第103話 『曲者たち』
「チッ! 相変わらず獣くせえところだな」
そう吐き捨てたのは短い赤毛を無雑作に跳ね散らかした若い女だ。
彼女の名はネル。
17歳になったばかりの戦士であり、双子の姉妹ナタリーとナタリアが長を務める弓兵隊に所属している。
ネルは弓を右手に持ち、袋を左肩に担いで不機嫌さを隠そうともせずにズカズカと獣舎に足を踏み入れていった。
岩山の上に建国したダニアの都。
その南端に獣たちを飼育する施設がある。
ネルはここのところ毎日のようにここを訪れていた。
それが今の彼女の主な仕事だからだ。
「ケッ。よくもまあこんな獣くさい場所に住めるもんだぜ。獣使隊の奴らの気が知れねえよ」
銀の女王クローディアの従姉妹であるブライズが創設したこの獣舎には、獣だけではなく彼らを使役する獣使隊の面々が宿舎を構えて住んでいる。
黒熊狼や黒牙猿などの猛獣を使役して戦うその部隊の長は、獣使隊の前身である鳶隊出身のアデラという女だった。
先の大戦の折にはアデラは鳥を使って大活躍を見せており、英雄の1人として若者たちの尊敬を集めている。
ネルは今、その獣舎に獣たちの餌を運ぶ仕事に就いていた。
日中は近隣の野山を駆け回り、鹿や野兎などの動物を仕留めて、それを獣たちの餌とする仕事だ。
それはネル自身が希望した仕事ではない。
周囲とぶつかり合い、どの作戦行動に就いても問題を起こす彼女に、弓隊の長であるナタリーとナタリアの双子姉妹が仕方なく宛がった仕事だ。
「チッ。つまんねえ仕事だぜ」
ネルは苛立ちながら抱えた大きな袋を獣舎の入口に放り出す。
「おい! 獣どもの餌を持って来たぞ。 さっさと受け取れ!」
ネルはそう言うと獣舎の奥から人が出てくるのをイライラしながら待った。
すると獣舎の奥から1人の赤毛の女がノソノソとした足取りで出てくる。
身長175cmとダニアの女としてはやや小柄なネルに対して、その女は背が高い。
身長は190cmほどはあるだろうか。
だが、脂肪が少なく細身であるためにヒョロッとした印象がある。
「遅いんだよ。オリアーナ。今日のブツだ。受け取れ」
そう言うネルに、オリアーナと呼ばれた若い女は無言で袋を拾い上げた。
長い赤毛を後ろでひとつにまとめた女のその顔には一切の笑みはなく、渇いた表情を浮かべたままネルとはチラリとも目を合わせない。
オリアーナは19歳。
獣使隊に所属して3年半ほどになる。
「……」
「おい。何とか言えよ」
苛立ってそう言うネルにオリアーナは一切答えなかったが、獣舎の奥から小気味の良い足音が聞こえて来たかと思うと、黒い毛並みの獣がオリアーナの横に並び立った。
黒熊狼だ。
それを見たネルが不快そうに顔をしかめる。
「黒熊狼は繋いでおくのが決まりだろ。自由に歩き回らせてんじゃねえよ」
「……怖いの?」
「……てめえ。喧嘩売ってんのか? そんな犬っころ一瞬で肉の塊に出来るんだぞ」
そう言うネルに初めてオリアーナは視線を向けた。
敵意のこもった目だ。
だが彼女の隣に立つ黒熊狼が振り返り牙を剥き出しにしてネルを威嚇し始めると、オリアーナはその頭を優しく撫でてネルから目を逸らす。
そして餌袋を肩に担いだ。
「……確かに受け取った」
「チッ。相変わらず陰気くせえケモノ女だぜ」
「……次はおまえが餌になる?」
「やってみろよ」
再び険悪な雰囲気になったその時、そこにもう1人の女が姿を現した。
「フン。頭の悪い会話ですね。これだから教養のない女は」
居丈高にそう言ってネルの背後から歩み寄って来たのは、ダニアの戦士たちが通常身に着ける革鎧ではなく、高価な絹織物で作られた学徒服を身に着けた女だった。
彼女は赤毛を丁寧に編み込み、その上から羽根付きの学帽を被っている。
その姿を見れば、彼女が誉れ高きウィレミナの学舎の学徒であることがこのダニアの誰にも分かるのだ。
この都市国家ダニアは現在、立憲君主制を選択している。
以前はブリジットとクローディアという2人の女王が有していた政治的な決定権は、今ではダニア評議会に委ねられていた。
その評議会の議長を若干34歳で務めているのがウィレミナだ。
そのウィレミナが3年前にこのダニアに開いたのが学舎【ユーフェミア】だった。
学舎に入れるのは厳しい筆記試験と面接をくぐり抜けた者だけであり、その学舎で優秀な成績を修めた者は評議会で評議員の秘書などの仕事を任されるようになる。
そうしていずれ評議員になるための階段を上がるのだ。
学舎に名付けられた【ユーフェミア】というのは、かつてこの統一ダニアがブリジットの本家とクローディアの分家に分かれていた頃、本家でブリジットの参謀を務めていた女の名だった。
在りし日の彼女は武勇に優れているのみならず、知恵に長け、そしてその卓越した政治的な手腕でブリジットを支え、ウィレミナにとっては師であり母のような女だったのだ。
だが彼女は先の大戦の前に暗殺者の手にかかって命を落とした。
ウィレミナは統一ダニアの未来には武勇に優れた者ばかりでなく、ユーフェミアのような知恵と実行力のある者が必要だと切実に感じ、ユーフェミアの名を冠した学舎を人材育成のために設立したのだった。
今、獣舎に現れたのはその学舎に所属している若き学徒であるエステルという女だった。
「ネル。オリアーナ。今すぐ出かける準備をして下さい。共和国領ビバルデにいるブリジットからの緊急招集です」
18歳のエステルは整然とそう告げるが、あまりに突然のことにオリアーナは閉口し、ネルは顔をしかめる。
「……はぁ? ブリジットが呼んでいるだと? アタシら3人をか?」
「そう言いましたよ。一回で理解して下さい。二度も説明するのは労力の無駄なので」
侮蔑の色をその目に浮かべて冷たくそう言い放つとエステルは踵を返し、さっさとその場を離れていく。
「南門に集合です。今から15分で来て下さい」
「てめえ! 偉そうに仕切ってんじゃねえぞ!」
「……」
怒りに声を荒げるネルと、呆然と立ち尽くすオリアーナを無視して、エステルは早々に立ち去ったのだった。




