表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
売雨戦線SS  作者: 留龍隆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

……反応

「うーん、肩凝ったなっ」


 鱶見深々が組合ビルで判をついている横で雑務を処理していた織架が、ふと口を開いた。

 今日も両手に手甲型機構ガントレットデバイスを装備してがしゃがしゃと金属製の指先を揺らしている。薬害事件により指先の神経が麻痺している彼にとって、あの手甲はもはや体の延長だ。

 深々も失った右腕の代わりに──と考えたことはあったのだが、プライアホルダーが感覚拡張ブーステッドと共に腕を使えば有事の際にプライアへ切り替えるのが遅れる。それに隻腕の生活に慣れすぎた今更になって右腕ありし頃の生活を思い出せるはずもない。というわけで義手や機構の装備は避けている。


 そんな彼女の前で、織架はゆっくりと肩を回した。


「姐さんも休憩したらどうです。俺、タンポポ珈琲淹れてきますけど」

「ああ。頼む」


 深々も左手から判を下ろし、目頭を揉んだ。一服しようとシャツの胸ポケットより煙草の箱を取り出し、軽く振ってフィルターを口にくわえた。

 マッチを擦って炎をかざし、じりじりと先端を焦がして甘い煙を吸う。


「ふう」


 またたく間に一本を吸い終えて、根本まで至った火を次の一本に近づけてチェーンスモーク。

 織架が戻ってくるまでに、計四本が灰になっていた。タンポポ珈琲を差し出しつつ、彼も自前の煙草に火をつける。紫煙が交差するタイミングを見計らい、深々は見ていた書類の話を振る。


「今期は制水式での出費がかさんだな」

「ですねぇ。戦闘人員の消耗も大きかったですし、次はもうちょいうまくやりましょう」

「婁子々が制水式後に過剰摂取オーバードーズで倒れるのは、なんとかならないのかな」

「あー……アレを抑えるってなるとあいつのやる気を削ぐことにもなるのでっ」

「無理か」


 深々は次の煙草に火をつける。まだ吸い終えていない織架はぎょっとした。


「なんだ。言いたいことでもあるのかい」

「いえ。吸うの、早いなーと思って……それかなり、重いタバコですし?」

「仕事が詰まってくると吸う量が増えるだけだよ」

「いま一日の量どれくらいなんすか。俺、だいたい一箱ですけど」

「〇.五」

「嘘つきすぎでしょ」

「単位が違う。カートンだ」


 紫煙の向こうで織架が目を丸くしていた。日に五箱、多いとは思うがそんなに驚くほどだろうか。

 と、彼の目は先ほど処理していた書類の方を向いている。


「姐さん、もしかしてそれ経費で申請してません?」

「していない」

「マジに言ってます?」

「自腹で自前だ。気晴らしくらい好きにさせろ」

「いや金遣い的な面で心配になってんすけど」

「ジャンク集めに金をつぎこんでいる男に言われるとは世も末だね」

「それ言われると返す言葉もないですがっ。深々さんが煙草やめること、なにがあってもなさそうすね」

「ない」


 再び子ができたなら考えるが、それを望む相手は……もういないのだ。

 深々はさっさと仕事に戻れと織架を追い払う。また一本を灰にして、その日も遅くまで業務をこなした。


        #


 深々は組合ビルに私室も構えている。業務を終えたらそのまま戻り、散らかった室内の中から酒瓶を探した。

 ところが見つからない。ベッドの下、傾いた棚の隅、いつも置いている場所に見当たらない。

 ようよう見つけたのは、ドアの影に落ちていた衣類のなかだった。


「ちっ」


 しかも空だった。どうも前夜も気分が悪く、酒に頼って寝たらしい。

 仕方がないので買いに出る。階段を使うのも面倒で、窓を開けると『固定』で足裏の空気を固めて階段代わりに、てくてくと地上へ降りていった。

 ──それが遭遇の瞬間を生む。

 ビルの裏手にある路地裏にミュールで降り立つ。

 と、暗闇で光るものがあった。

 双つ並んで光を跳ね返すそれは、六つの足でのっそりと立ち上がるところだった。


「む」


 二又の尾をしならせて、毛むくじゃらの体をぐうーっと伸ばす。

 災害後の世界で生き残るべくさまざまに遺伝子を弄られた、猫という種族だ。かつては足も四つ、尾はひとつだったという。

 なんの気なしに見ていると、目が合う。ちなみに猫の瞳孔はひとつのまなこにふたつ、重瞳ちょうどうというやつだ。

 ふんふん、と鼻を鳴らす。とことこと近づいてきた。狭い路地裏なので、避けるのも難しい。というかずいぶんと警戒心がない猫だ。

 すねのあたりへすり寄ってきた。一歩引けばついてくる。一歩踏み出せば引いてくれる。

 猫をあまり間近で見たことがなかった深々だが、なかなかどうして、愛嬌があると思った。


「……」


 脛に感じるぬくい感触を、手でも感じてみようかと思う。

 すっと音もなく膝をつく。猫はきょとんと彼女を見上げた。

 左手を差し出し、下方からすくうように喉の当たりの毛玉のふくらみに触れようとする。

 途端、


「!」


 猫がものすごい顔をした。

 これまですり寄っていたのが嘘のように、ダッと跳ね飛ぶようにして路地の奥へ消えていく。

 あとには呆然とする深々だけが残された。

 自分の左手をじっと見る。


「…………臭うか?」


 自分で言って、傷ついた。


        #


「……そうなんだよ、俺朝から一緒にいるんだが今日深々さんまだ一本も吸ってないんだっ。あの重度喫煙者にいったい、なにが起きたかわからんが……えっ、まさか大病? いやだとしたら十鱒さんあたりにはさすがに伝えてるだろ、円藤ちょっと聞いてきてくれ。羽籠宮はもう沈み切った顔するなよまだ早いだろ、あっお前それ薬でバッド入ってるだけかもしかして。ああもう、なんだどうすればいいんだ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