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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第9章 パヴィア王墓ダンジョン探索行
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バルデシオ邸、急襲



 本当に来やがった。

 バルデシオは二階の客間から、敷地内をぐるりと囲まれていくのを見て取った。


「市長。使用人の地下への退避、終わりました」


 警備長ナダルが報告に来ると、バルデシオは廊下に出た。


「ナダル。敵の数はざっと二、三十だ」

「え、三十ですか。彼らに何をなされたのです?」

「まったくだな。こっちが聞きてぇよ」


 当直の警備兵は七人。うち、二人を使用人の護衛として一緒に地下のワイン倉庫へおろした。

 残り五人で地上に踏みとどまり、防衛に徹することを選んだ。使用人と一緒に地下で防衛することも考えたが地下には脱出口がない。地上で火をかけられたら蒸し焼きだ。


 頼みの援軍が悪友ヴァンダーというのがなんとも複雑な気分になる。この前、酔った勢いで辞職を口にし、かなり汚い手で一本取って喧嘩別れしたばかりだ。


 翌朝、頭痛のする頭で考えたら、なにもヴァンダーを介して辞職する必要がないことに気づいた。正式に執政官選定審議委員会へ辞職願いを申請すれば、執政官など代わりはいくらでもいるのだ、数日のうちにお役御免になれた。実は辞めるのは簡単なのだ。


「もしかすると、あいつに甘えてたのかなあ」


 三十も過ぎたいい歳をしたオヤジが結婚もせず、親友と飲みながら愚痴を聞いてもらい、喧嘩して、最後はワガママを押し通した気分で帰宅、翌朝、罰が当たったみたいに二日酔いだ。


 後悔は先に立たず。聖人の痕跡を追いかける銀蝿が来る。マーレファの予言に半信半疑ながら乗ったら、予想外に襲撃者の数が多くてげんなりする。


「まさか、この世界の暦がメチャクチャだとは気づかなかったぜ。執政官失格だな」


 今が何月何日なのかはわかる。市役所で毎日記録しているのだから間違えようがない。暦はそういう数字で表せるのはごく一部だ。いつに種まきをして、いつになったら収穫できるのか。その期間を示すのが暦だ。一年を区切って、農作物の適撒期に人を動かし、その後の収穫期で借り入れた穀物を租税にかける。農業で発想するのはバルデシオ家に生まれるよりも昔に取った杵柄だが、寒暖周期の流れや四大精霊の勢力周期を予測できれば、農業や漁業にも恩恵がある。


 悪い例で言えば、三年前。四年ぶりに教皇国で新暦の発令がなされた。だがロンバルディア国内では、その新暦を使ってはならないという内部通達が回った。結果、新暦を使って農業をした北東のヴェネーシア共和国は凶作と不漁と水不足の三重苦に陥った。他の国々も自発的に新暦を使わなかったので人が極端に飢えることはならなかった。


 その教皇は対外的に面目を潰し、宝暦編纂室の職員全員を処刑した。


 困ったのは次の教皇だった。宝暦編纂室が解体されたので、新暦を作り直したくてもできなくなった。そもそも新暦が間違っていたのなら、さっさと旧暦に戻せばいいのに一度出した暦を引っ込めることは新暦発令国としての沽券に泥を塗る。だから三七年にわたって使用された旧暦よりも優れた新暦にこだわった。


 では、従来の旧暦は誰が作ったのか。


 歴史書を紐解けば教皇ウルバリアヌスⅡ世、ボニファティシオスⅧ世の共同編纂ということになっているが、その二人に従って暦を作成した宝暦編纂室長がヨハンネス・カンパヌスだった。「高徳の治」として歴史に残す教皇国繁栄の基礎となったのが確かな暦。そう評価する歴史家は意外と多い。


 そんなわけで、新暦を使える予報にするためには、ヨハンネス・カンパヌスを探し出して教皇国へ連れ戻すか、それができないのであれば、せめて彼の手記の回収を命じた。


 命じた高官は新宝暦編纂室の関係者だったのだろう。カンパヌスに戻られて自分の地位を危うくする真似はしたくなかったのか、いつの間にか手記の回収だけが主目的になっていた。


 そして、ロンバルディア王国クレモナで倒れ、執政長が自館に迎えて休養中だという情報が流れた。もちろん、流したのはエイセリスもとい、ファルケン・ガルコだった。


『カンパヌス師の後顧の憂いを断ちます。殲滅作戦をお願いします』


〝星霜〟マーレファの指示は明確単純そして、厳格だった。


「なんだかなあ。囮役ってのも損な立ち回りだな」

「市長、今更すぎませんか?」警備兵たちが苦笑する。

「だって、自分ちが襲われても、他の執政官と報酬(ギャラ)おんなじなんだぜ?」

「たしかに」

「執政官、マジで辞めたくなってきた。よし、廊下に水をまけ!」


 バルデシオの合図で、警備兵たちがバケツで廊下のドアや壁や床に水をぶちまける。それからバルデシオと五人の警備兵は廊下で短槍と剣を構えて襲撃を守った。


 やがて、窓ガスが割れる音がして、ドアの隙間から煙が漏れ出した。だが漏れた程度の煙は壁や床の水に吸われ、さほど拡散しない。


 沈黙。そして、室内からドアが開けられた次の瞬間、警備兵二人が現れた人影を槍で突き倒す。人影は断末魔の息吹とともに崩れ落ち、ドアがまた閉められた。


『廊下で、住人が待ち伏せているぞ。数は不明。だが数人だ。警戒しろ』


 くぐもった声で襲撃者が仲間に指示を飛ばす。その時だった。


『ファルケン・ガルコ。屋外で接敵、交戦中。相手は銀髪の魔法剣士〝屠竜〟ヴァンダーの模様』


『もうここの襲撃に気づかれただと。早いではないか。外の哨戒班に対応させろ。我々の目的は、カンパヌスと書類だ。ドアをぶち破れ!』


「よし、おれ達もかかるぞ。――強盗だ! 強盗が入ってきたぞお!」


 バルデシオがドアの蝶番(ヒンジ)を素早く抜くとドアノブを持って、室内に飛び込んだ。ドアを蹴破ろうとした襲撃者は完全に油断して突進してきたドアに衝撃、反対側の壁まで押し切られてバルデシオにドア越しから槍で貫かれて絶命した。


 市長の後ろに続いた警備兵五人もまた襲撃者におそいかかった。




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