第3戦〝虚〟の転生者&第4戦〝荊〟の転生者
『第3戦 〝虚〟の転生者 VS 量産型サンダルフォン ……はじめ!』
「参りました!」
金属質なメロディを奏でて佇む有翼の騎士を前に、ランブルスは愛槍を手放し、その場に膝を折り、両手をついて頭を下げた。世にいう、土下座である。
『えっと……転生者、開始二秒で、負けを認めるのですか?』
「認めるっ。こんなの、いやこのような方に絶対勝てるわけがねぇ。格が違いすぎる!」
〝ふぅん。ねえ、もう帰って、いーい?〟
少女の声で機械仕掛けのサンダルフォンからも催促され、裁定者は困惑しきりで、
『判定、量産型サンダルフォンの勝利』
観客席から天界側から拍手喝采、魔界側から猛ブーイングが飛んだが、勝者はさっさと空に昇り、敗者もどこ吹く風で円舞台を降りた。
「アポリ先生、お疲れ」
新沼さんが声をかけると、ランブルスはげっそりした顔で頷いた。
「ふひぃ~。あれは、即降参しておいてラッキー、ケースケの作戦勝ちだったな」
「そうだね、少しでも交戦の意思を見せてたら敵対意思とみなされてたら……」
そこまで言ったところで、ランブルスは兜を脱いで頭を振った。
「いやさっきな、なんかスキルもらった。いつの間にか入ってた」
「は、えっ、天使から?」
新沼さんとわたしで目をぱちくりさせた顔を見合わせた。
「[春風のタラリア]ってやつなんだ、わかるか? オレは聞いたことがねえ」
repertus :[春風のタラリア]。別称・ヘルメスの翼鞋。敏捷性《DEX》25%アップ。
転生ガイドが最後の欄に、[ティアⅡ・エピック]をつけた。スキルを外部からもらうのも、レア価値がつくのも初めてのケースかもしれない。でも、
「サンダルフォンだけに?」
「あ、菊池さん。それ言わないようにしようと思ってたのに」
「ありがたみが半減したわ。誰か言うと思ったけどな」
新沼さんとランブルスが半笑いで横目を向けてくる。
わたしは恥ずかしくなって目線を下げて逃げた。
天使という存在は変な性格をしている。接敵必殺が信条なのは、どんな文献でも共通してる。けれど恭順の意を示した途端に、相手を猫可愛がりし始める。きっとそこまで忙しい職場だからこそ、任務を楽にしてくれた人には褒めてやりたいほどなのだろう。
その点、れっきとした宗教団で聖騎士まで昇っていたランブルスなら、天使の実力を上司や書物から奇跡という名で嫌というほど知っていただろう。天使の戦闘力は悪魔より上なのだと。
「よかったじゃない。アポリ先生。勝負に負けて、得を取ったね」
適材適所のつもりはなかった人選をした新沼さんも、そう言うほかない。
ティグラートや佐藤さんが対戦していたら絶対、「まず様子見の一発」をお見舞いし天使を敵対モードにさせていただろう。わたしもランブルスと同じで即時降参していたかもしれないけど、第4戦の相手が〝札付き〟だけに、私怨を持っている佐藤、ランブルスは投入できなかった。
第3戦を終了して、次が新沼さんかわたしになる。でも、純粋な戦闘力ではわたしを上回る新山さんには弱点があり、近接の物理戦闘に致命的に弱い。なので〝元通り魔〟の相手は無理だった。
なので、消去法でわたしが次の舞台に立つことになる。
第3戦の前、闘技場の控室。
対戦の順番ぎめをしている時だった。
最初、佐藤さんが、第4戦にわたしを投入することに難色を示した。
『あたしにやらせてや。クシナジョウを今度こそ、ぶっ殺してやる。百倍返しや!』
『そう言ってカラ元気のまま出ていって、瀬戸際で足がすくまれても困るんだよ』
『ハァッ? なんで、あたしがっ』
『PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、得てしてそういうものだからだよ。僕たちの前ではイキリ散らかしてても、いざ本物が目の前に現われたら悲鳴どころじゃすまなくなって、きみが二度目の犠牲者になられても困るよ』
『だっ、大丈夫や。大丈夫。ま任せぇ!』
『ようやく戦う想像ができたみたいだね。声が震えてるよ。佐藤さんには今回、第2戦、魔界の邪霊騎士を片づけてもらう』
佐藤さんは目に見えてわたしに不安そうな眼差しを向けてくる。負けることが心配なのではなく、殺されないかが心配なのだ。それほどクシナジョウという殺人犯に恐怖を刻みこまれたらしい。
新沼さんはそれに気づいていてなお、知らないフリをする。
『別に全員が勝ち続けなくちゃいけない主旨の興行決闘じゃないから、切り捨てられる戦いはばっさり割り切っていこう。ヴァンダー将軍との対戦を全員揃って戦うんだからね』
『うぅぅ。わ、わかったわよ……っ』
『それでも厄介なのは第4戦だ。再誕のタイミングが大公爵の計算とタイムラグが生じ始めてるみたいだし、下手をすると』
『再誕場所もズレてくるって?』
『うん……なんかさ。大公爵が再誕時刻を計測できてることまで、だんだん疑わしくなるよね』
『あのオヤジが嘘ついてるってこと?』
