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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第1章 魔族と呼ばれた転生者
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こうして最強は無職になった



 ヴァンダーは王都に戻ると、マコトの埋葬にかかった。

 郊外にある集合墓地の墓堀りに銀貨を弾んでマコトを丁重に葬ると、その足で野営天幕に向かった。


「おお、ヴァンダー様っ!」

「将軍!」


「どうした、諸君。今回は随分手厳しくやられたようだな」


 ヴァンダーが軽口を叩くと、兵士たちから笑いが起こった。かと思えば、すぐに萎れて唇を噛んだ。


「よし、まずは治癒魔法をかけよう。美女の治癒師じゃないが、効き目は保証するぞ」


 ヴァンダーは努めて明るい口調で、兵士たちに治癒魔法を施していった。


 その中に下士官のサカイ兵長もいた。彼は明晰な傭兵の一人で、正規の士官からも気に入られており、たまに部隊副官に就いて軍議の傍聴参加も許される聡明な兵士だ。本業は鍛冶屋をしている。


「兵長。負傷兵の数は」

「一二〇名です。軽傷を含めたら二四〇名。死者は三十名」


「半分か。多いな。指揮官は」

「グラッグです」


 ヴァンダーは耳を疑った。


「待ってくれ、兵長。本気でいってるのか? やつは右尚書、文官だぞ?」


「あっしらは一杯食わされたんです。将軍が三日の休暇で旅にお出になったその日に、急に呼集がかかりました。五百も。魔王軍の拠点を見つけたから威力偵察に出かけるって、いきなりです。まあ実際に魔王の住む城がうっかり見つかってしまいましたがね」


「それで半分も被害を出したのか」


「グラッグの横でヴェルトロース少佐が副官として一枚噛んでました」


「すまん、少し目眩がしてきた。そうだったのか。それは、災難だったな」


 他に慰める言葉が見つからなかった。


 クラウチ・ヴェルトロースは知っている。祖父の代から文官一族で、武官を排出したのは彼が初めてだ。しかも士官学校出身ではない。主計学校を次席で卒業し、軍部の主計科に七年いた。


 現場経験もない後方勤務で少佐の階級は生粋の事務親方である。なのに本人は現場に憧れ、フェンシングを趣味として日々の鍛錬も欠かさないが、ヴァンダーの目には人並みだった。しかも彼は用兵学や戦術学を英雄譚から独学したと吹聴しているところまで聞いてしまっていた。どこまでも実戦向きじゃない事務武官だった。


「実はな、サカイ兵長。今朝がた、魔王に会ってきた」

「えっ?」


「高位の移動魔法を使われて背後をとられた。彼女が本気だったら、背中から心臓を貫かれていた距離だ。俺が単身で、敵意なく城へ近づいたから向こうも殺さずにおいたんだろう」


「将軍、よくご無事で。それで何しに魔王城へ?」


「牢屋で知り合った魔族の少年をもらい受けにな」


 サカイ兵長は苦い薬でも飲んだみたいに顔をしかめた。


「兵長、その顔は何か知っているな。話してくれ。彼の埋葬はもう済ませた」


 サカイ兵長にもマコトと同じ年頃の息子がいる。いたたまれない気持ちになったのだろう。


「グラッグがあの子に道案内をさせてました。指揮馬車の助手席に乗せてです」


「待ってくれ、兵長」

 ヴァンダーは話を止めた。治癒魔法は止めない。

「マコトの埋葬のときに軽く遺体は検めた。死因は、背中を矢で貫かれたことによる即死だったぞ?」


 サカイ兵長は目を長くつぶって、押し黙った。 


「兵長、君らには迷惑をかけない。教えてくれ」


「ヴェレス城近くの森で待機をかけた直後でした。グラッグ伯爵が突然、となりに座っていた少年の胸ぐらをつかんで自分に引き寄せたんです。矢はその直後でした」


 ヴァンダーは怒りで血の気が引くのがわかった。目を見開いたまま一点を見つめて凍りつく。


「将軍、お気を確かに」


「大丈夫だ。大丈夫……。それで、それでどうなった」


「先にヴェルトロース少佐が[散開]をかけて、すぐ後でグラッグ伯爵が[後退]の号令をかけて、そっからはもう、めちゃくちゃでした」


 魔王軍はたかだか二十名、グラッグ軍は五百。兵数だけなら圧倒的だ。


 敵城を目前にした見通しの悪い場所で敵の奇襲にあった場合、それは陣形の後背または横腹を包囲ないし半包囲されていると考えるのがセオリーだ。


 散開は、隊列行動から密集を緩めて間隔を開けること。

 後退は、密集隊形のまま来た道をさがることである。


 また、副官に直接指揮権はない。あくまで指揮官の助言役であり補佐役だ。

 だからヴェルトロースはとっさに指揮官グラッグが狙撃で死亡したと誤解し、散開という踏みとどまる号令を発したのだろう。


 だがすぐに指揮馬車から後退の号令が発せられて、その生存を知った。そんなところか。


 グラッグ伯爵も、マコトが矢を受けたことから敵は指揮馬車を遠距離から狙撃を受けたと判断したまではよかったが、それを正面からの攻撃と曲解し、退がる指示を出した、か。


 散開か密集か。〝船頭多くして山登る〟。という言葉がある。先発の命令を撤回することなく後発の命令で上書きしたことで、接敵直後に命令系統がパニックに陥ったのだろう。


 一方で、女神から与えられた戦闘技能は、奇襲で浮足立たせれば、二十倍差以上の兵力をひっくり返せる。信じられない籠城戦もあったものだ。しかしあの若い魔族たちには、できたのだ。

 

