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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第10章 ロマーニャ国別対抗御前試合
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第198話 国外旅行で浮かれた王子の失態 後



 わたしはどういう違いかわからなかったが、大人たちは即座に事情を察した。

 イルミナートは目線を上げてロンバルディア王を見て、顔を伏せた。


「今回の国別対抗御前試合は、罠でございます」


 カヴール伯爵は両手を頭に乗せて、そのまま顔を覆った。決勝シュートを外したサッカー選手みたいだ。


「ベルトランド・レッジョ……ボルトンの次は帝国皇太子に鞍替えしたか」


「イルミナート伯爵。その状況下で我々との取引というのは」外務卿が訊ねる。


 若き伯爵は他国の元首と将軍を堂々と見渡して、額を少しだけ傾けた。


「兄の王太子コンスタンティンを、ここピアチェンツァまで護送してはいただけないでしょうか」


「いーよぉ」

「陛下、はやいはやい!」

 カヴール伯爵が慌ててツッコミを入れた。



 王都フェルシナ郊外。ロンバルディア在外公館。


「ねえ、カレイジャス」


 朝食中。王妃ルドヴィカ陛下がおそるおそる、でも下心を含んだ目で身を乗り出してくる。


「カルロ大公陛下が、あなたと街を歩きたいと申し出ているのだけれど。どうしましょう」


「いいですねえ。それじゃあ、父上と母上と四人で街に出ましょうかあ」


 大会のことと内乱のことで頭がいっぱいで、つい考えなしに生返事していた。

 横からヴァンダーにそれとなく肘で押されて、我に返る。


「あっ。あの母上、先ほどのは……っ!?」


「いいえっ、もう言質はいただきました。陛下もお聞きになられましたわよね?」


「うん? うん」


 父王はいつもの気のない返事だったが、わたしから目を離さない。


 ……まっずい。相手に告ってもいないのに親公認とか、外堀が埋められる。


 わたしから言質を取った王妃ルドヴィカはさっそくサヴォイア公国政務官カヴール伯爵カミッロへ通達された。カヴール伯爵は、わたしとカルロ陛下の親交は寝耳に水にさぞかし驚いたことだろう。

 万騎長ルーヴァン・メッセ率いる公国近衛隊三百騎すべてを出動させたことからも、全力投球で縁づかせようとしてるのがわかる。あの人、主人愛がちょっとおかしい。


 ともすれば、アレッサーノ少将も公国が警護に全騎投入すると聞きつけ、ロンバルディアの名にかけて全騎投入を決めてきた。


「アレッサーノ少将、なんであっちと張り合ってんのっ!?」

「なんでって、そりゃあ両陛下の警備が職務でございますから?」


 さも当然に受け流されて、ニヤニヤされた。朝食のとき同じテーブルで聞いてたくせに。わたしはほぞを噛む思いで、それ以上非難ができなかった。


 わたしが公館の玄関を出たときには、両国総勢八〇〇騎が成立してお出迎え。厳重な警備体制とともにカルロ陛下とお出かけになった。


 ……王族にお忍び旅なんて、あり得なかったんだ。


 で、兵士一個大隊を連れた観光行列の行き先は、意外なところからアイディアが出た。


「ここ王都から東へフェラーラの町を経由して一時間半の所にコマッキオという湖がございます。今の時期ですと、町の恒例行事で『アングィッラ祭り』が開催されていたと記憶しております」