『そこまでは言わないよ。大公爵だってスキル脱法者クシナジョウの捕縛は魔界の面目を賭けてると思う。この闘技場が金儲けだけじゃないこともよく分かる。今だけは科学だの魔法だの、こだわってる場合じゃない。転生者スキルの悪用を止める必要があるんだ』
『そ、そう。そうよね。あいつ、やっぱ犯罪者なんよね』
わたしが佐藤さんの手をそっと握ると、両手で握り返された。やっぱり殺された記憶が残っているから、怖いのだ。
新沼さんは続ける。
『人を九人も殺せば、弁護の余地なく重罪だ。でも勇者の特性を持てば免罪されるらしい。魔王の部下は強いからね。でもそのスキルを悪用して自分が生き返るために弱い人間を殺しまくるのはスキルの主旨に反し、かつ死を無意味なものにする。あまつさえスキルを付与した転生の女神を冒涜している。でも、その再誕の時間と場所に誤差があるのは彼らだけじゃなく、僕たちにとっても不利に働くかもしれない』
『あ。そっか、せっかく作った罠の外で再誕されたら、またやり直しか』
『そういうこと。だからティグラートと佐藤さんには試合が終わるまで周囲警戒を頼みたい。円舞台に立ってる菊池さんを不意打ちしてきたら、大公爵や観客の事情なんか無視していい。容赦なく、みんなでボッコボコにしよう』
『うん、わかった』
『というわけだ。保護者代行くん、そんな感じで締まっていこう。菊池さんの背中は任せたよ』
『了解っす』
わたしの背後で、影がさも当然に応じた。
§
『ご来場のみなさまに申し上げます。次の第4戦〝荊〟の転生者 VS クシナジョウでございますが。クシナジョウがいまだ闘技場に未達のため、都合により無効試合とさせていただきます。賭け金の払い戻しにつきましては随時、投票券をお持ちになって最寄りの乗務員にお問い合わせいただきますよう、よろしくお願い申し上げます』
試合中に再誕時期がずれた。円舞台の上にひとり佇んだまま、わたしは空を仰いだ。
これで本当によかったのか。
わたしの脳裏で蛇のように蠕動する違和感が気持ち悪かった。
――クシナジョウは本当に今も、再誕していないのか?――
観客席からこの円舞台を眺めているであろう興行主の大公爵を探した。
「運営側っ、誰でもいいわ。ちょっと話がしたいんだけど!」
『なお、次の第5戦となる、邪竜サルフォロバスとの最終戦につきましては、長時間となることが予想されます。三十分の休憩を挟みまして開始いたしたく存じます。観客席の皆様におかれましても、軽食酒肴などを用意させていただいておりますので、おくつろぎ、ご歓談いただきますようお願い申し上げます』
§
「どうなってんのよ、これ!」
闘技場の控室。
佐藤さんが恐怖と緊張に震えた声で、銀髪銀髭の大男が現れるなり食ってかかった。
大公爵は大きな真顔を左右にふった。
「わからん。嘘偽りナシの、イカサマもなしや。ほんまにわからん情況になっとる」
「このまま逃がす気?」
「アホ言うなや。ここまでお膳立てするのに、なんぼ金かけたと思うてんねん」
「やったら、ここにクシナジョウが再誕する確証って何だったのよっ」
「……他所で言わんと約束しれくや。実はこっちがイカサマや」
「なん?」
「そこの槍の兄ちゃんが復讐する前から、クシナジョウは七度も死んどる。ジェノヴァをいれて過去八回。わしらはそれまでの過去七回、転生球の発生地場を計測しとった」
「転生球の発生地場……[竜]属性の集束帯っ!?」
「なんや。お前、えらい賢いな。さすが〝百識〟の弟子っちゅうとこか。そうや、それがここやってん」
「あの、質問があります」新沼さんが口を挿む。「八回目の発生で転生球の発生ポイントがずれる可能性は」
「まあ、それもないわけやないけどな、それをどうこうできるのは、転生の女神だけやと言われとる」
「そりゃそうか。死んだ魂をまた地上に送り出してるんだもな」
ランブルスが両手を広げた。装備は外していない。兜もつけたままだ。
「けどさ、おっさん。そもそもクシナは転生の女神の加護を受けてない。スキル[九死一生]で〝転生〟じゃなく〝蘇生〟してるんだろ? ずれるずれない以前に、自分の好きな場所で再誕できるんじゃねえのか?」
「あっ」
「あっ、じゃないが。オヤジ、しっかりしろぉ!」
佐藤さんが眼尻を釣り上げて、食ってかかる。
「でもランブルスが言ったように〝蘇生〟だとすると、過去七回もこの地点で再誕する必要も、ないですよね?」
わたしが反証すると、その場の全員がうーんと唸りだした。
佐藤さんがポツリと言った。
「このアクリルシリンダーとコンクリート壁だけの建物じゃ隠れる場所は、ないか……それなら、観客席に紛れ込んでるってことはない? とくに魔界側」
「ないな」大公爵はにべもなく応じた。「そのための観客や」
「どういうこと?」
「観客席に座っとる天界と魔界の客はみんな、転生犯罪担当の獄卒や。むしろクシナを見逃すはずがないんや」
対戦者消失のミステリは、結局、三十分では解けないパズルだった。