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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第9章 パヴィア王墓ダンジョン探索行
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食糧サミット1日目終了



 その後も、異世界食糧サミットは続いた。

 ジェノヴァ協商連合の農務大臣ヤニーノ・カスティリャーノが穀物相場の一年動向をチャートにして説明する。この世界にはないグラフだ。この人も転生者なのだろう。


「ま、うちはアエリアヌスんとこと戦争中だからねえ。年内はこのままかな」


 アエミリア・ロマーニャ王国王太子コンスタンティンが他人事のように言った。


「まだ続けるの?」

 トスカーナ大公がうんざりな眼ざしで訊ねる。なんかエロい。


「さあね。帝国(あっち)に訊いてよ」

「うちは割とまだいけるぜ」と帝国皇太子が不敵に笑う。


 コンスタンティンは肩をすくめて、


「どっちにしても、御前試合の期間中に通例として国王陛下と皇帝陛下が首脳会談を開く場にもなってるし? 多分、その辺で停戦すんじゃないの?」


 御前試合は脳筋剣士ばかりが力比べで集まるだけかと思えば、政治面にも使われてるようだ。意外と馬鹿にできないイベントらしい。


「うちは毎年米の栽培を軌道に乗せようとしてるんだけど、毎年マラリア被害に足を掬われてきたからね。虫追いを祭として民衆に浸透させば、米栽培に着手する農家は増えるはずだ」


「あと、肥料だと思います」わたしは口を挿んだ。「ただの湿地に種籾を撒くのではなく、ちゃんと整地をし、土壌を肥やして米に適した環境を作ってやる事が必要だと思います」


「初期投資が必要だと?」

「うーん、それなら小麦の輪作を考えてみてはどうでしょう」

「ん、小麦の、輪作って?」


「三年に一回よお」

 カルロ大公が無邪気にいった。


 知っているのか、カルロ。わたしの背筋がまたふるるっと震えた。


「小麦を通年にわたって栽培して土地が痩せれば休耕地にするのではなく、三年に一回、四年に一回といった間隔で米に植え変えたり、ジャガイモや牧草を植え変えることで、稲や小麦特有の虫の定住を抑えたり、土壌を疲れにくくさせて使っていくんです。そのためには堆肥(たいひ)などの有機肥料をつかった土壌養分の補給は必要不可欠だと思います」


「タイヒを使って……年単位の農耕サイクル、か、面白いアイディアだ」


 コンスタンティンは真摯な様子でメモを取り、それを読み直して頷いた。ふざけているようで頭脳は明晰らしい。


「コンスタンティン、本当にやれんのか?」皇太子が怪しむ目を向けた。

「弟がやる」


 その場の全員がずっこけた。



 会議が終わり、遅い昼食会になった。

 場所を会議室から食堂へ移り、リゾットを振る舞われた。 

 ヴァンダーはほうれん草と塩鮭のチーズリゾットと、きのことクリームソースリゾットを一つの皿でよそって食べる。クリームソースはブイヨンでしっかり味付けてあり美味かった。


「ヴァンダー卿」


 声をかけられて顔を上げると、サヴォイア公国補佐官のルーヴァン・メッセが皿を持って歩み寄ってくる。赤髪赤髭の二八歳。青い軍服に引き締まった体躯は痩せているようで鍛え抜かれた鎧を思わせた。公国に文武の守護天使あるならば、彼は武の方であった。


 本職は万騎長で階級はヴァンダーと同じ公国少将である。彼が率いる一千騎二部隊編成の近衛双子魚(ピスケス)騎兵団の武勇はボルトン王国にまで轟いている。グラッグの乱に現れた火炎騎士エストラゴール・フェネクスに五十騎で立ち向かい、足止めには成功している。


「メッセ。陛下の紙芝居、また筆の冴えが増したな」


 ヴァンダーが褒めると、万騎長は我が事のように目を細くした。


「陛下は、卿が伝えた紙漉きで作られた画用紙がずっとお気に入りだ。どこにでも持ち込まれて周囲を困らせているよ」


 カルロ大公は今もテーブルの隅に座って、食事そっちのけで何かを描いている。彼は突発的にひらめきがあると所構わず絵を描き始める。しかも描線が非凡なので誰も止めようがなかった。


「残念ながら、今のところ女性を描くご気分にはならないようだ」

「そうか。ま、うちも似たようなものかな」

「カレイジャス殿下のお体はもういいのかい」

「ああ、復調された。今では剣の冴えに俺でも息を呑むときもある」

「ほう」


「今度、機会があれば相手になってくれないか。公国万騎長なら喜ぶ」

「待ってくれ。喜ぶ? カレイジャス殿下はもうそんな域に入ったのか」

「この間……とある場所で[ヒエラ・アナグラフェ]と交戦した」


 メッセが顔を寄せて声を潜める。


「ヴァンダー卿。さすがにここは奴らのテリトリー内だぞ」

「心配するな、すぐ終わる。十二人いて、半分は殿下が処理した」

「な、にっ」


 メッセも目をみはる。個々が密偵というより暗殺者に近い技能だからだ。


「もうどこに出しても恥ずかしくない剣士だよ。あとは婿取りだけだな」

「それは……最大の難敵だな」

 二人の武人は声を潜めたまま笑った。



「ねえ、ヴァンダー」

「どうした?」


 帰りの駅馬車内で、わたしは画用紙を開いていた。


「カルロ大公陛下は農作業とかされるの?」


「ん、まあ。立場が立場だけに、あまり大公宮の外へは出かけられないかな。宮内で花の交配や苗の試験栽培をされているな」


「そっか。そうだよね」

「急にどうした?」

「別に。ただ、共通の趣味を持っている人と会えるのって楽しいなって、思っただけ」


 農業者は農業者を知るといったところか、ヴァンダーはそう解釈したようだ。


「そうだな。なら、友だちになって差し上げたらどうだ」

「どうやったらいいの?」


 ヴァンダーはわたしに顔を戻してから、見せる画用紙に目をみはった。


「これは……っ」


 わたしは少し気恥ずかしくて画用紙を閉じて、微笑んだ。


「わたしの似顔絵。修道院を出る前にもらったの。写真みたいでびっくりしちゃった。わたし、モデルなんて頼まれてもいないのにね」


 わたしは言葉にするだけで胸があったかくなった。


「そうだ、手紙でも書こうかな。文通から始めてみようかな」

「から……ああ、それがいいだろう」


「いっそエイセリス。こき使ってやろうかな」

「あれはやめておけ。あいつなら当然の役得と称して中を盗み見られるぞ」

「それもそうか……ふふっ」


 わたしはなんだか湯当(のぼせ)たみたいな気分で、ふわふわと笑っていた。

 こうして最初のパヴィアは大したトラブルもなく終わった。



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