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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第8章 ヴァンダー復活
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グラッグの乱とカレンの奇策



 三方から怒涛が砂煙をあげて押し寄せてくる。


 南からボルトン軍主戦派一五〇〇。

 北からロンバルディア王国軍三〇〇〇。

 そして北西、公都トリューン方面からサヴォイア公国軍七〇〇。


 足並みが揃っているわけではなかったが、標的は示し合わせたように同じだった。

 ボルトン軍の騎馬隊が田舎の道を長蛇となってを整然と走ってくる。


「ヴァンダー、わたしたち数人に、なんであれだけの軍勢を投入してきてると思う?」


「一つは、マーレファが禁呪と呼ばれるクラスの大魔法を使えるから。二つは、数に物を言わせた威圧による降伏勧告と逮捕拘禁。三つは――」


「三つは?」

 

 説明をやめたヴァンダーが見つめる方へ、わたしも目を向けた。


 異変は、彼が見つめる空からやってきた。


「お取り込み中の皆さんお騒がせしちゃうよぉ~っ! ひっさびさの戦場スメルがサイコーだあっ、シャバダバドゥ!」


「うわ。でた」わたしは思わず声に出していた。


 ボルトン軍の後方上空から火炎の大翼がはばたかせ、一騎の真紅の騎士が空から滑降してくる。


「尋常ならざる魔力だ、異界の魔王クラス。あんな怪物が現れれば、逃げ出したくなる」


 ヴァンダーも不測の事態に剣を構えた。わたしはばつ悪く目をそらせた。


「あの、さ。ヴァンダー、ごめん」

「いきなり、なんの謝罪だ?」

「あれ、タラゴンなの」

「タラゴン? ……なんだって、あれが!?」


 ヴァンダーは目を見開き、面目なさそうにするわたしと彼方の炎翼の騎士を交互に見比べる。

 邪竜に体を支配されていた間、革兜衆もいろいろあったことをまだ説明しきれていない。


 夏の陽射しのごとく容赦なく迫ってくる炎翼魔王エストラゴール・フェネクスは、紅蓮馬で地上の騎兵隊を次々に蹄にかけ、灼熱の斬魄鎌(デスサイズ)を右に左に、牧草のように兵を刈り散らしていった。


 戦場に爆ぜる阿鼻叫喚の絨毯に、炎翼魔王はハイテンションだ。


「ソウルフルな歓声ありがとぉ! ぼくチンを痺れさせるお前らとわが主に深淵から愛をこめて。さあ、もっと騒げ、踊れ、そして散れ! おれは蹂躙、お前ら憐憫、ドゥピドゥワ、ドゥーワップ!」


 今、わが主って言った。それって、わたしのことなんだろうか。心の底から嫌なんだけど。


 炎翼魔王は炎旋風となって軍籍の別け隔てなく、微塵の情もなく暴れまわった。


 各軍団の兵士たちはまるでそこが脱出口であるように、わたしとヴァンダーがいる畑の中へ馬とともに走り込んでくる。


 でも、彼らの悪夢はここからだ。


 先頭の軍馬が、畑に盛られていたうね(作物を植えるための盛り土)を踏み抜くや、次々と転倒した。柔らかい畝の中に麻縄を張っていた。かりそめにも戦闘状態にあり、今また火炎の怪物に追い立てられていた騎馬隊は全力疾走の撤退先で畝を踏んだ。

 馬が何に足を取られたかわからぬまま騎手は鞍から放り出され、十数メートル先の地面に叩きつけられた。


 麻縄の存在に気づけず、騎馬は続々と突っこんで馬ごと転倒した。後続がようやく罠だと気づいて回避行動をとるが、その先でも土中から飛び出してきた丸太に衝突、人馬一回転。もんどり打って丸太の下の溝に落下した。


 これは〝踏み罠〟という。溝を深く掘った場所に丸太の末端を浮かせるように並べ、橋に見立てるため、その先の部分を土で隠したものだ。


 馬や人が横になった状態の丸太橋を踏むと、テコの原理で柱が土中から起き上がり、痛打する。この罠のミソは溝の上に並べた丸太の下に拳大の丸石を置くことで、スムーズに跳ね上がる。


 お祖父ちゃんはこれで、一メートル下の穴に頭部から出血した猪や鹿、ハクビシンを引き揚げていたがある。害獣駆除が目的だけど、良い子も悪い子も真似をしてはいけない。


「罠だっ、罠があるぞ!」


 騎兵隊が口々に注意喚起して速度を落とすが、もう遅い。ここからがわたし達のターン。


「放てーっ!」


 踏み罠がなくなって溝を飛び越えた瞬間、三十メートル先の塹壕から土をかぶせた布を払って現われたマントヴァーニ家のコボルト隊が一斉にボウガンを放った。


 ズバンッ!


