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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第10章 ロマーニャ国別対抗御前試合
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第182話 執政官審議会で狼煙をあげる



 パヴィア執政官ジョスティーノ・ガリバルディ伯爵が公聴会のため王都に召喚された。

 半年間の失踪およびパヴィア執政の混乱による釈明を聴くためだ。


 パヴィア都政はかろうじて機能していたが、教区と自由農民との間で武力衝突も辞さない緊張が高まり始めていた。これについての近況と対応策を聴くためだ。


「対応策も何も、やらせときゃあいい」


 審議委員が環視する中、与えられた椅子に深く座り、肘置きにどっぷりと右半身を預けて言った。救出後の儚さは消えたが、政治的思惑にんだ、人を小馬鹿にした態度だった。


 わたしの出席は国王陛下の代わりで、特に何かを発言しろとは聞いてなかった。


「伯爵、ご自身の発言にはお気をつけになったほうがよろしいですな。公聴会といえども発言は記録させていただいておりますので」


 審議委員の一人に忠告されたが、ガリバルディ伯爵は意に介さなかった。


「なら、聞いたままを記録してほしいものだな。後になってそのページだけ誰かの恣意(しい)によって改竄かいざんされてはたまらん」


「それでは、伯爵。先ほどの発言の真意をお聞かせ願いたい」


 審議委員が先を促すと、ガリバルディ伯爵は伸び放題の髭にふれると、


「教区が供給する物品の相場が町の生活を圧迫している。と同時に、教区は自らが定めた相場でなければ持ち込まれる商品の買取りを拒否し、買い叩いた商品を国内相場で都市の外へ売り払っている。お陰でパヴィアの相場は戦時相場と肩を並べておりますなあ」


「執政官としての解決策はございますか」


「ない」言い切った。


「教区が保有する特権は国王陛下が授与された権利だ。執政官が教区へ口を出すには権限が低すぎる。だからおれは自由農民側の肩を持ってきた」


 また言い切った。


「教区のやつらはその金で何をしていると思う? 大聖堂を造ってるのだ。陛下の土地で、それこそ王城を凌ぐほど巨大なやつをな」


「あなたがここで――」わたしが口をはさんだ。「それを公言するということは、建設許可を出したのは、もっと上ですか」


 ガリバルディ伯爵は自分の姪っ子を見るような笑みをつくって、窓の外へ顎をしゃくった。


「グラッグだ。あのクソ狐がロドリゴ・ボルジア枢機卿への賄賂代わりに認めた」


 悪宰相、死してなお、国家にたたるか。


 審議委員たちが居心地悪くざわつく中で、わたしが手を制した。


「伯爵、ロドリゴ・ボルジア枢機卿ではないよ。枢機議会議長だ。ここ半年の間で彼はかの国で出世の道を着実に歩んでいる。次期教皇とも呼び声高い人物のようだ」


 わたしがやんわりと諭すと、ガリバルディ伯爵は悔しそうな速度で左の拳で太ももを叩いた。


「伯爵。建てさせてやればよいではないか」

「は?」

「どうせ建造費の全部を都政で肩代わりしてやってるわけではなかろう?」


「なんだと? あんた本気で言っているのか」いや王子への言葉遣いよ。


「本気だよ。ただし、都政予算はギリギリまで切り詰め、追加予算は(びた)一文払ってやる必要はない。その上でせいぜい荘厳なやつを作らせよう。彼らのあつき信仰とやらを見せつけてもらおうではないか」


「現況予算で建てられないのは都政の吝嗇((りんしょく)ケチのこと)ではなく、彼らの信心が足りない、か?」


「彼らの崇める宗教とはそういうものだろう? 貧しい者がその日の食べる賃金から身を削るようにして捻出した、真心とはわけが違うのだ。その大聖堂で観光客が集まればパヴィアは潤う。拝観料を釣り上げて観光客が途絶えれば、大聖堂は廃れる」


「それは彼らの責任であって都政の責任ではない。な」

「そうだとも、ゆえに奴らを客寄せ彫刻を作るゲージツ家とでも思えば、腹も立つまい?」

「あいつらが芸術家……ふっ、面白いな。しかしだな」


「見方を変えるのだよ、執政官ガリバルディ。司教の既得権益に面で向かうから壁の厚さに絶望し、憤るのだ。壁は迂回することができる。そして自由農民たちには独自の道を歩ませよ。新しい農業結社を起ち上げさせた者に執政官が過保護すぎない特権を与えて市場を作らせ、物流網を開拓させる。その支援を他の執政官の行政網が手助けすればいいのだ」


