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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第8章 ヴァンダー復活
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延長戦 勇者・拘尸那城《クシナジョウ》



 氷結系大魔法〝冬厄災風狼剣(フィンブルヴェートル)の直撃を受けた邪竜サルフォロバスは陥没した石床の底で倒れていた。


 邪竜サルフォロバスは不死者である。

 大魔法をもってしてもまだ生き続けているだろう。


 それならば、相手の不死を逆手にとって再生して立ち直る時間に抗生薬を体内に流し込んでやろう、というゴリ押しの強襲作戦だった。


 いざ始まれば初手からわたしが狙われたので虚を突かれたけど、なんとか魔法完成の時間を稼ぐことができた。


 作戦の中核だった佐藤さんは前のめりにへたり込み、全身で大きな呼吸を繰り返していた。


「佐藤さん、お疲れ様でした。大丈夫ですか」


 声をかけたら、佐藤さんは疲労困憊の顔で少しだけやり遂げた微笑みを返した。


「ごめん一分……三分だけ、シャットダウンするわ」


「えっ。あ、佐藤さん、まっ――」

 佐藤さんが顔から地面に突っ伏すので、急いで抱きとめた。

「マーレファを呼び出すって約束、どうするんですか」


 訊ねてみても、答えは寝息になってしまった。


 ……ビリッ  ……ビリッ


 湿った薄い布を裂くような音が耳にさわった。

 なんの音だろう。夏の外気でシリンダーの氷が溶けている音だろうか。


 ……ビリッ  ……ビリッ


「新沼さん……無事ですか?」


「けほっ、げほっ。なんとかね。とっさに〝匣〟より地面に魔法で穴を作って飛びこんだのは、正解だったみたいだよ」


 自分だけね。という嫌味は今となっては言いっこなしか。他の仲間にも声をかける。


「菊池さんは、やっぱりなんともないの?」

「やっぱり?」


「前回も魔法防御が鉄壁だったよね」


 そういえばそうだ。なぜだろう。


「すいません。それに魔法無効のスキルは――」


responsum:[豊穣神の加護]に氷結・炎熱効果無効。また、炎翼魔王エストラゴール・フェネクスのスキル情報に[魔法ダメージ無効]と[全状態異常に耐性]。


 ガイドよ、それを早く言え。わたしは腰にぶら下げた魔石をいれた袋をそっと撫でた。


「アポリ先生、無事かい?」


「生きてるよぉ。俺はアントネッラで、先に氷雪でカマクラを作って、なんとか……出られねえっ、やばっ。誰かー」


「ゆっくりしてていいよ。ティグラートは、ティグラートっ!?」


 呼びかけても筋肉ダルマはフェンスに背中を預けて座り、霜降り状態で幸せそうな笑顔を浮かべてうなだれていた。雪山遭難者みたい。山の凍死は笑顔で逝く。父さんが言っていた。


「あれ、まずいよ。魔法三倍ダメージのネガティブ効果だっけ」


 新沼さんが穴からやおら出てくる。

 わたしが先に大股で近づいていく。


 ティグラートの身体強化[獣紋聖痕(パラベラム)Ⅲ]のマイナス効果なら、ひとたまりもなかったろう。でも別スキルの[魔甲星装Ⅱ](フレイザージャケット)の魔法防御力まで貫くわけじゃない。


「ガイド。[魔甲星装Ⅱ]のスキル効果」


responsum:[STR3倍][全魔法防御耐性30%]