 弦鳴り音とともに箭が一斉に人馬へ横殴りの黒雨となって叩きつけられた。

 百人一列の三段撃ちを三巡したところで撤収をはじめる。その頃にはボルトン軍の騎兵規模は、半分になっていた。


「敵襲だ! 追えーっ、殺せーっ!」


 敵さえ視認できれば、あとは軍人の本懐。百騎近くの騎馬が怒りと殺意を槍の穂先に灯して、マントヴァーニ隊を追いかける。


 わたしはそれも想定していた。だから今度はさっきよりも畝を少し高く盛った。


 畝を踏まないように走らせた中でまあ軍馬がつんのめって転倒し、騎手を振り落としていく。

 畝と畝の間に、地面に埋めこんだ壺に馬脚をつっこんだためだ。


 これは〝壷罠〟という。馬の脛が浸かるほどの穴の底に生コンクリートほど柔らかい重い泥を詰めた壺を設置しておいた。その数、五百余り。地雷原なみの落とし穴の数だ。


 本来はヘビやネズミ用の落とし罠なんだけど、たまに野良猫が丸まって入っていることがあって、わたしも慌てて引っぱり上げたりしていたものだ。


 この罠制作に、一人金貨一枚で周辺の町村に人手を借りにいった。


 焦土作戦中だから最初は五十人くらいを見積もっていたら、四百人近くも集まってこられた。彼らに「焦土作戦で普通に住民がいたらまずいよね」と訊ねたら、彼らはリグリア海沿岸都市に住んでいた津波避難民で、内地の住民は公都へ避難済みとのこと。


 なんか申し訳なくなって、つい全員雇ってしまった。お金なら大公爵からもらったファイトマネーがたんまりあったもんで。


 その甲斐あって、罠設置は半日で当初予定の倍、すべて完了。講和会議の日程も短縮できた。

 次々に馬が壷罠に足を取られて転倒し、投げ出された騎手が立ち上がるところから、またボウガンの餌食になった。


 そこへ後方からエキセントリック&ハイテンションな火炎魔王が大鎌を振り回して追いかけてくるのだから、ボルトン軍にとっては悪夢のような情況だ。


 ヴァンダーが戦局を見極める将軍の目で、そっと動いた。


「カレン。あの炎の死神騎士がタラゴンなら、そろそろ止めさせたほうがいい。行き詰まった兵士たちが正気を失って敵味方で本気の交戦を始めたら、全滅するまで止らなくなる。地獄絵図になるぞ」


「あ、はい。でもアレ止まるかなあ。――ねえ、オレガノ行ける?」


 わたしの影から銀髪の革兜衆が飛び出してくる。容姿がクレモナにいたゴブリンと二段階も変化しているので、ヴァンダーが面食らった顔をしているのが、なんか新鮮。


「バジルのやつ、あの魔王を解き放ったのか」オレガノが炎翼魔王を眺めて言う。


「みたい。出したはいいけど、どうやって止めようかなって」


「いきなり大技になるが、四人の於都里綺(おつりき)を合わせて〝影龍〟というのをだしてみる。それでダメだったら、おれ達も逃げよう」


「それ、承認」


 革兜衆が横一列にならび一糸乱れぬ所作で印を結ぶ。自分たちの影が伸びてうねり、黒龍に変わった。東洋の龍なので、ヘビに近い。


「タラゴン、戻りなさい!」


 わたしが空へ叫ぶと、黒龍が上昇し、炎翼魔王に襲いかかる。

 せつな、あっさり両断された。


 あ、だめだこりゃ。

 思わず声が出そうになった時、その両断された龍の影が細分化されて百頭龍(ヒュドラ)変化(へんげ)し、炎翼魔王を鷲掴みにした。


「ホワッツ!? あんじゃこりゃあ。なんでぼくチンがこれくらい脱け出せないわけぇ?」


 プラモデルの人形が黒い手袋に握り潰されるように包まれ、地上に引きずり降ろされる。

 そこへ小さな影が駆けてきて、炎翼魔王の顔面に回し蹴りが炸裂した。


 バジルだ。


 炎翼魔王はとどめの一撃を食らってのけぞり、地面に叩きつけられると影の百頭龍の中に姿を消した。

 良かった生きてた。わたしが声をかけようとしたら、バジルがこちらを見て南を指さす。


 目で追っていくと、槍の聖騎士が一人の男を肩に抱えて風のように迫ってきた。


「よお。お嬢、悪いんだがこいつの話、聞いてやってくんない?」

 甲冑からいその臭いを漂わせる聖騎士(ランブルス)面貌バイザーをしたままいった。

「グラッグってヤツとはもう縁を切りたいんだってさ」


 相手の素性にわたしは心当たりはなかった。かわりに、わたしの横で殺気が膨れ上がった。


「クラウチ・ヴェルトロース……っ、生きていたのかっ!?」


 ヴァンダーの表情に長らく思い悩み、燻り続けていた禍根が、驚きと怒りとなって燃え上がっていた。




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