ダンジョン潜入開始、そして1stエンカウント
深夜。馬車で再びパヴィアへ向かう。
パーティメンバーは、わたし、ヴァンダー、佐藤さん、ティグラート、そしてカルロ陛下と侍従武官ルーヴァン・メッセの六人。
「行く! カルロ、カレンと行く!」
「危ないの、カルロ怪我したらルーヴァンさんも悲しむよ?」
「あ、ううぅ、うぅああああ。行くぅのぉーっ!!」
泣き出した。事情を知らなければ、いい歳をして子どものようだと笑う人もいるだろう。
彼は、わたしを心配する一方で、側近を困らせたくない優しい心根も持っている。その心の板挟みにあって混乱したのだ。純粋すぎる思考の持ち主は時に心の制御が難しい。諦めるとか自分を騙すような妥協ができないのだ。
わたしは思わず泣きじゃくるカルロ陛下を抱きしめて、背中をさする。ルーヴァンが驚いた顔をしたが、わたしは会って一日程度の王様の気持ちを突っぱねることはできなかった。
「カルロ。〝牌〟もってるよね」
「うぐっ、うん」
「それで、地下の様子を映すから見てて。なにか気づいたことあったら、声かけて」
「うん……わかった」
まさか異世界でダンジョン探索配信をすることになるなんて。
〝牌〟の転生者――アエミリアヌスからスマホの操作方法はあらかた教わった。
カルロ陛下のことを頼んだら、パヴィアの南東にある町ストラデッラの旅館に全員滞在していて、ダンジョン突入時に見送りがてら彼を回収してくれるらしい。何だかんだ面倒見の良い転生者たちだ。
「皇太子。わたし達のダンジョン探索で、何狙ってんの?」
このへそ曲がりな皇太子は、ざっくばらんな言葉を選んだほうが喜ぶ。
『はっ。遺跡の戦利品を山分けしろなんて無粋なこと言わねえけどな、暇潰しに足る土産話のネタを拾ってこいよ』
「土産話のネタって、地下墓地だよ?」
『どうだかな。あの扉の位置は、城郭の端で物見用の塔があってもおかしくねえスペースをしてた』
「物見用の塔? それじゃあ入口はあそこだけじゃないってこと?」
『知るか。とにかくそこはティチーノ川を引き込んだ中洲として天然の堀を形成してたと見ていい。オレの勘が、執政官拉致監禁の証拠や王の墓暴きだけで終わらねえと言ってる。まあ、魔王もついていくんだろ? なんかおもしれぇモンに気づくだろ』
「あっそ。あと一応、この〝牌〟の機能で位置情報の確認させてくれない?」
『位置情報……ああ、ビーコン的な?』
「そう。万が一、パーティが全滅したらって話」
『魔王がいて〝屠竜〟までいんのに全滅も難しいが……〝牌〟の位置情報から回収できたらやってやるよ。二次災害はゴメンだがな』
「よろしく。あと修道院の」
『奴らのことはタッチできねえ。こっちも動画バズらせることだけ考えて、国際情勢をまったく調べず旅に出てる〝阿呆ジャーニー〟とはワケが違うんでな。教会を舐めるわけにはいかねぇんだ』
「あ、うん。だよね」
『扉は侵入後、閉鎖する。戻ってきたら連絡をくれ。地上で奴らが感づいて騒ぎ出したら知らせてやる』
「了解。通信終わり」
通信を終えると、配信モードに切り替えた。胸ポケットに半分出した形にする。映像画質もライトもわたしが知ってるスマホの高ルクスだ。今までずっと操作を忌避してきたが、ありがたく使わせてもらう。
地上から扉が閉められると、地下墓地は闇が質量を持ったように重かった。
先頭、カンテラを片手に、物理無効スキルのティグラートが棍棒を持って進む。その後ろをバジル。ヴァンダー、佐藤さんの後ろに、わたしが殿で歩く。装備は小太刀二刀流。ヴァンダーはショートソードの二刀流だ。
[かれぇぇん][あほか。まだ始まったばかりだろうが][かれぇぇん][彼女、完全に懐かれたなあw]
