す。
『だから私の技というより、いろんなひとの手になる技ですよ』
『……そうか。2nADの』
王は反応しづらそうだった。失伝技術になりかけている魔剣の製法が、彼ら沟も軽んじている寄る辺なき流民・2nADの内に伝わっていたことに驚きを隠せないらしい。
流民である彼らのなかにはさまざまな民族の情報、伝承が切れ切れに残っている。そこでたまたま私は刀を打つことに興味があり、たまたま老翁は技の継ぎ手を探していた。
別段、それ以上の意味はない。私はそう思うが、王のなかには去来する思いがあったようだ。それは失われた国とその下部にあった文化への郷愁か、はたまたべつのなにかか。いずれにせよ。富めるからこそ抱ける悩みというやつだろう。私には関係がない。
『……して、その老翁は?』
『梅毒で死にましたよ。五十路を超えるほど老いてなおお盛んだったので、どっかでもらったみたいで』
行方を問う王に返した私の言葉はあまりにロマンがなかったかもしれない。だが生きていると、それが現実だ。現実にはロマンなどない。
†
店じまいをして家に帰る。昨日と同じような月が道を照らしている。
明日は生活用品の発注と需要予測表の組み立てをしなくてはならない。むかし共に暮らした男は、予測表のことを「埋める穴を探すようだ」と言って笑った。
大枠では当たっていると思う。私の主な仕事は穴埋めで、ほうっておいても穴は増え続ける。埋めた穴はまたしばらくするとぽっかり空いていく。加えて私が埋めなくてもほかのひとが埋める。
その繰り返しだ。日常は、なにかとだれかの穴埋めでしかない。
思いつつ荷を──王が置いていった刃毀れした方の剣だ──担ぎ直す。
そのとき、道の先で光を見た。
まるで月明かりが細く形をとって空から落とされたかのような。
青く冴え冴えと光る、細身の刀。
握るのは中年男だった。知らない顔だ。
わかるのは殺気がみなぎっていることだけ。
「ッぇああああ」
気合一喝と共に突っ込んでくる。私はとっさに、肩から王の剣を抜いた。
正眼に構えて受ける。駆け込んできての袈裟切りは勢い任せのものではなく、よく練られた剣筋だった。
たまらず後退する。送り足が速い。男はまた剣を振り上げている。私は袈裟切りを受けるためと相手の眉間へ牽制の圧をかけるべく、構えを霞──柄握る諸手を顔の左横へ配し、地と水平の刃の切っ先を相手顔面に向ける──に取った。
激烈な勢いで袈裟切りが鍔元へ衝突する。だが膝を使って沈み込むことで、力積を一瞬のうちに受けない。身を液体のように扱い、威力を波として受け流す。
指を弾くほどの暇だが膝の屈曲により接触時間を延ばすことで、威力を殺した。そのまま私は右足を引き、左肩を押し出すようにして鍔元を跳ね上げていく。しゃりりりりと男の刀が刃の上を滑り、切っ先へと抜ける。
刃毀れしていた剣身が限界を迎え、砕け散る。力の懸かり方が不規則になって、私は体を崩した。
だが想定の範囲内だ。短くなった剣身を再び正眼に構え直す。運足から伝わる力を載せ、切っ先を上下させずとも物打ちに粘り強く斬る力を加える『石火の当たり』。私の刀術はこれまた、2nADの人間から学んだものだ。
男の方の刀が正眼で私に向き直る。撃ち込もうとの意思が感じられ、このまま剣身を摺り寄せれば私の当たりの強さが弾く。
そう思った瞬間、……剣身側面にドロリと相手の刀がねばりつくように感じた。
手の内の工夫で接触時間を延ばす。私がさっきやった防御と似た動き。だがこれは──引き込まれる。
強く当たろうとした私の力は、相手の刀の動きで用意された軌道をなぞった。その間、刀と剣はつぶした米で貼りつけたように接着されたまま。切っ先を横にずらされたまま相手の懐へ引きずられていき、つんのめった無防備をさらした、と思ったときには胴薙ぎで通り抜けられていた。
ぜっ、ひゅ、と激痛と空気の擦過音。肋骨の隙間に刃を通されて肺が裂けている。喘ぐしかできず、膝をつき、王の剣を取り落した。
「これは、お前の刀だ」
男が背後から言い、私の腎臓あたりへ切っ先をあてがった。間髪入れずに刃が体内を通り抜け、地面に突き刺さる。大量の血と痛みが視界をばちばちと埋めた。これは、死ぬ。まちがいなく。
「お前が打った刀で俺の友が死んだ」
なるほど。納得できる理由だった。
「なぜ人殺しの道具を売った」
それは、納得させる言葉を持たない。
私は、ただ。
消耗品じゃないものを売りたかった。目的が先に在るものを、売りたかった。
悪い結果であっても、私自身を残したかった。だから。
「……売れるから、打ったんだよ」
私は私の責任のもとに、自分の打った結果を受け入れた。
刀は引き抜かれ、私の頸動脈へと突き刺さった。




