第191話 御前試合の秘策
「おう、来たか」
クレモナ。バルデシオ館。
庭で無精髭の重装歩兵が素振りをしている。盾で。
どうやらあれがヴァンダーが考案した〝シールドソード〟らしい。
見た目だけなら、剣先シャベルの刃先部分だけを腕の肘部分まで装着して振る超近接武器だ。密集戦だと絶対意味ないやつ。
「ねえ、あれって、バルデシオをあえて戦わせない作戦?」
わたしはとなりに理解を口にした。
ヴァンダーは腕組みして悪友の動きを観察しながら、
「そうだ。その代わり危険を伴う前衛、基点役になってもらう」
「責任重大だ」
「うん。本人も現物を見てその気になってくれたらしい。今回の大会ルールが国別対抗の団体戦、おまけにロイヤルチームでの参戦になったからな」
御前試合は国際選抜チーム戦、国家公認の剣闘士が三人一組でのトリオ対戦形式になった。
アエリミア・ロマーニャ王国から国王親展で、招待状が届いたらしい。
ルール変更の理由は、戦費で恒例の三週間にわたる素人参加型予選大会を開く予算がなくなったかは定かではない。
また本大会に王太子コンスタンティンと皇太子アエミリアヌスの参戦も決定している。たぶんパヴィアでの農業サミットでわたしがダンジョン攻略したのが、闘志を抱かせてしまったようだ。
ようは「こっちも出てやるから、お前も出ろ」というお誘いだ。でもわたし頼んでねーんだわ。
両陛下は辞退するつもりだったみたいだけど、わたしが王宮で事件を起こしたので、「この際、世界を知るべき」とマーレファとオルランド伯爵が助言推奨してくれたらしい。急遽、公式参戦が追認された。
お誂え向きというか、渡りに船というか。ご都合主義というか。バルデシオを一人で向かわせるよりマシではあるんだけど。
また参加条件に、盾役を一人設定しての勝ち抜き戦となる。
弓の飛び道具の使用禁止。魔法は治癒魔法のみ二回まで。
三人のうち二人が戦闘不能になった時点で審判によって負けが宣告される、という環境にも配慮された〝縛り〟が加えられた。
これにより決闘色が薄まり、ゲームメイクを前面に押し出した頭脳戦も要求される。
で、肝心の優勝賞品は、賞金が金貨一千万枚。副賞は優勝者の請願授与となっているそうだ。
ただ、王太子の愛妾をくれという要求が通るのかどうかは、わたしも知らない。
とにもかくにも、ヴァンダーの作戦が開陳された。
「おそらくだが、他の参加者の〝盾役〟は、盾持ちの剣士を投入してくるはずだ」
「え、それじゃあバルデシオのコレは?」
「うん。そこで、うちはあえて大盾を持ち込み、それを二つに割ることで片方を鈍器とし、可変機動性をもたせてみた」
ヴァンダーは盾役からシールドソードを引き取ると、わたしに攻撃してくるよう促す。
わたしは剣でゆっくり斬りかかってみた。
盾が真ん中で割れ、左で剣を弾き、右でシャベルの剣先が顔面を襲う。
「うわ、剣先がシャベルみたいに広いから横へ躱しづらい。後退するしかないか?」
「そうだろ。相手に大きく回避行動を取らせることで、牽制効果が期待できるし、追撃の隙も生まれるという寸法だ。右を握り、左を腕装着することで取り回しも良くした。もっとも、実戦的な攻撃は押し払うことと突くことしかできないがな」
「こいつで斬りかかっちゃいけねぇのか?」バルデシオがいった。
ヴァンダーは実際にわたしの肩へ斬りかかってみせた。
「このように斬る動作は体の動きが大ぶりになり過ぎるし、面積がある分、風の抵抗もあって初速が遅いし、肩の負担も大きい。盾そのものを振り回すのと同じだ。攻撃は常に牽制か陽動かつ最小限になるだろう。だからバルデシオは専守防衛で、攻撃は俺たちに任せておけ」
「おれだって活躍してぇんだがなあ」
「盾役は陣形の要で前線基地だ。最悪、敵三人を同時に相手しなければならない。この大盾が防御だけでなく、たまに盾を割って攻撃にも転じる素振りだけでも敵へのお前の存在感は増すぞ」
「おお、そうだな」いったんチョロいか。
「で、バルデシオの主力武器は、それになる」
そういって、わたしとヴァンダーはおっさんの足元を見る。
「オリハルコン製の脛当てだ。それで蹴ったら正直、痛い。鈍器だ」
バルデシオに向かって盾を構える。そこへ派手な金色の脛当てが蹴りこんだ。
ドガッ。派手な重低音がして、ヴァンダーが後ろへ軽くふっ飛んだ。
「おい、本気で蹴るな。手が痺れる」
「がはははっ。わりわり。だが、相手の鉄の胸当てくらいならヘコませられるな」
「そうだな。ただ蹴る動作は隙が大きくなるリスクをともなう。牽制という意味での不用意な蹴りは敵の反撃が予想されるから気をつけろ」
「なるほど」
「また、盾は垂直に構えるのではなく、やや後ろへ引き、傾斜させると敵の攻撃を受け流しやすくなるし、そのレガースなら盾下から脛を刈られる心配もない」
「じゃあ、盾の割れ目から切り込まれることは?」
わたしの質問に、ヴァンダーは盾を向けて前進する。斬ってみろということらしい。
剣で盾の中央を割ろうとすると、弾かれた。蹴ってみても盾はびくともしない。
「あれ? 盾を少し重ねてる?」
「そうだ。盾を左右ぴったりくっつけるように防御すると隙間ができ、防御が弱まる。だから少しだけ重ねると隙間が埋まり、盾の強度が増す。これを鱗盾という」
その盾自体も一枚鉄板ではなく、鱗を上下に重ねたような表面になっているのか。
「ヴァンダーが考える、現状の問題点は?」
「そうだな、この盾で立ち回って、バルデシオの筋力と体力が全試合で保つかどうかだ」
わたしとバルデシオは顔を見合わせた。
「試合は七日後。五日後にはここを発って現地入りだ。その間にこの盾を三時間、使いこなして息切れもしなくなれば、優勝は見えてくるだろうな」
三五歳のホワイトカラーおじさんに、現実はどこまでも厳しい。
「ヴァンダー、何をすりゃいい?」
バルデシオは不敵に訊ねた。
「そうだな……レガースは全試合が終わるまで眠る時以外は、着けて生活しろ。早朝は盾を持って三十キロのランニングと二十メートルダッシュ十本。盾を構えたままでスクワット五十回を三セット」
「腰が爆発するのでは?」
さすがにわたしも異を唱えたが、ヴァンダーは肩をすくめるだけだ。
「装備以外は、精鋭部隊へ入隊直後の基礎メニューだ。やるかやらないかは、バルデシオの闘志にかかっている」
「今日からか」
「さっきも言った。大会は七日後だ。時間を空費にして手にできる勝利など、ない」
バルデシオは頷くと、盾を装備したままランニングに出かけていった。
「ヴァンダー。大丈夫なの?」
百戦錬磨の魔法剣士は、右眉を少しかいた。
「さあな。どんなに努力しようと勝負は時の運だがな」
「ええぇ……」
割と無責任で、わたしはドン引きした。