第105話 『娘の告白』
共和国領ビバルデ。
ブリジットの開いた緊急会議が終わる頃にはすでに夕方になっていた。
会議の中でボルドやプリシラに知らされたのだが、ブリジットはダニアからこのビバルデに移動する際、100人の戦士を連れて来ていたのだ。
その戦士たちはビバルデに到着すると、一時間ほどの休憩の後、再び出発した。
エミルが行方不明となったあの山に向けて。
エミルが敵に攫われたのはまず間違いないだろうが、草が多くてその足取りを追うことが困難だったため、あらためて大人数を派遣して足取りの捜索を行うことにしたのだ。
人手をかけて草を刈り、エミルが連れ去られた方向だけでも特定するために。
そうしなければ捜索隊を組んでも無暗やたらと公国内を探さなくてはならず、効率が悪過ぎる。
そして……絶対に考えたくないことだったが、もしエミルがどこかで殺されて捨てられているとしたら、その遺体が見つかるはずだった。
そうなってしまえばもう捜索隊を派遣する意味は無いのだ。
その話になった時、プリシラは絶対にエミルは生きていると声を荒げた。
そして肝心の捜索隊の人選だが、結局のところ最終決定には至らなかった。
エリカ、ハリエット、ネル、オリアーナ、エステル。
この5人にプリシラを加える6人編成では人選が若過ぎることが問題だったのだ。
やはり目付役としてベラかソニアのどちらかだけでも同行すると本人たちが申し出たのだが、それはブリジットが止めた。
すでに午前中の段階でダニアには鳩便を飛ばしてネル、オリアーナ、エステルの3人にこのビバルデへの緊急招集をかけている。
とりあえずダニアから彼女たちがこのビバルデに到着するのは明日の朝になってからなので、明日の朝もう一度短時間の会議を開いて最終決定をすることとなったのだ。
「とりあえず今夜は親子水入らずで過ごしてくれよ」
ベラはブリジットらにそう言うと、ソニアや弟子たちを伴って夜の街へと繰り出していった。
そんなベラたちの気遣いに感謝して、ブリジットとボルド、そしてプリシラは3人で宿の食堂で夕食を摂ることにしたのだ。
しかし3人ともあまり食事が進まない。
エミルのことが心配で仕方が無いのだ。
「父様。どうしてネルやオリアーナ、エステルを捜索隊に?」
父が会議の中で推薦したその3人のことはプリシラも幼い頃から知っている。
3人ともブリジットが開いた夕餉の会に招かれ、プリシラも食事を共にしたことがあるからだ。
しかしプリシラから見れば3人とも気に入らない人物たちだった。
「アタシ。3人とも嫌いだったわ。ネルには小さい頃に意地悪されたことがあるし、オリアーナは話しかけても無視するし、エステルはアタシが知らないことがあると馬鹿にしてくるのよ」
「それは子供の頃の話だろう?」
ブリジットはそう言って呆れたようにプリシラの口に小魚の素揚げを押し込んだ。
プリシラはそれをモグモグと咀嚼しながら口を尖らせる。
「そうだけど……アタシは嫌いよ……まさか父様。アタシを捜索隊に入れたくなくて、わざとあの3人を?」
そう口を尖らせるプリシラにボルドは苦笑した。
「まさか。そんなわけないだろう? あの3人は間違いなく優秀だ。同世代の仲間たちと比べても突出した能力がある。今回の作戦にはそういう人が必要なんだよ。だから選んだんだ」
そう言うとボルドは温かなお茶を飲みながら静かにテーブルに目を落とした。
「プリシラは生まれる前のことだけど、ダニアの都が危機に襲われた先の大戦のことはよく知っているだろう? あの戦いは我々統一ダニアに相当不利な戦いだったんだ」
先の大戦のことはプリシラでなくとも、ダニアの民ならば皆、史実として学んでいる。
敵である南ダニア軍の数は多く、統一ダニア軍は数日に渡る戦いで追い込まれていった。
「だけどあの戦いに勝てたのは、こちらに突出した能力を持つ優秀な人が何人もいてくれたからなんだ。そういう特異な能力を持つ仲間たちの活躍のおかげで、不利な状況をひっくり返すことが出来た。敵軍も強い戦士ばかりだったけれど、こちらが持つその技術の特異さが統一ダニアに勝利をもたらしてくれたんだよ」
ボルドの話を聞きながらブリジットはかつての戦いに思いを馳せる。
あの戦いでは隣にクローディアがいてくれた。
そしてブライズやベリンダの姉妹の活躍も心強かった。
親友のベラやソニアは先頭に立って敵将グラディスと戦ってくれた。
双子の弓兵ナタリーとナタリア姉妹の作り出した大型兵器である巨大弓砲は絶大な効果を発揮した。
アデラの持つ鳥使いの技術は唯一無二のもので敵兵を大いに驚かせたことだろう。
オーレリアやウィレミナも文武の能力を最大限に発揮して必死に戦ってくれた。
さらにはアーシュラとデイジーによる工作活動がなければ南ダニア軍の増援をこちらに寝返らせることが出来ず、統一ダニア軍は負けていただろう。
そして何より……黒き魔女アメーリアに勝てたのは、ボルドが黒髪術者の力を駆使してアメーリアを苦しめてくれたからだった。
ボルドの言う通り、先の大戦に勝つことが出来たのは、各々が持つ特殊技能を発揮してくれたからだろう。
「今回のエミル救出作戦も同じなんだ。色々と不利な状況の中で動かなければならない。こういう時には多少偏っていても突出した能力を持つ人が何人もいてくれたほうが活路を見出しやすいんだ」
父の話にプリシラは不満げながらも頷いた。
確かにここから公国に乗り込み、エミルを探し出して助け出すことは並大抵のことではない。
そこでブリジットがボルドの提案に疑問を呈した。
「しかしボルド。お前の言うことも一理あるが、あの跳ねっ返りどもをプリシラにまとめ上げられるとは思えんな。かと言ってエリカはあの通り弁が立たんし、多弁なハリエットはネルやエステルとはぶつかりそうだ。そこが頭の痛いところだな」
「ええ。若者たちを導いてくれる熟練の方がいらっしゃるといいんですが……」
この日、ブリジットとボルドはプリシラが部屋に戻った後も、捜索隊の人選について部屋で遅くまで話し込んでいた。
しかしそろそろ眠ろうかという頃合いで、2人の寝室の扉がコンコンと叩かれたのだ。
ブリジットは護身用の短剣を手に取り、訝しげな顔で扉の向こうに声をかける。
「誰だ?」
「……アタシ」
その声に驚いてブリジットが扉を開けると、そこには部屋で眠ったはずのプリシラが立っていた。
プリシラは伏し目がちにポツリと言葉を漏らす。
「……こんな時間にごめんなさい。母様」
「プリシラ。どうした? 眠れないのか」
そう言うとブリジットは娘の肩を抱いて部屋の中に招き入れる。
ボルドは心配そうに娘の顔を見つめていた。
そんな母と父の前で立ち尽くすと、プリシラは下を向いたまま言った。
「母様……父様……アタシ……人を斬って……殺したの」
ひどく青ざめた顔でプリシラは己の所業を両親に告白したのだった。




