第201話 トーナメントの欺瞞
フェルシナ郊外の在外公館に戻ると、留守居をしていた外務卿からドレスデン陛下宛てに書簡が届けられた。
「御前試合の対戦が決まったようだ」
集まった武官文官を見回して、その書簡を直接ヴァンダーに手渡した。
御前試合の優勝経験者は書簡を一目見て厳しく目を眇めると、こちらを見る。何よ。
続いてその書簡がアレッサーノ少将へわたると、ふっと絶望的な笑みを浮かべた。
「陛下、これはあまりにも恣意的でございますね……っ」
「衛翼将軍は、どう思う?」
「はっ。至ってまともなトーナメント表に思えます」
「ヴァンダー卿、本気で言ってるのかっ?」
「アレッサーノ卿、俺はパヴィアの国際会議に殿下にお連れして、彼らと接見している。みな、カレイジャス殿下と戦ってみたいんだ。しゃっちょこばる必要はない。少なくとも帝国以外はみ
んなこの闘技大会を楽しんでいる。俺はそう見た」
「帝国以外、帝国が別のことを考えてる、か」
「他国の王道をとって入城したんだ。運営に圧をかけることもお手の物だろう。イルミナート伯爵の予見が的を射れるならば、このトーナメントスケジュールには一点、きな臭い点がある」
問題を提起されて、わたしはアレッサーノ少将に書簡を催促した。
【ロマーニャ主催、国別対抗御前試合トーナメント表】
第1試合 ロンバルディア王国 ジェノヴァ協商連合
第2試合 勝利国 トリナクリア王国
第3試合 勝利国 サヴォイア大公国
第4試合 勝利国 ヴィブロス帝国
第5試合 勝利国 トスカーナ大公国
決勝戦 勝利国 アエミリア・ロマーニャ王国
表がロンバルディアをみんなで攻めているようだけど、わたし達が負ければ、次の勝利国が攻め上がるだけだ。ロンバルディアに試合数が多いのは、彼らがそれを望んでいるからだ。
わたしはヴァンダーの言わんとしていることを察した。
「ロマーニャ王国は、イルミナート伯爵が危惧していた反乱の気配に気づいていない?」
「そうです、殿下。少なくともロマーニャ王国の兵たちは他国首脳が集まる祭典で厳戒警備が敷かれたタイミングを狙うはずがないと考えています」
ヴァンダーは両陛下が供された紅茶を口に運んだのをみて、自分も香りを楽しんでから口に運ぶ。
「それと合わせて、主催国だから決勝戦で勝利国を待つのは当然として、帝国との間にトスカーナ大公国が入っている。この時間の間隔は不自然だ。ロマーニャ王国の運営側が帝国側の要望を丸呑みしたとしか思えない」
「衛翼将軍、ロンバルディアは明日の試合、どう立ち回れば良いか」
ヴァンダーは浅く頭を垂れて、言った。
「ヴィブロス帝国との対戦後、その勝敗のいかんを問わず、サヴォイア公国とともに早急に帰国なさいますよう、ご準備をお願い申し上げます」
「うむ、あいわかった。アレッサーノ少将、異存は」
「ございません」
「よし。ではそれで最終日を調整してくれ」
二将軍と文官が頭を垂れて決裁を受け入れた。その中に出場者バルデシオの姿もあった。
わたしは煤けた背中のおっさんを廊下で呼び止めた。
「バルデシオ、ちょっと部屋まで来て」
「花蓮、もう夜遅いぞ。寝ろ」
「いいから、来て」
わたしは自室に戻ると文机に向かい、先程のトーナメント表を走り書く。
少しして二人の夜警メイドが入ってきた。佐藤さんとエイセリスだ。
「カレン、会議どんなもん?」
「明日、お昼すぎに早退することになりそうです」
二人にトーナメント表を見せて、ヴァンダーが洞察したヴィブロス帝国の思惑を話した。
「今、帝国の在外公館は厳戒態勢で穴ゼロだった。近づけねえぞ?」
暗夜猟兵でも潜入はお手上げらしい。
わたしは軽く顔を振った。
「わかってる。でも今夜、調べてほしいのはそっちじゃないの」
「じゃあ、どっちだよ」
「今夜中に、ロマーニャ王室で王太子コンスタンティンの愛妾になっている、ルクレツィア・ブラッツィという女性を探してきてほしいの」
怪訝なメイド二人に対して、バルデシオはわたしを見つめたまま言葉が出ないようだった。
わたしはトーナメント表を指で叩きながら、
「状況が状況だけに呑気に全国制覇目指して、ロマーニャ国王に優勝のご褒美をねだってる余裕はないかもしれない。運が悪ければ両陛下がとばっちりで逮捕されかねないし、わたしも家族水入らずで幽閉、最悪、断頭台へ登らされるかもしれない。だから明日は戦うことしかできない。せめて彼女だけは自由にしてあげたほうがいいと思うの」
バルデシオはすっかり厚くなった胸板を何度も上下させて、やがて頷いた。
「ああ、そうだな」
目を潤ませながら、いい年下おっさんがみずからの悲恋を噛み締めている。
ところが、暗夜猟兵がさっきからチクタクと頭を左右に傾ける。
「エイセリス、何。どしたの?」
「いや。コンスタンティンに愛妾って、いたっけかなあって」
愛妾がいない?
わたしとバルデシオが、同時にメイド風エルフを見た。
「あいつ、ブラコンらしいんだよ。子供の頃から弟のイルミナート溺愛しててさ。ボルトン王国の姫との婚約は決まってるが、いまだに成婚に至らねえのは弟が養子に行って王宮から出た悲しみが癒えないからだって、聞いたな」
「なに、その薄い本が厚くなるような展開」
佐藤さんがゲラゲラ笑う。
「薄い本って何だ?」
「王太子に愛妾、いないの?」
話が進まなくなるのでわたしが先を促す。
「お前たちがコマッキオにいる間、王室内をひと通り聞いて回ったけど、コンスタンティンはずっと近衛と槍の稽古してたぞ」
「槍の稽古って……うぷふっ」
佐藤さんが楽しそうなので放っておいた。わたしは椅子に背中を預けて、腕を組む。
「王太子ってもしかして女性不信?」
「侍女には結構ちょっかいかけてるとは聞いたぜ。けどその侍女は平民出身ばっかりで貴族子女とは挨拶程度。議会派が王族を蔑ろにし始めたのも、案外あの王太子が原因なのかもな」
中身が転生者だから見下し文化の貴族令嬢より、生きることに一生懸命な平民に自然と磁力が働くのは無理もない。わたしだってそうだ。
「だったら、商家出身のルクレツィアを気に入ると思うけど」
「いやだから、そもそも王太子は愛妾の別館すらねぇんだって。弟の絵を飾ってる別館ならあったけど」
「キモっ。ブラコンが重症しすぎて稀腐化してるやん」
さすがに佐藤さんも二の腕をさすった。
「カレン、こりゃどういうことだ」バルデシオが戸惑った声を漏らす。「まさかイルミナート伯爵が嘘をついてんのか?」
「そんな意味のない嘘つく人には見えなかった。そもそもルクレツィアはレッジョ家の債権を持ってて、彼はレッジョ家の債権より貴族間トラブルを極力避けようとしてた。彼女を自分の領内にとどめておきたくなかったのは、本心だと思う。だからお兄さんが見初めたことは渡りに舟だったはずよ」
「じゃあ、なんでだ?」
わたしは頭を振ると、一つひらめいた。
「こうなったら、今から直接、イルミナート本人に訊いてみようか」
わたしは〝牌Ⅺ〟を取り出した。