「思わせぶりに気絶してんじゃあねえ!」


 わたしは歩み寄って踵で〝歩く要塞〟の腹を蹴って「気つけ」してやる。


「ぐほっ!? んあ、あれ、おれは? うぐぅ、全身痛ってぇ……凍傷か? もっと優しく起こせねーのかよ」


 助けてもらって悪態とはいい度胸だ。わたしは腰ベルトに挿した携帯用の回復ポーションを抜き出し、投げてやる。量が少ないから大幅な回復はないけど、ないよりマシだ。


「まだ寝惚けていい時間じゃ……ないよ」


 ゾク……ッ。背後に凄まじい寒気を覚えた。


「あぶねーっ、お嬢っ!」


 ランブルスの鋭い声と同時に、わたしとティグラートが左右に跳び離れた。

 厚さ十一センチのアクリル壁に出刃包丁が突き刺さる。


 小太刀を抜くより早く、出刃包丁がわたしの喉笛を一閃する。


 見えない。脳が拒絶する。この場の敵の姿が見えてこない。


 ガギンッ!


 金属音が鼻先で爆ぜた。わたしの意識がようやく新たな敵の像を結ぶ。


 白い頭蓋骨にピンクと赤の筋繊維がまといつく途中、まぶたもない剥き出しの眼球が無機質な視線を向けてきた。


 目を見開くわたしと目線が合うなり、顔面の筋繊維が不意に緩んだ。笑っているらしい。


 わたしと人体模型の間に割り込んだのは、黒ウサギ帽子の小鬼。バジルの小太刀が出刃包丁を止めていた。


「お嬢っ、なんなんすかコイツはっ?」


 バジルが気味悪そうに敵意をこめて吐き捨てる。その頼もしさに思わず背中から抱きしめたくなる。


「たぶん人だけど、もう人じゃ、なくなったのかも」


 世界に祝福されて生まれ出るべき人の生命が、こんな冒涜的で邪悪な誕生の仕方をするはずがない。

 わたしは無詠唱の火弾をつかみ、バジルの肩越しから人体模型の顔面に投げつけた。


 さすがに火を嫌い、バジルの追撃を警戒しつつ距離をとった。

 残像が床を滑るように離れた。そのいくつかのコマが飛ぶ。

 見た人影を脳が処理しきれていない。気持ち悪い。これが脳も拒絶する、恐怖なのか。


「バジル、一片の容赦もするな。あいつにわたし達の背中を抜かれないで!」


「了解っす!」


 わたしは視界のすみで、背後の佐藤さんを見た。

 アクリルフェンスの壁際にそっと寝かせてある。

 もしかするとこの状況は、彼女にとっては幸運な気がした。

 自分を殺した悪魔と三度も対面させるのは辛すぎる。


 わたしは回復ポーションを飲み、次の紅金色をしたポーションボトルを後背から新沼さんに投げ渡す。

 新沼さんはそれを受け取って飲むフリをして、フードの袖に滑らせた。


 そこから数十秒かけて、人体模型が人の体に復元していった。

 黒髪の美しい顔立ちをした二十代の青年だった。


「ねえ、前回はこんなモンなかったはずなんだけどなあ。ここ、なに?」


 ややトーンの高い中声には敵意も殺気もない。全裸であること以上に、右手に掴む大きな出刃包丁が気になった。毎年北海道にいる父が年末に送ってくる寒ブリ一本を、祖母が捌くときにしか見かけないほど大きな鬼包丁だ。


 そして復元が完了するや顔の側面と全身に醜い黒鱗がフェイスガードとフィットスーツみたいに肌を覆いはじめた。


「あれ? あれあれれ。何これ……」


 もしかして邪竜がヴァンダーからこの殺人鬼に移動した……っ?


「ねえ、お前ら何?」

「あなたこそ、なんなのっ?」

「聞いてるのはボク、質問に答えなよ。殺すよ」


 わたしは小太刀を正眼に構え、ヴァンダーの方を一瞥する。


「わたし達はここで、主催者の用意した魔王と戦ってた、だけだよ」

「魔王……ああ、あれのこと?」


「まさか、あんたがその息子ってわけじゃ、ないよね?」


「八度目も他人の死体から生まれた。でもこの建物、修道院じゃないよな」


「修道院?」


「前は修道院の婆さんだっけ? ボクさ、最初の蘇生に失敗したみたいで、ずっとここで心臓を失ってたことになってるんだよね。それにしても、こんな生贄付きの蘇生スキルなんて、よく思いついたもんだよねえ」


