第303話 公現祭狂騒曲
公現祭。
古い言い伝えだ。満天の星屑から尾を曳いて零れた四つの属星が、とある町に降り立ち、導かれた三人の賢者が王の存在を確認した。
その王の名は、ダヴィード。大陸に初めて国を建てた。
国は王の死後、千々に別れたが、国という単位は後世にまで引き継がれ、拡大と縮小を繰り返し、今日に至る。
いつの頃からか公現祭は建国を祝うものではなくなり、暦の始まりを祝う祭典に形を変えた。
大陸諸国はこの日から三日間の祭典を催して、他国への軍事行為を控えるのが通例あった。
ロンバルディア王国もそれに習っていた。
だが、今年は違った。
馬揃えが始まった。
先頭をロンバルディア国旗を掲げる騎兵が二列、その後方から第1近衛騎兵連隊が四列で一糸乱れず行進。その後を第2騎兵連隊、第3騎兵連隊と続き、その彼らを中後衛のわたし達の戦車が追う。
化粧漆喰の匂いが残る真っ白な二頭立て戦車に、金刺繍がふんだんに施された白のジュストコール、ベスト、キュロットのサヴォイア大公カルロ。そして同じく銀刺繍が白生地を埋め尽くされたタキシードレスを纏うわたし。ジャケットもスカートも重い。
「うほー。いっぱいなのね」
観閲式を終えて、馬揃えの行進はメインストリートへ。
街路の左右を埋め尽くす観衆から、わたし達を見て感嘆の声が飛び交った。
「おお、まるで太陽と月か」
「あれがサヴォイア大公と、うちの暴太子か」
「ロンバルディアは、またサヴォイア公国と婚礼したんかのぅ」
やめて、それ言わないで。頑張って気づかないフリしてるんだから。
行進はメインストリートを進み、第1近衛騎兵連隊は東城門の広場で、第2騎兵連隊長ソルヴィス・アレッサーノ少将に国旗を託し、王城へ返す。
こうして第2騎兵連隊以下、騎兵六〇〇〇は東城門を出た。
内訳はロンバルディア王国軍四〇〇〇騎、サヴォイア公国一五〇〇騎、パルマ公国傭兵隊三〇〇、ジェノヴァ協商連合マントヴァーニ混成傭兵隊二〇〇であった。
§
衣装合わせで久しぶりにあった佐藤さんは頬が痩けて、でも目は爛々と輝いていた。
「ちゃんと食べてますか?」
「ん。大丈夫よ。一日一食は食べてる、はずだから」
「記憶にある食事はいつですか」
「んー。二日前のライ麦パン? かじったらめっちゃ硬かったのだけ憶えてる」
「倒れますよ」
「カレン、見送ったらね。まる二日ほどぶっ倒れるから」
「褒美は?」
「あるに決まってるでしょ。王様が謁見付きでお褒めの言葉をかけてくれるらしいって。これができて当たり前とか思われちゃ、やっとられへんしね」
「わたし今、佐藤さんを抱きしめたいんですが」
「だめ。動かんといてよ。針先が狂ったら、うちらの半月の仕事がパァになるから」
佐藤さんは縫製の手を止めずに微笑んだ。真剣そのものでも、楽しそうだ。
「どうして、タキシードレスなんですか?」
訊いてみた。針先が数秒だけ止まる。
「カレンに、この衣装がタキシードレスだって言ったっけ?」
「え?」
「誰から訊いた?」
わたしは姿見の鏡で自分の顔が動揺していないか確かめた。笑顔をキープする。
「いえ、ただの直感ですよ。ネーミングセンスがアレですけど」
「まあね」針先がまた動き出す。「小さい頃から、服ってなんで男と女で別れてんだろて思ってたんよね。カレンはなんでだと思う?」
「区別ですかね。遠くからでも男性か女性かわかるように」
「うん。それで大阪にいた時、なんども見間違ったことあってな」
「女性だと思ったら、男性だった?」
「そう。東京いった時はその逆もあってん。でも綺麗なんよ。スーツ着こなして、性の境界すら消えてた。でも没個性って感じもない。それなら服が性別を分けとる記号になってないなと思ってな。着想はそこからかなあ」
「服が記号ですか。確かにそんな見方もできますね」
「服装は礼儀作法の基礎。それは古今東西を問わず共通してる。そのコンセプトはこの世界でもね。ただ、こっちではカレイジャス・ロンバルディアだけが異端児だった」
「え、わたし?」
「あたしの前に初めて現れた彼女は、王子たらんと振る舞ってた。女を見せまいとね。自分の中にある女性まで敵意をもってたみたい。その決意は敵はもちろん、家来にも親にさえも痛々しく思われてた。それであの魔王討伐事件よ」
「佐藤さん」
「メイド仕事してるとな、勝手に聞こえてくるんよ。王子の人となりがさ」