 それが彼らにって今後の自信となり、過信ともなりえたが。


 ただ、疑念もある。敵は、偵察隊とはいえ五百人もの中から軍団本隊を正確に司令官を狙っている。あの世間知らずそうな魔族たちに、城壁から初対面であるはずの指揮官を狙えたろうか。


 返すがえすも不幸だったのは、現場を知らぬ指揮官のそばに、マコトがいたことだろう。

 用済みにされた道案内の子供を、魔族という理由だけで。護身の盾にした。


「ヴェルトロースは?」

「首だけ、まだ戻ってきてません」


 その首は城壁に吊るされていなかった。

 五百の軍勢から城を防衛してなお、勝ち誇らせない。


 魔王サトウミキは何を考えているのか底が知れない。


 治癒魔法をうける負傷兵もあと三人というところで、伝令騎士のメルフェムが天幕に入ってきた。


「将軍、やはりこちらでしたか。これより軍議を開会、至急登城されるようにとの、ご命令です」


「メルフェム。発出は」

「右尚書グラッグ伯爵です」


「待たせておけ」

「えっ。しかし、将軍」


「なら、こう伝えろ。今日の俺の拳は、老人の首をもいでしまうかもしれんから首を洗って待っていろ。とな」


「いやいやいや、将軍っ。相手は元枢機卿のグラッグ伯爵です。それはさすがに」

「伝えにくいか。なら、今から手紙にしてやる。持っていけ」


「ええぇ。ヴァンダー様、勘弁してくださいよ」


 伝令が情けない声を洩らす。実はこの伝令騎士は、剣の稽古中にヴァンダーから一本とった屈指の若者だ。剣の腕は立つがお調子者で、気が優しすぎるところがある。


「メルフェム。あと三人だ。十五分でいい。椅子に腰かけて休憩するか、手紙を持って会議の間に行くか、お前が決めていい」


 伝令騎士は目を上向かせると、大きなため息をついて椅子に腰かけた。



 三十分後。会議の間。

 案の定、右尚書グラッグ伯爵の弁明は責任逃れから始まった。

 すべての責任は副官ヴェルトロースの誤った号令にあると主唱。そして子供を盾にしたという事実は知らぬ存ぜぬで押し通した。


「そもそも魔族の子供は、ワシのために死ねたことを光栄に思うべきなのです」


「では、グラッグ卿。子供が貴卿きけいの老骨のために犠牲になった事実はあったのだな?」


 カレイジャス王子が指摘すると、グラッグは返答に窮した。


「答えよ。グラッグ。貴卿は魔王城までの道案内をさせた子供を敵の嚆矢こうしの盾にしたのか?」


「しょ所詮は、魔族でございますゆえ……っ」


「マーレファ師から、かの魔族を牢から戦場へ出すことを認めたとの報告も聞いておらぬ」


 王国の統帥権は、首席魔術師にある。これを軍師と呼んだり呼ばなかったりする。


 よって無断行動は、国王の耳にも入っていないことを意味する。グラッグは露骨に舌打ちした。聞く者を不快にする傲岸な態度だったが、カレイジャス王子は続ける。


「かの少年はヴァンダー卿に友愛を示し、思慮深く、そして戦とならぬよう魔王を説得すると和平帰順の道を模索していたそうだ」


「それは殿下。魔族の欺態ぎたいでございますぞ。ヴァンダーはすでに魔族にたぶらかされておったのです」


「話をすり替えるな、グラッグ。では、貴卿は我が身を守るため、魔王との対話を求めた子供を盾にした事実を認めるのだな? ならば重ねて問う。あの森で見通しがきかぬ中、矢が飛んでくることをどうして視力も衰えた老人のそなたが事前に知り得た?」


 カレジャス王子の指摘に、ヴァンダーがハッとなった。

 グラッグ伯爵は目に見えて顔面蒼白となると、急に頭を抱えてよろけ始めた。


「あー、いたたた。申し訳ございません。急な頭痛を催しましたので、いったん会議は――」


「慮外者っ、誰の許しを得て軍議を中断するか。ヴァンダー卿、グラッグを逃がすな!」


「心得てそうらい!」


 ヴァンダーが逃げ出すフードを掴んで引き寄せるや、老人の体は軽々と宙に浮き、床と平行になった。


 上向いた顔面へ垂直に拳をめりこませ、床に叩きつける。

 床で老人は顔の真ん中を真っ赤に染め、白目をむいた。


 石頭め。ヴァンダーは憎々しげに唇を歪めると、襟から将軍()章をはぎ取り、両手に乗せて玉座に坐すドレスデン王に片膝をついて差し出した。


「御前を騒がせましたこと、誠に不届きを働きました。本日をもって、将軍の職を辞したいと存じます。おゆるしをたまわりたく」


 国王は徽章を興味なさそうに指で摘み取ると、またヴァンダーの手に戻した。


「陛下……?」


「ヴァンダー。ちんの前での狼藉、はなはだ不届き。よって二年期の王都追放を命じる。職は辞するに及ばず」


 ヴァンダーのは意外な裁決に、顔をあげた。


「マーレファ師から聞いている。二十年、郷里に戻っていないそうだな。卿を五年も牢屋に入れて囚人どもと仲良くなられるより、一度将軍から一魔術師に戻って郷里の発展に努め、国庫を富ませよ。クレモナ執政官フェルディナンド・バルデシオに卿をこき使うよう命じておく」


 また師匠に助けられたかな。あの町には二十年も戻ってないわけではない、自分を思い出すため、たまに戻っていた。陛下の粋な方便はからいなのだ。

 普段、何を考えてるのかわからない凡庸そうな陛下だったが、知らず軽んじていた自分を恥いるヴァンダーだった。


「陛下の寛大なご裁決、感謝の言葉もございません」



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