 修道院、心臓? 他人事で話すから、何を言っているのかわからない。もう自分が生きてるのか死んでるのすら、どうでもよくなっているのではないか。


 それともこれが殺人鬼の素の性格なのか。


「前回は世間知らずの令嬢がホイホイ寄ってきて、ポイントもすぐ貯まったんだけど……今回はちょっと貯めるのメンドいか?」


 女性の、人の殺害をポイントというゲーム感覚の思考回路に吐き気をおぼえて、押し黙る。


「ねえ、お前らさ……なんか見憶えがあるな」


「え、はあっ?」


「いや、ある。とくにそこのゴブリンの黒い毛皮帽子。お前、ボクに砂袋を落とさなかった?」


 バジルがわたしを見る。わたしはアイサインで発言を許可しない指示を出す。


「お前もよくよくみれば、そのの琥珀色、それが暗い廊下を走ってきた」


「暗い廊下はどこにでもあるでしょうが、夢でも見たんじゃない?」


「夢なら、この世界全てが夢じゃない? それどころか女警官に撃たれたことすらもさ」


「ごめん、何の話?」


 しらばっくれた。佐藤さんとランブルスから聞いた話と符合する。

 佐藤さんたちを刺殺した連続通り魔殺人犯はコイツで間違いない。


「ねえ、あんた……人間なの?」


「んー、一応? 名前はクシナジョウ。漢字は昔からうまく言えなくてさ。下の名前は城。お前は?」


「カレイジャス・ロンバルディア」


「それ、違うよね」

「え?」


「違うちがう。そっちじゃないよ。お前、転生者だよね。もうわかってるんだって。ゴブリン連れてるけど、この世界の住人じゃないよねえっ!」


「何急にキレだしてんの。いきなり生まれてきて、わたしの何を知ってるってわけ?」


「さっきから頭の中で、転生者を殺せって喚いてうるさくてさ。それに、お前とは会ったことがあると言ったよ。ボクは記憶力にも自信があるんだ」


「そういうナンパ?」


「ほらね。ナンパは、この世界にない言葉だ」


 わたしは思わず押し黙った。

 化けの皮が剥がれた。クシナジョウの。


 天使めいた清楚な美貌がぐにゃりと歪んで、醜怪な悪魔の笑みに変わった。


「ボクは、嘘をつく女が一番嫌いだ。万死に値する」


 わたしは一陣の殺風さっぷうを覚えて、とっさの居合斬り――白刃を抜きざまに一閃する。

 手応えがなかった。かわりに右頬から左頬へ一文字に皮一枚分だけ硬い息吹がかすめた。

 ぷつぷつと痛みが弾け、紙一重の生存が頬を伝っていくが拭えない。

 まだ敵に劣後したとは思いたくない。


 クシナの強さは、人の域を出ていた。


「へぇ。ボクのスピードを、皮一枚だけでしのげるんだ。やるぅ」

 クシナはさっきと同じ距離に着地してニタニタと笑った。

「その刀があと三十センチ長かったら、ばっさりやられてたかもなあ。いいね。すぐには壊れてやらないタイプの女は久しぶりだ。気に入ったよ」


「嘘をつく女は嫌いなんじゃなかった?」


「もちろん。でもボクを愉しませる女は好きだよ」


「あいにく。こっちの好みには一つも当てはまってないから」


「ふぅん、お前、どんな男が好みなの?」


「農業をやれる男」


 クシナは少し考えて、


「あのさぁ、ボクのこと馬鹿にしてる?」


「結構、本気。あと、わたしにとって、あんたは馬鹿にする価値もないよ」

 わたしは左肩を出し、刃を後ろに引いて腰を落とした。相打ち覚悟の矢車やしゃの構え。


「あんたはわたしの好みじゃないから。さようなら、邪悪な勇者様」




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