第187話 奴隷商人から命を買う
「拿捕した輸送船の船籍は」
「海のない王国の将軍が、そこまで知る必要がある?」
「ある。こっちが買わされるのは襲った船の積荷だろう。あんたの船が誰に恨みを買ったか、知っておいて損はない」
「ふん……たしかに?」
「私掠行為なら、砂漠国か帝国。砂漠国が取り戻したいと思ってるのは別の積荷か? 獣人奴隷はオマケだろう。お前は奴隷家族を引き離してでも手っ取り早く売り払うことで、積荷の足取りを完全に消したいと考えている。違うか?」
ヴィリアの顔に初めて緊張の翳が射した。これが彼女の、海賊の素顔か。
わたしもいつか、ここまでの洞察を言ってみたい。
「ヴァンダー、勘のいい走狗は重用されるけど、煮られるのも早いわよ」
「あいにく帝国どもは戦争が下手でな。俺のような軍人やお前のような海賊もまだまだ需要があるんだよ」
ヴィリアは鼻の頭にシワをつくって獰猛に微笑み、絨毯に横たわる男を長靴で踏みつけた。
「このゴミが謡ったところでは、魔導砲という鉄塊の中に悪魔を封じた魔法兵器を積んでいたんですって」
わたしは目をパチパチさせて、ヴァンダーを見る。
「獣人の奴隷はその魔導砲の扱い方を?」
「知らない。そもそも雪豹系部族はアルプス山系にはいない。あと砂漠国の言葉で語りかけたけど、通じてない様子だった。兵器を説明する技師には不向きだから」
砂漠国から運ばれた魔導砲に、ヴェネーシア港に他の航路から運ばれてきた奴隷を運搬役、予備弾薬、魔法術式の生贄として積み込んだ、帝国行きの輸送船ということだろうか。
「ヴィヴィ、お手柄じゃないか。お前の船が北方列国を兵器の脅威から救ったんだ」
「お世辞は結構よ。それよりお金。あんな処分に困る兵器なんて売りに出すこともできやしない。大損してるんだから」
「その魔導砲は海の底か?」
「それが……ヴァレーゼ湖に捨てたらしいわ」
ヴァンダーは天井を仰ぎ、左手でがっつりと頭を抱えた。珍しい。
「なんで国際紛争の火種を、わざわざロンバルディアに投棄したんだよッ!?」
「それはコイツに言ってくれるかしら。私は無関係」
「聞こえないな。海に捨てれば足がつくと考えて陸を跨がせてポー川から船で運びいれ、わざわざ内陸の湖まで捨てにいってる時点で隠蔽教育した使用者に責任がないとは言わせないぞ。魔導砲は何門だ」
ヴァンダーに詰められると、女ボスは両手を広げてそっぽを向いた。
「三門よ」
「数が少なすぎる。三五人だろうがっ」
「本当よ。三門しかなかったって。他の物資は食糧」
「なら、襲った船の貨物リストを押収しているはずだ。見せろ」
「やだ」
「あのぉ、一つ提案が」
わたしが小さく挙手して口を挿んだ。
「その獣人三五人、暗黒大陸の奴隷と同じ額で買うというのはどうでしょうか」
「それ妙案っ、帳簿上は暗黒奴隷で偽装できるものね。でもそんなバカ客いるのかしら」
妙案と褒めつつ、返す刀でバカ客って言われた。
「獣人は暗黒大陸の奴隷よりも安い。だが安い奴隷をわざわざ高値で買う客もいる、ということだ」
「はっ、ヴァンダー。どこにそんなバカ客がいるわけ? 連れてきてよ」
ヴァンダーがわたしを顎で指して、女主人を驚かせる。
「売ってくれるなら。魔導砲の回収も部隊を動かして協力してやる」
「うそっ、いいの? 政府関与がバレたりしなぁい?」
女海賊が猫みたいにかわゆくヴァンダーにすり寄っていく。一八〇センチが。
「バレないようにそっちでも協力しろ。ちょうど師匠が現物を見たがってたのを思い出した。連絡を入れて師匠に解除させよう。こいつはロンバルディアに大きな貸しだぞ」
「いいわよ。海ないから返しようないけど。んー、じゃあ三五頭を手数料込みで、金貨二八〇〇でどう?」
安い。命の値段が。一人換算でも、金貨百枚にもならない。
「カレン、どうする」