画面に呼びかけの声が文字起こしされて流れていく。カルロ陛下が犬みたいで笑ってしまう。
崩れた螺旋を下る。
元は階段らしい痕跡がある。それも長い年月で石壁が崩れ、足場のゆるい勾配になっている。
「ティグラート、ちょっと待て。〝案内蝙蝠〟を飛ばす」
ヴァンダーが緑色のコウモリを下へ飛ばすと、壁や勾配に手跡や足跡がついた。
「やはり、最近になってここを通った連中がいるのか」
「これ、五人から七人ってところやんね」佐藤さんが顔下半分を覆う布ごしに言った。
「そうだな。間をとって仮に六人としておこう。人を抱えて運んでいたとしたら八人だ」
「剣で脅して歩かせてる可能性は?」
「足場が悪すぎる。ガリバルディ執政官に廃墟探索の趣味でもなければ、自分から進みたくもないだろう」
佐藤さんは怪訝な視線を前に向けた。
「ガリバルディ? ジョスティーノ・ガリバルディのこと?」
「サトウ。知ってるのか」
「なんかの本でちらっとだけ。建築だったか歴史だったかに載ってた気がする。いい歳よね」
「たしか、七十前後だったと思う……その先を考えたくもないが」
「そう、考古学よ。帝国先史学のジョスティーノ・ガリバルディ教授。ここだとランゴバルド王国、アルボイン王の遺構かも」
「なるほど。何者かに連れ去られたのではなく、この遺構を発見して探索中に失踪したと」
「そっちのほうが気が楽じゃない?」
「まあな。問題は、どうして帰れなくなったのか、なんだが」
そこから先はふたりとも無言で、闇の底へ歩いていく。
「先生。前方に人骨だ。数はたくさん」
ティグラートが報告し、パーティに緊張が走る。
「うおっと!?」
カンテラの燈火が左右に揺らぎ、ごしゃりと乾いた破砕音が闇に広がった。
「骸骨剣士だ。のこり3っ」
佐藤さんが〝案内蝙蝠〟を飛ばす。緑のコウモリが小さな穴に吸い込まれ、壁越しに人影が写った。
「バジルっ」ヴァンダーが両手を腰のあたりに組んでリフト体勢に入る。
「了解っす!」
黒うさぎ帽のゴブリンがヴァンダーの両手に足をかけるや、押し上げられた。穴に飛び込んだバジルがその勢いのまま人影を押し倒す。やがて生命停止を報せるように緑の魔力光が消えた。
「旦那。屍術師すね」
「よくやった。戻ってくれ」
バジルが穴から顔を出すと、ヴァンダーに何かを放った。
「それ、屍術師が首から提げてたっす」
ヴァンダーはティグラートのカンテラにかざして、軽く唸った。
「四輪十字……やはりサタナイル教団か」
「サタナイル教団?」
わたしが聞き返すと、ヴァンダーは十字架を砕けた骸骨群の中に放り捨てた。
「別名は転生教団だ。魂は過去・現在・未来・神界を行き来して世界を構成するという神人合一を唱える教団だ。だが実際のところは転生者の知識を搾取し、その軍事転用を目論んでいた」
「どっかで聞いた思想ね」
「はん、人が転生によっちゃあ、神にもなれるって?」ティグラートが両手を広げた。
「そういうことらしい」
「神はかつて人であり、人もかつて神だった。故に神も過ちを犯し、人もまた博愛を配剤する、だっけ?」
佐藤さんがどこかの書物から引用した文言を諳んじる。
「ランゴバルド王国はサタナイル教団の教義で帝国に反乱を起こしたんやって。戦法は、魂据え置きの屍術魔法に特化? 転生しとけよっての」
「その辺は師匠が詳しいだろう。アルボイン王とも接見したことがあるらしいからな」
「え。リアルタイムで?」
「ロンバルディアができる六百年前だ。それくらいならあの人も魔術師として帝国や教皇国を渡り歩きながらブイブイいわせてたはずだぞ」
ブイブイ。先を歩き出すヴァンダーの後ろで、わたしと佐藤さんは笑いをこらえていた。