「なるほど。だが教区から嫌がらせを受けてきたら?」


「伯爵、嫌がらせとはそもそも知恵比べだろう。毒をもって毒を制す。目には目を。陰湿には陰湿を。過度になったほうを行政で取り締まればいい。修道士が農作物を盗むことあらば法に則り、容赦なく修道士を吊るせばよい。特権に罪を犯した修道士まで養護する文言はない。もちろん教区の差し金だとしっかり物証を掴んだ上でな」


「で、殿下。それ以上は……っ」


 審議委員が割って入ったが、わたしは止まらなかった。

 今なら祖父の苦労がわかる。敵が誰なのかわかる。

 祖父は暴利が欲しくて農業を続け、既得権益と戦ってきたわけじゃないから。


「彼らは狡智に長けた、我らと同じ貴族だ。よって自らの手を汚すことは不利益であり、利益の出ぬ投資はすまい。表立って武器を手にとっては物が壊れるだけ、無益に終わるのなら、しないほうがマシ。そういう連中だろう?」


 審議委員が半口を開けて言葉を失う中、ガリバルディ伯爵は傑作とばかりに痩せた太ももをバシバシ叩いて、大笑した。


「殿下。お墨付きをいただいたと解釈してよいかな?」


 わたしは(しか)と頷いた。


「未来の暴君は、教区を甘やかさない。その布石だと思わせてやれ」


「心得てそうらい」


「ときに、ガリバルディ執政官」わたしは言葉を改めた。「パヴィアでの砂糖の相場を把握しているか?」


「殿下、公聴会の主旨と関係のない質問はお控えくださいっ」


 審議委員のいらだった制止に、わたしはまた手を制した。

 ガリバルディ伯爵は怪訝そうにわたしを見返して、


「いや、申し訳ない。今日はその準備をしてこなかった」


「さもありなん。できれば近日中に、パヴィア教区が周辺の町へ流通させている砂糖の相場と量を書面で送ってくれないか」


「承知。パヴィアだけでいいか?」


「クレモナ、ピアティンツァ、ジェノヴァは休養中、わたしが実際に見聞して把握している。ひどい数字だった。まさか修道院が穀物やコーヒー豆、砂糖を握りしめているとは驚きだ」


 いつの間に。ガリバルディ伯爵は目を見開いた。


「殿下は、砂糖に興味が?」


「パヴィアの砂糖相場を担っていたのはラテリウスという修道院長だそうだが、先日、貴官と入れ替わるように失踪したと聞き及んでな。それで気になっただけだよ」


 実際は転生者の知識を得ようと欲をかき、アストラル擬似界に自分から入っていって、門番剣士にギッタギタにされて帰れなくなった。けれど地上での扱いは謎の失踪になっている。


 パヴィア執政官には今日まで伝えなかった。

 時間をおいて無関係である状況まで回復させる必要があったからだ。


「ラテリウス修道院長が失踪した? 申し訳ない、それはこちらも知らなかった」


「そうか。だがそういうわけなので、公式の砂糖相場が知りたい。よろしく頼む」


「承知」


「うん。では、審議委員長どの。わたしはガリバルディ執政官の存念を聞いたので、これで失礼する。彼には今後一層の活躍を期待しているよ」


 会議室を出たが、わたしの挨拶が鶴の一声になることは知っていた。

 最近は、権力というものの使い方に慣れてみようと思っている。


 味方を増やし、邪魔者を減らすのが政治の嗜みらしい。


 砂糖の国内相場は他国同様、高止まりしているのは目に見えていた。

 今さらパヴィアの相場と比べた所でお買い得になるはずもない。

 目的はそっちではないのだ。


 彼ら審議委員の中に旧グラッグ転生派――教皇国寄りの貴族もいたはずだ。


 砂糖流通は宗教貴族の最重要特権だ。

 教皇国からわたしへ非難ヘイトが高まる危険を冒しても、この布石だけは打って置かなければならなかった。


 甜菜(てんさい)糖を作る。来たるべき、砂糖戦争のために。



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