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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第9章 パヴィア王墓ダンジョン探索行
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カレン、運命の邂逅



 アエミリア・ロマーニャ王国 王太子コンスタンティン

 サヴォイア公国 大公カルロ

 ヴィブリス帝国 皇太子アエミリアヌス

 ジェノヴァ協商連合 農務大臣 ヤニーノ・カスティリャーノ

 トスカーナ大公国 大公エリザ

 トリナクリア王国 ミーリア・ウェンディ家 キアラ・モンテ家 ネット・パッサー家

 ロンバルディア王国 王太子カレイジャス


 国家元首が二人、それに準じる公子がわたしを含めて三人もいた。名ばかり会議では終わらない自国の威信と食糧事情の切実な憂慮のようなものを感じた。


「ヴァンダー」

「うん?」

「あの暦を出しちゃ、ダメ?」


「カレン。それはあの手記のことか?」ヴァンダーの声が緊張をはらんだ。「不確かな情報を出すべきではない。次回があればその時までに新暦を試し、作物の収穫量を旧暦との収穫量と比較して論拠にするべきだろう。本来は四、五年かけて新暦の実績を積み上げておくべきなのだろうがな。それに、どの国も教皇国とは親密だ。教皇国は知識で面子(カオ)を潰されるとうるさい。特に暦の存在は匂わせただけでも目の敵にされかねんぞ」


「あっちは古臭い、手前勝手な知識を押し付けてくるくせに?」

「学問権威とはそういうものだ。どうしても出したいときは、耳を痛くする程度にしておけ」


「耳が痛い程度ね、承知。あとさ」

 わたしは会場のメンツを見廻した。

「なんで、ジェノヴァ協商連合いがい、みんな若いわけ?」


 ヤニーノ・カスティリャーノは四十前後で、一人だけ突出して年長なので居心地が悪そうだ。トスカーナ大公は落ち着き払った威厳を感じる女公で、物憂げ(アンニュイ)な感じ。それでも二十歳を超えていないはず。あと、ヴィブロス帝国皇太子はさっきからスマホをいじってばかりだ。


 あれ? あのスマホって。


 わたしも成り行きで持っている〝(カード)〟だ。まさか、あいつ……。

 そこへ会議室のドアが開き、聖職者が入ってきた。今さらながらにここが教皇国のテリトリー内だと気付かされた。


「それでは、会議を開幕させていただきます。今回もホストを務めさせていただきます。パヴィア修道院院長ラテリウスと申します。以後お見知りおきください」


 肌艶の良い温和な笑顔を浮かべるが、若者全員が無視。いっそ清々しさすら覚える。


「んで、誰から行く?」


 スマホ皇太子がスマホから顔を挙げずに言う。


「ねえ、この間ロンバルディアから変な手紙来たじゃん。アレ説明してもらいたいんだけどぉ」


 トリナクリア王国の、えーと。三人の誰だ。十二、三歳のそばかすツインテール。国の代表なのに子どもだけで三人も来んなよ。


「え、わたし?」

「んじゃ、持ち時間十五分でいいよな。よろ」コンスタンティン王太子が進行する。


 しっかり弁論時間があった。わたしは席を立ったけど、どこから話を切り出せばいいのか戸惑った。


「えっと。まず、毎年雨期に起きる熱病で多数の被害が起きるマラリアについて話します」


 マラリアの説明は前世界の通説だ。実際、この世界で本当にハマダラカが病原虫を媒介しているかどうかは顕微鏡がないと実証できない。


「それほどまでに詳細な病因を研究しているのなら、発症した場合の対抗薬は、あるのかしら」


 トスカーナ大公エリザが肘置きに頬杖をついて月琴のごとき澄んだ声で問う。


「あります」

 わたしは明言した。

「ですが、ここでの詳細な製法は差し控えさせていただきます。我が国にも国益がありますので」


「え~っ」トリナクリア王国が子供らしい不平を鳴らした。


「そりゃそうだな」スマホ皇太子がスマホを弄りながらくくっと笑う。


「ただ、その薬に頼らずとも、患者に海塩と柑橘(かんきつ)果汁を混ぜた水を多く飲ませ続け、熱が下がれば生存率を改善することは可能と考えています」


「その水、どれくらいの期間、与え続けるの?」

「個人差によりますが毎日ワインボトル三本分程度を与え続け、発熱後一週間から二週間ほど」

「多いし、長いわね」


「先程も申しましたとおり、血液を破壊することによる発熱病なので持久戦が求められます」

「そう。わかった……米の栽培のせいではなかったみたいね」


 質問がなくなったのでホッと着席しようとすると、修道院院長が手を上げた。


「ロンバルディア王国、そのような知識をどこで学ばれたのですか?」


 うわ、でた。知識の面子。わたしが返答に困っていると、


「おい、ホスト。しゃしゃり出てくんな」

「推参よ。ラテリウス司教」


 意外にもスマホ皇太子とトスカーナ大公がかばってくれた。


「お、恐れながら、皆様方も気になりませぬか。あのマラリアの対抗薬ですぞ?」

「おい、ホスト。俺の国じゃ、〝好奇心は猫を殺す〟って言葉があってな」

「はい? 猫?」


「妙な好奇心で、どこでもかしこでも首を突っ込んでくる猫は、自分が突っ込んだ穴で首を落とされるまで危険に気づけない。って話だ。お前はテメーの首が落ちるまで突っ込むマヌケか?」


「は、ははっ、これは出過ぎた真似を。お許しください」


「あとな、ここの議事を隣の部屋でってるのはバレてっからな。教皇国(おやもと)報告(チク)んのは認めねえ、ここで話した〝転生者の知識〟はお前に独占させてやる代わりに、この修道院を会合場所にしてやってるんだってことも思い出せよ。ラテリウス。個々の情報が外へ漏れたら、俺たちは何があってもお前の首を刈り取るってな」


 その脅しでようやく、聖職者の顔が青くなった。

 転生者。わたしはそっと後ろに控えるヴァンダーを見た。銀髪剣士の顔が左右に振られた。

 この会合は単純に国際会議というだけでなく、転生者の集まりでもある。


 次にサヴォイア公国カルロ大公が指名された。


 彼は立ち上がると、いそいそと後ろの男性補佐官から大判の紙の束を受け取り、その紙をわたしたちに立てて向けた。


【のうじょうリサイクル】


「あるひ、カルロは子牛を一頭かいました」


 紙芝居。しかも絵が写真のように精緻で立体的だ。ほかの参加国も笑ったり茶化したりせず、黙って紙芝居を見ている。


「子牛はまいにちフンをします。カルロはそのフンをかたづけます。重いですががんばります。ふゆになると、そこからけむりが出てきて、はっこうねつがでます。くさくてあついので、まだ畑にまけません」


 今、発酵熱って言った?


 微生物が牧畜の排泄有機物を分解するときに出す放熱のことだ。摂氏七十度から八十度にもなるので、熟成する前に土壌にまくと土壌内の微生物を殺して作物の生育が悪くなる。


「はるになって雪どけのころに、フンはくさくなくなって、カルロはそれを種といっしょに畑にまきます。すると種は元気にそだって、りっぱな小麦になりました。その小麦はおいしいです。麦わらは子牛のごはんになります。それで子牛はまたフンをします。一年がたちました」


 おわり。


 その場の全員が拍手すると、カルロ大公は赤ちゃんみたいな笑顔になって、嬉しそうだった。


 なんか可愛い。そして、天才か。


 なんとも言葉にできない、背筋にゾクゾクとした感動を覚えていた。


 わたしの前に、本当に農業を知っている男子が現れた。



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