「帝国金貨で三千出します。それで人数分の冬服と食糧も用意してください」
「帝国金貨。いいわよ、商談成立ね」
あの大悪魔からもらった報酬が初めて有効活用できた気がする。
ブスト・アルシーツィオからの帰り、わたしはヴァンダーと少し話をした。
「ねえ、グランキオ商会って、元もとはどこの海賊?」
海賊は国家に帰属している。フリーでは商会を開業することもできない反社会組織になる。わたしも王太子としてちょっとは勉強しているのだ。
「アエミリア・ロマーニャ王国だ。砂漠国から[ザラタン]と恐れられている船団で、船団長ザラタンは男ということになってる」
「へー。偽装に偽装を重ねてるんだ。よく将軍ヴァンダーと友だちになれたね」
「御前試合で俺に負けてから、なんか気に入られた。海賊であることを明かし、この町に店があることもその時、聞いていた。師匠には話したが、陛下の耳に入れてない」
「ヴァンダーは方々で女性にモテるよね」
「まあな。モテるが、魔法使いと言っただけで一歩、引かれる」
「不老だから?」
「そういうことだ。年齢不詳では恋愛の舞台に立てないらしい」
「ヴァンダーって歳いくつだっけ?」
「言ってなかったか。三三だ。まだ年齢不詳にはなってない」
「バルデシオより二つ下なんだね」
「おいおい、あっちが老け顔なんだよ」
二人でひとしきり笑って、大きなため息をついた。
「バルデシオのことだけど……御前試合、どうする?」
「うん……一つアイディアがある」
「どんな?」
「俺とカレンで、バルデシオの露払いをする」
「でも、トーナメント方式なんじゃないの?」
「決勝はな」
「じゃあ予選は?」
「バトルロワイヤル」
わたしはまじまじと御者を見た。
「うそ、でしょ?」
「三年前のルールが変わってなければ、本当だ。参加総数を八つのブロックに分けて闘技場内で文字通りの総当たり。だいたい各参加国が同じブロックになる傾向にある。そこから三人、生き残れば決勝進出だ」
「ひっどい大会。それでそのアイディアをずっと言わなかったのは?」
「カレンの力量を測ってたのと、ご両親の許可が必要だ」
「あっ。あー、そりゃそうだよね」
「総当たりもそうだが、決勝は言わずもがな一対一の殺し合いになる。だから……このアイディアも言いたくないんだが」
「なによ。もう今さらじゃない?」
「バルデシオに剣を捨てさせる」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「シールドソードというモノを今、ジェノヴァにいるミモザに頼んで作らせている」
「シールド、ソード? 盾つきの剣?」
「現物を見ればわかる。もうクレモナのバルデシオ館に届いてるはずだ。試合参加登録ぎりぎりだが、俺たちで付け焼き刃でも武器の扱いに慣れさせるしかない。だから時間を作ってくれ」
「了解。うーん、とすると、後ろの人達の世話はちょっと手に余ってくるかも」
けれどすぐに妙案が点灯した。アイツにシュークリーム代をふっかけよう。
「マーっ、パー!」
マルペンサ荘の手前まで戻ってくると、まだ動く馬車から獣人たちがほぼ一斉に飛び降りた。
呼び止める間もなく動く馬を抜き去って、森から次々と飛び出してきた子どもたちを抱きとめた。
「さすが獣人、嗅覚はいいね」
「だな。あと東風だ。明日はひと雨きそうだ。今日中に彼らが雨をしのぐ家も探さないと」
マルペンサ荘に到着すると、佐藤さんとラミアもバジルを伴ってやってくる。
「ねえ、カレン」ラミアさんがいつになくわたしを熱っぽく見つめてくる。「確かにここは、あなたの耕作地で、わたしがとやかく言う資格はないんだけど」
「ラミアさん、前置きはいいですから。アイディアを言ってください。採用しますから」
「あの、ここに薬草園を作らない?」
予想できていたので、わたしは二つ返事で了承した。