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蛮族女王の娘《プリンセス》 第2部【共和国編】  作者: 枕崎 純之助


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第159話 『期せずして港町に集う者たち』

「アーシュラさん。お久しぶりです」

「ダルシー。元気そうで何より」


 そう言って赤毛の女同士が握手を交わす。

 夜も更《ふ》けていたが、港町バラーディオに入ったアーシュラ一行がこの街に駐留しているダニア部隊の駐屯《ちゅうとん》所を訪れると、その責任者である部隊長のダルシーが手厚く出迎えてくれた。

 ダルシー。

 年齢はアーシュラと同じく31歳だ。

 統一ダニア軍より2年前にこのバラーディオに派遣されている中堅の戦士だった。


 彼女はかつて砂漠島の南ダニア軍に所属していた。

 それはブリジットとクローディアが率《ひき》いる統一ダニア軍に敵対する黒き魔女アメーリアが率《ひき》いた赤毛の女たちの軍勢だ。

 砂漠島はこの大陸にいる統一ダニアの赤毛の女たちの源流となる一族が住んでいる島だった。

 そこから大陸に渡って来た一部の者たちの子孫が後の統一ダニアの民であり、同じ血を引く一族なのだ。


 いくつもの派閥に分かれて争いを繰り広げていた砂漠島の女たちを、その圧倒的な武力と恐怖政治でまとめ上げたのが黒き魔女アメーリアである。

 ダルシーは元々、黒き魔女アメーリアに対抗する一派だったが、その首領である伯父《おじ》のクライドを殺されてしまい、仕方なくアメーリアの軍門に下ったのだった。

 しかし統一ダニアと南ダニア軍との対戦が勃発《ぼっぱつ》した際に、アーシュラの画策《かくさく》によって伯母《おば》のディアナと共に統一ダニア軍へと寝返ったのだ。

 それがなければ統一ダニアは南ダニア軍に滅ぼされていただろうと言われている。


 亡き夫クライドに代わって反アメーリア派の首領となっていたディアナは大戦後、ブリジットとクローディアによって重用され、現在はダニア評議会の評議員となり、統一ダニアの政治運営に携《たずさ》わっている。

 その姪《めい》であるダルシーもこうして同盟国である共和国の要所・港町バラーディオの部隊長という要職を任されており、いずれはダニアの都に戻って評議員に就任するのではないかと囁《ささや》かれていた。


「プリシラ様。ようこそおいで下さいました」


 ダルシーはそう言うとプリシラの前に跪《ひざま》く。

 プリシラは慌《あわ》ててそんな彼女の手を取って立ち上がらせた。


「ダルシー。今の私はアーシュラ隊長の一部下に過ぎないの。女王の娘として扱わないで」

「そうでしたか。では失礼して」


 そう言うとダルシーは立ち上がった。

 

「この度は大変でしたね。エミル様がこの街に来ているというのは確かなのですか?」

「まだ客観的な情報はないわ。でもアーシュラ隊長がエミルの存在を感じ取っているから確かよ」


 プリシラの話にダルシーは頷《うなづ》いた。

 そしてアーシュラに目を向けて力強く言った。


「夜も遅いですが緊急事態ですので、これよりバラーディオの領主と共和国軍の部隊長にお取り次ぎいたします。戒厳令《かいげんれい》を敷《し》くことになるでしょう」

「お願いします。ダルシー。まずは昨日からの街への訪問者たちの記録を調べたい」


 そう言うとアーシュラは部下の女たちに目を向ける。


「エステル。あなたはこの街の統括部で訪問者の記録に目を通して下さい。子供の訪問者に注目し、その訪問先を書き留めておくように。エリカとハリエット。あなたたちもエステルについていって手伝って下さい」


 それからアーシュラは道中で拾った陶器製の人形をオリアーナに渡した。

 オリアーナの手には黒熊狼《ベアウルフ》のバラモンを繋《つな》いだ縄《なわ》が握られている。

 夜になって眠っている鷹《たか》のルドルフは布の覆《おお》いをした鳥かごに入れられ、それをオリアーナが紐《ひも》で括《くく》って背負っていた。


「オリアーナはバラモンの鼻でエミル様のニオイを探って下さい。ネルはオリアーナと共に行動を」


 そう指示するとアーシュラはプリシラに目を向ける。


「あなたはワタシと共に領主や部隊長に挨拶《あいさつ》を。ちなみに御二方《おふたかた》と会う時はややこしいので女王の娘として振る舞って下さい」

「分かりました。あの……隊長。隊長の力でエミルの気配を探れませんか?」

「街に入ってからずっと探り続けているのですが、この街は人が多すぎて余計な雑音がワタシの頭の中に入り込んでくるのです。その情報量が邪魔になってエミル様の気配を探れません。以前のようにエミル様の力が強ければ何とかなったのでしょうが今はその力が微弱過ぎて読み取れないのです」


