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蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】  作者: 枕崎 純之助


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第187話 『港町の危機』

 港町バラーディオの港湾では何隻(せき)もの軍船が黒煙を立ち上らせて炎上していた。

 すべて共和国軍の船だ。


「撃て撃てぇ!」


 海賊船団の団長であるフィランダーの号令とともに爆音が鳴り響き、海賊船から砲弾が撃ち出される。

 次の瞬間、共和国軍の軍船がその横腹を吹き飛ばされ、爆発音とともに炎を噴き上げた。

 フィランダー海賊団長の乗る船に積まれた大砲はこれまで7度に渡って火を噴いたが、7発全てが共和国軍の船に命中し、被弾した船は一撃で操船不能となった。

 燃える船から共和国海軍兵たちが次々と海へ飛び込み逃げて行くのを見ながら、フィランダーは上機嫌で高笑いを響かせる。


「ハッハッハ! こいつは楽な仕事だ。この大砲がうちの船に揃《そろ》えば、俺はこの辺りの全海域を支配できるぜ」

 

 このバラーディオの港で騒ぎを起こし、混乱を演出するという依頼を受けたフィランダーは、依頼主であるマージョリー・スノウから受け取った大砲の命中精度と威力に大きな満足を得ていた。

 的である敵船が大きいということもあるが、不慣れなはずの海賊船員でも十分に扱えるのは兵器の精度が恐ろしく高いためだろう。

 こうなると不満なのは大砲が1門しかないことと、10発受け取った砲弾が残り3発しかないことだ。


「次はこちらからあの貴族崩(くず)れのお嬢さんにお願いして、大砲と砲弾を大量入手させてもらわないとなぁ。こりゃ大金が必要になるぞ。野郎ども。暴れついでに上陸して、港湾倉庫のお宝もすべて頂くとしようぜ! 今なら共和国軍のアホどもも浮足立ってやがるからなぁ! 行くぞぉ!」


 団長の号令に部下の海賊たちは嬉々として気勢を上げるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「……ん」


 馬車の走る音と鳴り響く鐘《かね》の音、そして轟《とどろ》く爆音。

 そうした音にヤブランは目を覚ました。

 気付くと彼女は馬車の荷台に仰向《あおむ》けで寝かされている。


(あれ……私は何を……)


 記憶が混濁《こんだく》としていて、自分の置かれている今の状況がすぐには理解できない。

 頭がズキズキと痛み、ヤブランは思わず顔をしかめた。

 そんな彼女を上から覗《のぞ》き込む白髪の男がいる。


「ヤブラン。目を覚ましたか」

「……シジマ様」


 それはヤブランの直属の主であるシジマだ。

 彼の顔を見たヤブランは全てを思い出した。


(そうだ……私はシジマ様のご指示でオニユリ様の側付きになって……エミルを修道院から逃がして……)


