ランゴバルドの霊廟
ヴァンダーが怪訝そうに魔王を見おろした。
佐藤さんは怖気もなく見上げ返す。
「アストラル擬似界で王を復活させる計画まではいいとしてよ。でも地上はとっくにあんたらの時代から六百年も経ってんの。アルボインが王だった頃の民衆は一人も生きてない。まあ、あんたが見逃した王の娘アルプスインダだっけ? 彼女は男とどこかに逃れて子孫を作りまくってるんやろうけどさ」言い方。
「わが王は竜の部族を、古い習俗を打破した英雄だ!」
「今の地上にランゴバルドという名の国はどこにもない。これは事実よ。竜の部族があったっていう痕跡すらとっくに土の下で、後世の末裔たちはその存在すら見つけられてない。そういう未来から、あたし達はやってきた。あとなんだっけ、部族を滅ぼされた娘の復讐? それだって誰も気にしてない。存在してたことは……本の物語として語り継がれてるくらい?」
「そんな……っ。恩知らずどもがぁ」
「その考えは浅いで。アルボインを侵略者と憎んだ民も王の功績を讃えた民も、とっくに死んで全部風化してるんだって。あんたみたいに肉体を失ってもなお、王に固執する人すら――」
「うるさいっ、黙れっ!」
ヴァンダーが佐藤さんの言葉をはねのけて、ショートソードを抜いた。それでも重すぎたのか手許が滑り、切っ先が床を叩いた。明らかにヴァンダーがするミスじゃない。
彼ではない誰かは悔しそうに悲しそうに顔をしかめた。
「認めぬっ。お前たちは所詮、墓荒らしだ。我が王の眠りを妨げる、卑しき者たちだ!」
「そうかもね、なんとでも。けどさ、王に謁見して戦闘になっても後悔せんでよ。他の奴らが王に何を求めたんかしらんけど、ことを穏便に済ませてまた眠りにつかせられるのは、この世界を作ったあんただけなんやからな」
不意の間ができて、ヴァンダーがガクリと膝をついた。落としたショートソードで杖突くと、激しく息を貪った。
「すまん、不覚を取った……っ」
ヴァンダーが普段の口調に戻った。わたし達はほっと剣を納めた。
「相手が幽霊じゃしょうがないわ。むしろヴァンダーがあのまま操られてたらパーティ全滅してたから、軽傷よ。それで、将軍。まんまと体に取り憑かれてた、だけ?」
ヴァンダーは疲労がにじむ顔で階段を見あげた。
「この階段の先は霊廟だ。だが彼女は回廊から古城にある霊廟を謁見の間と呼んでいた。そこに、今回の目的がいる」
「幽霊の名前は?」
「マザーネ・ロザムンダ。屍霊術師だ」
「ヴァンダー。その呼称はごく最近なんよ。……なんだっけな。でも大体のことは察したわ」
「察した? どういうことだ」
佐藤さんは思案げに目線をさげると、胸の下で腕を組み、彫刻を眺める。
「六百年前、とある女が親を殺した男に惚れちゃったのよ。でもって滅ぼされた部族復讐のためにその男を殺さなくてはならなかった。でも女の男への愛情は深く、自分も死んだことにして永遠に添い遂げようと、生前からこんな場所に墓を作り、男の復活と国家再興を誓ったわけ。愛憎相反行為ってやつ? 屍霊術師は死生観が狂ってるって聞いたけど、昔からなんやね」
わたしはわけがわからなくて、ヴァンダーと顔を見合わせた。
佐藤さんはそんなわたし達を置き去りにして、壁の彫刻を見回した。
「とすれば、あとは〝冥府の燈籠〟ってアイテムがなんなのかよねえ。ただの霊廟までの通行証にしては、ここまで運んできた連中の影も形もないのが気にかかるわね」
するとバジルが小首を傾げて、
「あの爺さん、『あの青い炎をかざす者は、この古城を謁見の間まで進む資格をもつ』とかって言ってたっすよね」
「古城……それだ!」
階段を昇ると、円形の広場にでた。半球状の天蓋がおおう。
一番奥の岩窟に安置された棺台。その前にぽつんと背もたれの高い椅子、そこに男が座っていた。右の肘置きに頬杖をついて、来訪者を睨めつける。
「この霊廟を探り当ててくるとはな。墓荒らし」
ヴァンダーは会釈して、剣の柄に拳をおいた。
「我こそは、ロンバルディア第3師団、師団長ヴァンダー。パヴィア執政官ジョスティーノ・ガリバルディの救出に参った」
「余は、この霊廟の主にして、王アルボインである」
「偽りを申されるな」
「なに?」
「女に籠絡されて主人を裏切り、あまつさえその女に毒を盛られた愚かな簒奪者よ。その肉体はいまだ死から解放されず、今生の玉座に未練を遺し、およそ亡者のものにあらず!」
「……っ」
「ここに〝冥府の燈籠〟を携えて者たちによって降霊術で喚び出されようとしたのは、ランゴバルド王アルボイン。しかし実際にその体に降りたのは、王の寝首をかいた腹心にして簒奪者、名をなんと申したか。そう」
「……っ」
「ヘルミキス」
椅子を蹴り、男は寸瞬でヴァンダーに肉薄した。
「よく看破した、死ねい、若造っ!」
振り下ろされた斬撃をショートソード二本で鋏み止める。
「〝冥府の燈籠〟とは霊廟への生贄を示す籠であり、籠から漏れ出る青い炎は生魂の光。さて、名ばかりの王よ、どなたの魂と入れ替わられたのですかな?」
「墓荒らし風情に、知る必要などないわ!」
ヴァンダーの額を圧し斬ろうとする相手の右脇腹に膝蹴り。ぐらりと体が揺れたところへ、さらに左膝へ蹴り。たまらず転倒するが、すぐに体勢を立て直して剣を薙ぐ。弧月の刃風をヴァンダーが躱せば、後方の壁から砂埃が巻き起こった。
「〝冥府の燈籠〟を持ってきた者たちはどこへ?」
「さあて。余が手にかけた覚えはない」
「ここは霊廟、では古城とはどこに?」
「しらんな」
「ここにその肉体を運んできた者たちは慌てたでしょうね。降霊術を行う前にその体が急に動き出したのですから」
「くっ、くくく……っ」
「まあ、あなたにとてはどっちでも良かったのでしょう。魂が抜かれた肉体にまんまと入り込んで新しい体を得た。その椅子に座って体が馴染むのを待っていればよかった」
「そうとも。そうだとも。だが貴様を歓迎してやってもいい。このジジイよりも精強そうだ」
挑発めいた舌舐めずりをする悪霊に、ヴァンダーはむっと眉をひそめた。
「この身は一度、別に乗っ取られておりましたので、もう手放す気はございません、悪しからず!」
両者は石床を蹴った。