第302話 ロンバルディア馬揃え・打ち合わせ?
馬揃え。
前世界。武士の時代に兵馬を集めてその優劣や調練度などを検分した軍事合同演習だ。
古くは、一一八四年に源義経が駿河国浮島原で、一五八一年に織田信長が京都で、一六三三年に徳川家光が品川宿で、一八六三年に松平容保が孝明天皇の勅命を奉じた京都御所建春門外などがある。
これらの目的は共通していて、将兵の士気を鼓舞し、あわせて想定される敵への示威だ。
軍事パレードの意味合いが強い中、紅白戦形式の合戦訓練もあったそうな。
陸上自衛隊員だった父が関東方面に勤務していた時は、観閲式というのがあった。
これは日本国の最高指揮官である内閣総理大臣が自衛隊の部隊を査閲し、隊員の士気向上や部隊精強を披露する式典だ。
要するに、国の一番偉い人に「安心してください、わが軍隊は強いですよ」とアピールすることによって国の内外にまでその勇姿を示すのが目的だ。
ただ近年、これらの軍隊アピールは周辺国に軍事情報を傍受されて対策研究されるおそれがあることから、式典の廃止や特定の招待開催にとどめる方針になっているそうな。
わたしの近所でも、毎年五月ごろに陸上自衛隊の総合火力演習が行われ、一般観客も入れて装備品(戦車や装甲車など)の実弾デモンストレーションをやっていた。
メディアで国防の重要性が取り沙汰されると、年々、販売グッズが洗練されてきて、特に帽子が男子に人気だった。
わたしは花より団子で、祖父たちにパンの缶詰や砲弾まんじゅうを買って帰ったものだ。
「――というのは、どうでしょう」
「ふふっ。なかなか面白いが、馬揃えは両陛下や同盟主にご覧いただくための式典だ。見世物にしたり、関連商品をつくって商売につなげるのは不敬に触れるおそれがあるな」
旅から帰って早々、わたしが右尚書オルランド伯爵にアイディアを持ちかけると微苦笑で却下された。この世界の国家主権と統帥権は国民ではなく、国王にあるからだ。
まあ、これは話のジャブなんだけどね。
「ただ、サヴォイア大公カルロ様の戦車案については、陛下に妥協案として上奏してみよう」
「ありがとうございますっ。それで……やっぱりカルロ陛下の騎乗拒否は頑なですか」
「そのようだな。二日前に執政のカヴール伯やメッセ将軍の双壁が連署までして大公騎乗の件に〝ご容赦〟を願い出てきた。ご本人も鐙に足があがらぬどころか、軍馬を前に震えが止まらないそうだ。まあ、無理もないがな」
「というと?」
オルランド伯爵は知らないのかと訝しげな目を向けてきて、それから窓の外へ目線を逃した。
「大公が十二歳の夏だったか。サヴォイアで養っていた馬の中で最もおとなしい馬を使って乗馬訓練があった」
最初はうまく乗れていて、ドレスデン王もルドヴィカ王妃も和気藹々と乗馬を楽しんでいた。
ところが森に差し掛かった頃になって、カルロ大公が乗っていた馬が突如として棹立ちとなり血泡を吹いて即死した。
カルロ大公は投げ出されて茂みに飛び込んだが、頭を強く打ったか瀕死だった。
一体何が起きたのか、そばで見ていた両陛下もわからなかったという。
それから半月の間、生死をさまよった後カルロ陛下は意識を取り戻した。姉夫婦はもとより、側近たちも涙を流して安堵したという。しかし、
「けがらしい怪我もなかったそうだが、その日を境に言葉の疎通がうまくできなくなっていた。殿下もすでに承知している、あの状態だな」
あの言語障害が乗馬によるものだった。
でも、
「わたしはそれほどカルロ陛下との会話に困ったことはありませんけど」
「そうか……ふむ。カヴール伯が殿下を高く評価するのも、宜なるかな(至極もっとも)か」
「カヴール卿が、わたしを?」
「いや、今はあの男の評価は聞き流してよろしい」なんで?「それよりも主上(ドレスデン王)の意向が、武官だけの馬揃えに文官も参列せよというご指示が解せなくはある」
「陛下からご真意を伺っていないのですか。査閲における兵数の水増しではないと?」
「そもそも主上ご自身がご覧になるだけなのに、粉飾した実数を辻褄合わせする必要があるか?」
