ファンタジー世界で配信系ダンジョン探索を
「ここは元パヴィア城郭、城壁の内だったんだ。そこの曲がった小径は、城壁の名残かもな」
「それじゃあ、あの田園は中洲だってことになるのかしら?」
「ああ、たぶん天然の堀にしてあるんだな。――ロンバルディア。この畑を見てどう思う?」
わたしは皇太子が見つめる土壌を見て、小首を傾げた。
「収穫時期のはずなのに、作物が植えられていた形跡がないです。土の乾き具合から整地されたのは春ごろでしょうか。今シーズンは放置されてますね」
アエミリアヌスは我が意を得たりとニヤッと悪い笑みを浮かべた。
コンスタンティン王太子が、ストップをかける。
「アエミリアヌス。ここまでにしよう。我々はダンジョン探険をしに集まったわけじゃないぞ」
「はあっ? ここまできて手を引けってのか。見つけたのは俺だ」
「その前に、ここはロンバルディア王国だ。頭を冷やして思い出せ」
「この下にお宝が眠ってたら、ぜんぶロンバルディアのもんか?」
「当然そうなる。たとえお前が冒険者であってもそうだ。修道院の所有地じゃ盗掘遺物だ」
「ふざけんな!」
ヴィブロス皇太子とロマーニャ王太子がいがみ合いを始めた。水門官がおろおろしている。
「じゃあ、掘り返してみましょうか?」
わたしが提案すると、アエミリアヌスは満面の笑みを浮かべた。
「やれ、俺が許す!」
「だからここロンバルディアだって!」
わたしは走って収穫中の農家の人に声をかけて、鋤を二挺借りてきた。
一方をヴァンダーに渡して、二人で一斉にかき出していく。反応はすぐにあった。
ガキンッ。
硬い金属音とともに現れたのは、鉄輪のノブ。思った以上に浅い。さらに鋤で土をどかしていくと、砂岩が敷き詰められた岩盤に備え付けられた三メートルほどの鉄扉が現れた。
「ヴァンダー、この扉の模様ってわかる?」
「おそらく冥府へいざなう天使図だな。だが修道院を示すものではない。これは古い地下墓地への扉だろうか」
四輪十字架と天使の彫刻。どちらの意匠も年代は相当古い。
食糧サミットは一旦、閉幕した。
お粗末な終幕ではあったが、それには個人的な事情をはらんでいた。
鉄扉を丁寧に埋め直して、整地して私たちはその場を離れた。鋤も農家の人に返して、お礼の銀貨を渡す。口止めだ。修道院の畑を荒らしたことは冬ごもりの時期まで黙っててほしいと頼んだ。
農家のおじいさんは笑って顔の前で手を振った。
「隠さねぇでもいいですよ。骨でも出てきましたか?」
「うん、地下墓地の扉なんだけど」
「あー。そしたらランゴバルド時代のもんでしょうかねえ」
「ランゴバルド?」
「たまに瓶の欠片とか鉄くずとか出るんですわ。この辺の地域はロンバルディア前時代の国の都があったそうでね」
「首都アルボインだな。俺も記録は読んだことがある。だが、あれがアルボイーノ王の墓へ続く入口なのか?」ヴァンダーが懐疑的な顔をする。
どうでもいいけど、その首都名は若干ムカつくんだが。
農家の人は顔を振って、
「古王の墓かどうかまではわかんねスけど、修道院があそこの畑で花植えてなさってたから、みんな忘れとったのよぉ」
「なんの花かわかります?」
「んー、パタータ(じゃがいも)か菜の花だっかたかなあ」
「違うと思う」
王族たちのところへ戻りながら、わたしはヴァンダーに言った。
「パタータや菜の花なら、収穫時期は今頃なの。でもあの扉にかぶさっていた土の乾き具合と硬さから、あの畑は半年以上は土壌の世話をしてない」
「なのに、あの土地は整地されていた」
「そう。多分、あの扉は半年前に開けられて、閉じられた。だから土壌は整地したまま、あそこだけ何も植えずに放置され続けてる」
「カレン、まさか……」
「わからない。だから入ってみるしかない。わたし達のまさかが的中しても……生きてるとは思えないけどね」
「衛兵を呼ぶか?」
「当日はね。でも今日は無理。準備しないと。そのために土を丁寧に戻して解散にしましょう」
「だが、およそヴィブロス皇太子が納得しそうにないが?」
「させるわ。やり方も分かってる。任せて」
「ダンジョン探索配信~?」
パヴィア市街に見つけた良さそうなカフェで二つ並べたテーブルを囲んだ。はた目には上流階級の若者たちが昼間から雑談に興じているように見える。王族とはわかるまい。
わたしは自分の提案を持ちかけた。
「はい。皆さんは、アエミリアヌス殿下が配られた〝牌〟をお持ちです。そこで、わたしが持つ〝牌ⅩⅢ〟から撮影した地下墓地内の映像を配信します。〝牌〟の動画撮影時間がどれだけ持つかわかりませんが」
「所有者の魔力器量にもよるが、朝起きて出かけるなら六時間は確実に持つ」
アエミリアヌスが太鼓判を押した。わたしは各国を見回した。
「この中にご存じの方がいらっしゃるかと思いますが、このパヴィアの執政官が長期の行方不明になっているそうです」
「行方不明って、そんな状態でサミット開いたわけ? イカれてる」
トリナクリア王国のツインテールが愉快な声を出す。
「我々の食糧サミットは転生者だから非公式だ。それよりも、衛兵や王都にはその報せは?」
「極秘裏に出回っているようですが、家出、事故、誘拐を特定する痕跡もなく、時間だけを徒労しているのが現状のようです。わたしもこの町へ入る直前に聞かされて驚いています」
「その執政官、生きてるの?」
トスカーナ大公エリザが訊ねる。わたしはかぶりを振った。
「失踪時期は半年前、あの地下墓地に幽閉されたのだとすれば、生存は望み薄だと考えています。ですが、あの土の被せ方は半年の風雨で出来たものはなく、人の手があって初めて整地できるものです。何者かがいかなる動機で行ったのかはともかく、あの中へ入って失踪した執政官の手がかりがあれば、拾ってきたいと考えています」
「マサキ、どうやら我々がこの場を離れなければ、問題は解決しないみたいだな」
「ちっ。わかったよ。今日中に解散すっか。今回は全く無駄な会議でもなかったしな」
「残る!」カルロ大公が眉を頑なに潜めて、いった。
「残る。カレンが残る、カルロものこる!」
「あ? おめーの好きにしろよ。別に止めるやつなんていねーし」
アエミリアヌスは運ばれてきた紅茶を一口飲んで、金貨をおいて席を立った。
「ロンバルディア、ダンジョン突入は明日朝六時。それで間違いねーな」
「はい」
「よし、撤収だ。高みの見物させてもらうぜ」
「えー、本当に帰っちゃうんだあ。どんちゃん騒ぎ、楽しみにしてたのに~」
「ミーリア……嘘くさい」
トリナクリア王国のキアラ・モンテ家がボソリとミーリア・ウェンディ家の芝居を刺した。
わたしはコンスタンティン王太子と握手を交わすと、各国首脳とも握手を交わしてカフェの前で別れた。非公式と言ってもみんな専用の貴族馬車でジェノヴァへ向かうようだった。
わたしとヴァンダーも駅馬車で帰路についた。行き先は、クレモナだ。
「カレンっ!?」
「えっ?」
駅馬車のドアが開き、カルロ陛下がにっこにこで乗ってきた。
「カルロ、カレンと帰る!」