「わたし、そんなに変わりましたか?」
「うん。まるで別人。ほんまに生まれ変わったて、みんな思ってるよ。今も破天荒なことばっかしてるけど、下々に優しくなったから前ほど怪訝じゃないみたい。昔の王子はちょっとのミスも許さんかったし、とくに男への当たりが強かったらしいわ。内気な政務官はついていけなかったみたい。マジェンタ家とか? 後ろ向いて」
どんな男性敵視をしていたか意識してなかったけど、肩肘はった日常を周囲は腫れ物扱いしていたようだ。
「そういえば、マントヴァーニ家の御曹司も女装趣味ありますけど」
「ああ。あいつね。あれは男装が死ぬほど似合わないから仕方ないわ」
「ある意味、不幸ですよね」
「そんなことないで。自分が一番似合う服を身につけるんが自由で幸福だとあたしは思ってる」
「それじゃあ。わたしが、佐藤さんの服になれますか?」
「はぁあっ?」
素っ頓狂な声をあげられた。それからくつくつと笑って、まるで妹をあやすようにわたしの背中を抱きしめてきた。
「もうなってんで。カレンがあたしをこうやって包んでくれたから、あたしは針と糸を持って生きてる喜びをまた噛みしめてる。ありがとうな」
「佐藤さん……ずっとわたしのそばに、居てください」
「なぁに? 王子がメイドに求婚?」
わたしは振り返って、佐藤さんの両手を包んだ。
「そう受け止めてもらっても、一向に構いませんっ」
「ちょっ、愛のアツが強いっ。時間ないから、はよ済まさんとうるさい上司くるから、ほら」
くるりと半転させられ、わたしのプロポーズはどんでん返し、受け流された。
「カレンが馬揃えから帰ってきて、うちもしっかり寝たらまた親子丼つくってな。待ってるで」
「喜んで!」
わたしは内心で、もう一人の私とハイタッチしていた。
§
大行進が東城門を進発して数時間後。
行政官舎では蜂巣の大騒ぎになっていたことを、わたしは知らなかった。
外務省官舎には、陸軍省をのぞく各省の政務官が四方八方から問い詰められていた。
「どういうことだ、外務省!」
「貴様ら、我々が与り知らぬところで敵に寝返っていたのか!?」
「違うっ。我々も知らなかったんだ。本当だ。先方からの事前通達も受けていない!」
「オルランド閣下が天覧席をご覧になって落馬するほどだぞ。貴様らが知らぬはずがなかろう」
「知らないものは知らんっ。それ以上のことはまだ何も出んぞ!」
「ならば我々が天覧席で見たものは亡霊か、幻影か!」
「今、ヴルピッタ卿が陛下に直接お伺いを立てている。その帰省を待て!」
……私は幻影を見せられているのか?
御前会議室。
ヴルピッタ外務卿は、各国の元首が顔を合わせるテーブルの末席で茫然自失かつ、この日のために誂えたジュストコールに大汗を湿らせていた。
静謐な空気の中で会議室のドアが開き、ドアマンの後にオルランド伯サルヴァトーレ・ライザーが頭に包帯を巻いて、侍官に男装した少女を杖代わりにして入室した。
「サルヴァトーレ。大事ないか?」 ドレスデン王が気遣う。
「陛下。わたくしの事よりも、こたびはいかなる仕儀でございますか」
「座れ。これから皆に話す」
オルランド右尚書は観閲式の式典中に卒倒して、落馬した。幸い落馬後も意識があり、脳震盪ということで医務室に運ばれた。
ドレスデン王は、主座で側席の来賓席に座る二人の青年を見比べた。
左、パルマ公国大公コンスタンティン
右、ヴィブロス帝国皇帝アエミリアヌス
同じく右次席、トスカーナ公国大公エリザ
また左次席には〝星霜〟マーレファ・ペトラルカ中将
以下、左三席パルマ公国家政イルミナート・メッツァ伯爵。右三席にトスカーナ公国宰相ジョルジーナ・アゴッチネリ、以下ジェノヴァ協商連合の僭主八人が連なり、そして左末席には自由魔術師・新沼圭祐が座る。
「サヴォイアの家政は?」
アエミリアヌスがコンスタンティンに訊ねる。
「陽路(大公カルロ)について行ったよ」対面のコンスタンティンが応じた。「サヴォイア公国は最初からロンバルディアの決定を追認するつもりなんじゃないかな」
「そうか。承知した。ではドレスデン王、始めてくれ」
「うむ。それではこれより、マイラント同盟会議を行う」
……宿敵ヴィブロス帝国とわが国が、同盟だとぉっ!?
ヴルピッタ外務卿は思わず天井を仰ぎ見て、気が遠くなりかけるのだった。