たしかに。
「殿下。本当にカルロ陛下の戦車に同乗する案でよいのかね?」
「はい、喜んで。それでわたしとカルロ陛下の間に何かあると勘ぐられても、どんとこいです」
オルランド伯爵は安心したような、変わり者を見るような複雑な眼ざしを浮かべた。
「意外ですか?」
「ん? うん……不敬を恐れず言ってしまうが、カルロ様には男子としての魅力がいささか欠けておられるように思う」
「そうでしょうか?」
「見た目のことではない、あの事故以来、思慮を欠く衝動的な発言、予言と言ってもいいのか。アレがたまに人を驚かせる。草花を育てる趣味嗜好も今後の政局に寄っては、心根が穏やかすぎると周囲に受け取られかねない」
「古今東西、そんな王がいなかったわけではないでしょう?」
「まあな。大抵は暗愚か傀儡とされてきた籠の鳥だった。だが殿下がカルロ陛下を支える立場になるのであれば、今後あの方に籠は不要と思う者が増えるかもしれぬ、かもな」
「オルランド伯、カルロ陛下を気にかけているんですね」
「もちろんだ。ルドヴィカとカルロの姉弟は幼い頃から私が勉学をひと通り教えた。弟は七歳で心優しく、品行方正、頭脳明晰な少年だった。あの事故がなければと思うと本当に惜しまれてならないのだ」
「オルランド伯、気に病みすぎですよ。カルロ陛下は今でもその通りの青年ですから」
宰相は目をパチパチと瞬いてわたしを見つめてくると、ふいに顔を窓の外へ向けた。
「サヴォイアにカルロ、ロンバルディアにカレイジャスが存することが両国の行く末にとって幸いだな」
「オルランド伯爵、どうしたんです? まだ老いるお歳ではないでしょうに」
「むっ。殿下、少しは老境の政治家に未来を照らすことが言えぬのか」
そう言って、オルランド伯爵はわたしを軽く睨み、軽く微笑んだ。
「馬揃えのスケジュール日程を渡しておく。案内は陸軍省パネット・ミーネが担当する」
「了解しました」
「それと……これは言うまいか迷ったのだが、言っておくことにした」
「なんでしょう?」
「昨日だ。マジェンタ子爵から商務卿致仕(官職の引退)の届けを受けた」
わたしはとっさに声が出ず、息を飲んだまま目を見開いた。
「その様子では反対の意向だな」
「無論ですっ。娘が不逞の輩と呼応した事実にマジェンタ卿の落ち度がありましょうか」
「ないとも。だが何か起こってからの引責では家門に傷が大きくなる。家督を譲るべき嫡男のレニオはまだ十二歳だ」
「であれば小姓としてわたしが召し抱え、そばに置けませんか」
衝動的にアイディアが口をついて出た。小姓という言葉も口に出したのは初めてで、久しぶりに聞いた。
「殿下、どれだけマジェンタ家に目をかける気だ? この間のオルド市でもマジェンタ家が浴した利益はかなりの物になっておると風評がでた。その上、嫡男まで養護するとなれば」
戸惑う宰相に、わたしは怯まなかった。
「それが特定貴族への恩寵、依怙贔屓というのであれば、他の子弟も王宮で預かりましょう。オルランド伯が将来有望と見なす十代を七、八人ばかり集めていただければ、悪評もつきません」
「殿下……殺すなよ?」
「わたしの風評、そんなに!?」
オルランド伯爵はデスクの引き出しから分厚い手帳を取り出すと、パラパラとめくりだし喉で軽く唸った。
「復活祭(春分ごろ)までに選定を進め、選抜十五人の子弟育成を主上に上奏する。馬揃えには間に合わんが、戻って数日後に嘱望される男子を――」
「女子もお願いします」
「なぁに? 女子も国政にかかわらせるのか」
「わたしは次期女王です、女性の政務官がいたほうが心強いです。ダメでしょうか」
「うーん、先例がないが……そこに、わたしの孫娘を入れてもよいかね?」
「その程度の私利私欲、依怙贔屓どんとこいです。殺さない程度に目をかけます」
「言い方……なんだかなあ。わかった。やっておこう」
「よろしくお願いします。もう退室しても?」
「うむ。後ほど、私室に政務官が馬揃えのスケジュールを説明しに行く。よく聞いておくように」
「承知しました。それでは」
わたしは宰相執務室を辞した。