 クレモナ執政官バルデシオは、大学生時代にフェルシナ住まいだったらしい。何を専攻してたのか今度聞いておこう。ちなみにアングィッラとは〝(うなぎ)〟のことだ。


 王様一家も兵隊もフェルシナに土地勘がないので、遠足はそこにあっさり決まる。


 両陛下の衣装も貴族然としたものではなく、佐藤さん謹製のお忍び平民服を着用、陛下はシンプルなブラウスとスラックス。王妃は国色である紺色のワンピースだ。


「父上も母上も、素敵です!」


「そう? なんか若返りすぎて娘っぽくないかしら?」


「平民は普段から、こんなに軽い布を着ておるのか」しみじみ。


 両親が田舎から都会に出てきてカルチャーショック受けているお上りさんみたいで可愛い。


 馬車だけは王家紋章入りなのは隠しようもなかった。また兵士にも武官装服を外させた。

 わたし達三人以外は鎧を持ってきてないけど、それでも視界に警護とわかる道中は旅行じゃないから。


 いざ、ロンバルディアの休日である。



「あのぉ、将軍。本当にあたしらも一緒について行っていいんですか?」


 ヴァンダーは笑顔で両手を広げるしかなかった。


「王太子殿下の思し召しだ。調理部は新しい料理を知っておくことも仕事の一環とおっしゃられている。また清掃部や衣装部までお連れになるのは、日頃の職務と旅の労に報いる意味もあるとな。楽しむといい。あとこれは殿下から、当座の経費だ」


 そういって、膨らんだ銀袋を各部門の長に一つずつ渡す。


「こ、こんなに……でも経費って?」


「食事代と、両陛下にワインや菓子の献呈品を購入する金だ。大事につかえ」


「あ、あたしらみたいな庶民の舌じゃ、陛下のお口に合うかどうか」


「アルダ、王宮調理部の長がいつまで頼りないことを言ってる。両陛下のお口に合えば、お褒めの言葉がもらえるが、合わなければお前が調整を加えればいいのだ」


 のちに、初代(・・)王宮厨房長アルダ・カルボティーニ男爵夫人は晩餐会料理で「アルダ・メソッド」を確立し、大陸随一の料理人としてロンバルディア史に名を残すことになる。

 晩年は王室の許可を得て多くの家庭料理レシピを出版する。トマト料理が多く国民の健康増進に寄与したことが認められ、国民栄誉勲章を受章。〝ポモドーロ・ノンナ(トマトおばあちゃん)〟の愛称が後世にまで伝わる料理人となる。



 この世界の鰻は、デカい。

 全長一メートルを超えるものばかりで、どれも肉厚だ。ひと目見てナマズかと思った。


 それを料理人が腹開きして背骨を取り、ぶつ切り。玉ねぎとにんにくで炒め、キャベツ、ビネガーと一緒に煮こむ。ビネガーを効かせたスープのおかげか、さっぱりといける。でもビネガーではなくトマトの酸味があれば、もっと美味しくなるはずなのに残念だ。


「まさかこの世界で鰻が食べられるとは思わんかったけど、鰻はやっぱタレやん?」


 佐藤さんがメイド服姿――気に入ったらしく一人だけ着て来たらしい。魔王は自由だ――で三十センチの白焼きを一人で平らげて早くも整っていた。


「白焼き、どうでした?」


「脂、全落ち。ヘルシーすぎて肉厚だから、やわらかいホッケを食べてるみたい」


 味は大いに不満か。わたしもかじってみて、眉間に落胆が寄った。


「たしかに味は鰻ですけど、うな重を知ってると、これじゃない感ありますね」


「だらぁ? あー、うちぃほんまのうな重食べたいな~。甘辛い醤油タレで食べたいな~」


 つぶらな瞳でチラチラこっちを見ないで。わかってるから。


「鰻はお取り寄せになりますか。ポー川にいないのかな」


「いやこんな大きいの口に入り切らんよ。あの大きい川なら一匹くらいおるでしょ?」


 両陛下とカルロ陛下の方に目をやると、三人で楽しそうに鰻を賞味していた。


 その要人を囲む前後の長テーブルはすべて、ロンバルディア騎士とサヴォイア騎士が占拠。雰囲気を崩さぬようビールジョッキこそ持っているけど、油断なく周囲を警備している。そこだけお通夜のように静かだ。


 さらに食堂に使われているマリネ工場の出入口に二人、四隅に四人。厨房に皿だけ持った二人が七分おきに三交替。観光客に紛れた歩哨八人と静かな厳戒態勢を配備している。


 ……もうマフィアの営業妨害じゃねえか。


 そうはいっても、鰻祭りは人気らしく、地元住民や観光客ですれ違うのもやっとだった。


「くぅ、久しぶりの満員イベントはきつい、な……っ?」


 だからだろうか。

 不覚にも、わたしはすぐ気づかなかった。


 自分が刺されたことに。



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