 そう言うアーシュラにプリシラはわずかに悄然《しょうぜん》とした表情を見せた。


「そうですか……」

「しかしエミル様は必ずこの街のどこかに匿《かくま》われているはずです。ある程度その場所を絞り込めれば必ず見つけられます」 


 力強くそう言うアーシュラにプリシラも気を取り直して頷《うなづ》く。

 それからアーシュラ一行は息つく間もなく、それぞれ手分けして街の中へと散って行った。

 この街にいるであろうエミルの行方《ゆくえ》を確定させるために。


 ☆☆☆☆☆☆


 船舶への積み込みを待つ多くの積み荷が一時的に保管されている船倉庫。

 倉庫の中はひっそりとしていて人の姿は無い。

 灯かりは無く、窓の外から差し込む街の灯かりだけが頼りだった。

 その石床に穿《うが》たれた排水口の蓋《ふた》が開き、中から1人の人物が姿を現す。

 

「ふぅ。やれやれ。鼻が麻痺《まひ》しちまった」 


 誰にも聞こえないような囁《ささや》き声でそう言ったのは頭巾《ずきん》を被った男だ。

 チェルシー部隊の副官、シジマだった。

 彼は注意深く倉庫の中を見回し、気配を窺《うかが》う。

 そして倉庫内が無人であることを悟ると今、出て来たばかりの穴《あな》の中に声をかけて手を差し入れた。


「問題ありません。閣下《かっか》」


 シジマの手を掴《つか》んで穴《あな》から姿を現したのはチェルシーだ。

 彼女に続いて続々と部隊員たちが出て来て、総勢20名が倉庫の中に揃《そろ》い踏みすると、頭巾《ずきん》を脱ぎ去って黒髪を露《あら》わにした女が突如として振り返り、後方を指差した。


「チェルシー様。何者かが倉庫の前に立ちました。裏口の扉《とびら》です」


 黒髪術者《ダークネス》であるショーナの声にいち早く動いたのはシジマだ。

 彼が裏口の扉《とびら》の前に忍び足で近付くと同時に、扉《とびら》がコッコココッコと特徴的な律動《リズム》を刻んで3回叩かれる。

 それを聞いたシジマは同じようにコッココココッコと3度叩き返してから扉《とびら》を開けた。

 そこに立っていたのは用心棒らしき大男を連れた1人の女だ。

 女はシジマの顔を見ると、不快そうに顔を歪《ゆが》めてその手で鼻を押さえる。


「あら。ひどいニオイ。本当に下水道を通ってきたのね。あなたたち、お風呂に入ったほうがよろしいんじゃなくて?」


 姿を現したのはこの共和国の屈指《くっし》の貴族名家の一員だった女だ。

 シジマは被っている頭巾《ずきん》を脱いで、自身の白髪を晒《さら》す。

 

「マージョリー・スノウだな」

「ええ。いかにも。初めまして。白い髪の異邦人さん」

 

 そう言うとマージョリーは優雅にスカートの裾《すそ》を摘《つ》まんで貴族の礼をして見せるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ギニディア修道院の別邸。

 浴槽《よくそう》には湯が張られていて、温かな蒸気に満ちている。

 エミルは静かに体を洗い、頭から湯をかぶると、ゆっくりと浴槽《よくそう》に身を沈めた。

 緊張した状態で馬車の長距離移動をしてきたため、体がすっかり強張《こわば》っている。  

 湯の温かさが体に沁《し》み込み、疲れをじわじわと解きほぐしてくれた。


 港町バラーディオ。

 この街にもダニアの女戦士たちが駐留していると父から教えられたことを思い出す。

 この街のどこかに今、同胞たちがいる。

 そう思うだけでほんの少し、エミルは心強さを感じた。

 黒髪術者《ダークネス》の力を使って街の中を探れるか確認しようと思ったが、この修道院に渦巻《うずま》くどす黒い怨嗟《えんさ》のような感情を受け止めると気分が悪くなりそうだった。 


(今はやめておこう)


 だが、そんなエミルを苦しめる声が浴室の外から聞こえてきた。


「坊や。入ってもいいかしら?」


 その声と共に浴室の扉《とびら》が開き、一糸《いっし》まとわぬ姿のオニユリが現れたのだった。

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