第189話 暗躍する懲りない面々 後
新月の夜は、夜明け前が最も昏い。
マイラント記念墓地は、王城を北に出ればすぐに見つけることができる霊園だ。
ここには戦没者だけが埋葬できる特別な墓地で、戦死者の名誉に配慮されている。
その前衛広場の石畳に、松明が二五。わたしの到着を待っていた。
「殿下――」
「問答は無用だ、アンティゼリ。もはや貴様らの弁明など聞きたくもない」
「わ、我らの名誉こそが、ロンバルディア王家を支えてきたのです!」
「ならばその名誉、ここでロンバルディアの礎となるがいいよ。わたしを失望させておきながら、ロンバルディアの支持者を名乗る浅ましき者たち。もはや遠慮はせぬぞ、死にたいやつから、かかってこい!」
「残念です……っ。やれ!」
アルティゼリの合図で、墓碑の陰から一斉に強弩を構えて立ち上がった。
だがその直後に、彼らは霜をかぶって白い氷像と化した。佐藤さんお得意の凍結魔法だ。
「なっに!?」
「見よ。ロンバルディアの英霊がこのカレイジャス・ロンバルディアに味方したぞ! 英霊の加護にも見放された、堕落騎士たちよ、お前たちの名誉はすでに汚れたのだ!」
わたしの芝居じみた大喝で騎士たちはひどく動揺し、動きが鈍った。誰も斬りかかってこない。
「くそっ、くそっ。こんな、はずではっ。こんなはずではっ。クソォオオオオッ!」
アンティゼリ一人だけが自暴自棄の泣き顔で大上段に斬りかかってくる。
ゴォイン!
右手の鉄製シャベルで撥ね退けると、流れた体と反対方向へ足を払った。鎧が石畳に倒れ込んだところを背中にのしかかり頭と項の境に投げナイフを突き立てた。〝盆の窪〟と呼ばれる急所で、これが一番出血の少ない刺殺法らしい。
わたしの知識じゃない。手際がよすぎて、寒気すら覚えた。
「次っ!」
わたしが鋭く吼えると、騎士たちは剣をその場に捨てて、悲鳴をあげて逃げ出した。
「戻れ、卑怯者! 決闘から逃亡すれば、名誉は二度と戻らぬと知れ!」
呼び止めたが、敗色の靴音は遠ざかっていった。
闇へ消えた背中にあのゼラも含まれていたことがひどく、わたしをがっかりさせた。
「さーて、この事後処理はどうっしよかなぁ、っと」
「ここの決闘証文はとってあるんだろうな、カレン?」
闇から現れたのは、ヴァンダーだった。
わたしは全身からどっと力を脱いた。
「あるけど、あそこでボウガン構えて凍ってる連中のはないよ」
「あれば、十把一絡げに連座処理できる……アンティゼリ少佐、悪い男ではなかったが、侍従騎士の身分を利用して外部へ情報を流していた噂は本当だったようだな」
「あれ、もしかして陸軍省で泳がせてた?」
「師匠が少し彼を煽ったらしい。そっちは革兜衆が追わせているのだろう?」
そこへカンテラを持ったローズマリーが明かりで円を描いた。
黒幕が彼らの網に引っかかったようだ。手を上げて応じると、ローズマリーは立ち去った。
「でもこの決闘と、黒幕と関連づける証拠は出そうにないけど」
「手駒だったアルティゼリの死亡が、黒幕の動揺を誘うだろう。任務失敗を上に報告するために朝一番の手紙を書く。バジルやオレガノ達が追っていって、その可能性を見逃すはずがない」
「あっ。伝書鳩か。おお、さすがわが友にしてわが師匠ヴァンダーよ」
「ふっ。何言ってる。全部カレンが準備したことだろ。俺は踏み込みの甘かったところを後ろから少しだけ、背中を押したにすぎない」
そういうと、ヴァンダーは絶命した敗死者に手を合わせた。
その日の朝。
王城内で元侍従騎士アンティゼリ家の謀反と、決闘死の噂が流れた。
けしかけたのは王太子なので、謁見の間で審問に召喚された。
わたしはこれまでの発端となった出向騒動に釈明をして決闘証文を提出、彼らの度重なる迷惑行為の原因を作ったことを陳謝した。まさか陳謝って形式をわたしが口にすることになるとは世の中わからないものだ。
この議場において、マーレファが援護射撃として、とある修道院長が数時間前に教皇国へ送った手紙の内容を公開した。この修道院長は国家機密漏洩罪として近く断罪される予定とのこと。
名誉ハラスメントの黒幕を追う指示を出したのはわたしなのに、革兜衆はマーレファに物証を届けたらしい。前にもこんな事があった気がする。
主人の名誉として、あいつらの機転周到を怒るに怒れなかった。
そして、その文書内容は、わたしを慌てさせた。
【侍従騎士長アンティゼリ死去。王太子カレイジャスのカンパヌス新暦所持については、未だ不明。調査を継続する】
国王ドレスデン、王妃ルドヴィカ両陛下の、わたしを見つめてくる視線が痛い。