 ハッとしてヤブランは起き上がる。

 急に身を起こしたせいか頭がズキンと痛み、ヤブランは思わず顔をしかめた。

 しかしゆっくりと目を開けると、すぐ隣《となり》には気絶していると思《おぼ》しきエミルが横たわっている。

 そして……シジマのすぐ背後にはオニユリの姿があった。


 思わずヤブランはビクッとして後退《あとずさ》る。

 先ほどエミルを連れて逃げたヤブランだが、あえなく捕まって、怒り心頭のオニユリに痛めつけられたのだ。

 オニユリに頭を殴《なぐ》られた衝撃で気を失ったことを思い出し、ヤブランはその恐怖に顔を歪《ゆが》める。

 シジマはそんなヤブランの様子に、自分の体を彼女の前に割り込ませてオニユリを視界から消しながら言った。


「ご苦労だった。オニユリが迷惑をかけてすまなかったな」


 ヤブランは思わず大きく息をつく。

 シジマは上司だからその命令に自分が従うのは当たり前だ。

 そうは言ってもヤブランはただの小間使い。

 あんな斥候《せっこう》の真似事《まねごと》みたいな任務は自分には荷が重過ぎる。

 ここに来るまでの苦労を思うと、シジマに対して言ってやりたい恨《うら》み言は一言や二言どころではなかった。


 しかも彼の妹のオニユリには手酷《てひど》く痛めつけられたのだ。

 もうしばらく何もせずに穏やかな暮らしに戻りたい。

 そう思ったが……隣《となり》で意識を失ったまま横たわるエミルの姿を見ると、ヤブランは何だか胸がざわついてしまう。

 エミルは殴《なぐ》られたようで、顎《あご》の辺りを赤く腫《は》らしていた。


 彼にはもう穏やかな暮らしは戻って来ない。

 理由や事情はどうあれ、自分がエミルの平穏《へいおん》を崩《くず》すことに加担したのは間違いない。

 そう思うと、シジマに対する恨《うら》み言を言う資格など自分にはないように思えた。


「……いえ」


 そう言うのが精一杯でヤブランは押し黙《だま》る。

 そんな彼女の様子を見てシジマはオニユリに視線を転じた。


「オニユリ。おまえは金輪際《こんりんざい》、ヤブランに近付くなよ。いいな」

「……ええ。分かっておりますわ。ヤブラン。ごめんなさいね」


 そう言うオニユリと目を合わせることなくヤブランは会釈《えしゃく》をし、そこでふと人の気配を感じて視線を背後に転じる。

 そこにはチェルシーの姿があり、ヤブランは驚《おどろ》いて跪《ひざまず》いた。


「チェ、チェルシー将軍。いらっしゃたのですね」

「かしこまらなくていいわ。緊急時だから。このまま船倉庫で仲間たちと合流し、船で港から強行突破で出航するわよ」


 そう言うとチェルシーはシジマの隣《となり》で悄然《しょうぜん》としているオニユリに目を向ける。


「オニユリ。今はこの街からの脱出に全力を傾けなさい。あななたちココノエの民に対するワタシの評価は変わらない。一族のためにも忠義を見せて。すべてが無事に運んだ後、ワタシと話をしましょう。良い話をしたいと思っているわ」


 チェルシーの言葉にオニユリは引きつった顔で頭を下げ、その隣《となり》でシジマは神妙な面持《おもも》ちで同じく頭を下げるのだった。



 ☆☆☆☆☆☆


 港町バラーディオの防衛任務に就《つ》くダニアの兵士たちの駐屯《ちゅうとん》所では、部隊長のダルシーの元に次々と報《しら》せが飛び込んでくる。

 そのほとんどは海賊船団に襲われている港の被害状況についてのものだった。

 共和国海軍の船がいくつも沈み、ダニアの船も1隻《せき》被害にあった。

 赤毛の女たちの中から十数名の負傷者と数名の戦死者が出ている。

 ダルシーはこの海域では名の知られる海賊の長を罵《ののし》った。


「くそっ! フィランダーのゴミ野郎が。いつの間にあんな兵器を……」


 海賊船のうち1隻《せき》が放つ大砲の砲弾。

 それは共和国海軍にとって未知の脅威《きょうい》だった。

 王国軍が召し抱えるココノエの民の技術による新型兵器の噂《うわさ》は共和国にも届いている。

 だが実際にその兵器の脅威《きょうい》を目の前にすると、共和国海軍には対処のしようがなかった。 

 そして混乱に乗じて海賊船の一部が船着き場まで到達しようとしている。


「とにかく今は上陸を許すな!」

 

 厳しい口調でそう叫ぶダルシーのいる指令室に、2名の赤毛の兵士が強張《こわば》った顔で飛び込んできた。

 またも被害の報告かと思ったダルシーは思いもよらぬ報告を立て続けに聞くことになる。


「アーシュラ隊長からのご連絡です。この街の中に……王国軍のチェルシー将軍がココノエの兵士らを率《ひき》いて潜入し、エミル様の身柄をその手中に収めているとのことです」

「共和国首都からの通達です。秘密裏《ひみつり》にこのバラーディオに向かっているはずだった大統領のご子女ヴァージル様とウェンディー様が行方《ゆくえ》不明になっております」


 思わぬ報告にダルシーは目を見開いたまましばし絶句するのだった。

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