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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第8章 ヴァンダー復活
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異世界闘技場、入場



 帆に風を受けたまま、短艇はものすごい勢いで船着き場につっこんだ。

 まるで激走した暴れ馬車みたいに桟橋の前で急転回、波蹴る水飛沫とともにわたしたちまで桟橋へ投げ出された。


「痛ててて……これじゃあ密航船の荷物になってたほうがマシだったかも」


「フィオーレ、もう少し丁寧に扱えーっ!」


「おほほほっ。武運長久をぉ!」


 操舵輪を片手に振り返り、フィオーレは手を振りながら沖へ戻っていった。


「好きだって告白された時に受けとけば、おれたち荷物扱いされずにすんだんじゃね?」


 頭をふって、ティグラートがやれやれと腰を上げた。

 わたしも剣を杖にして立ち上がると、苦虫を噛み潰した。


「これくらいの扱いですんだから、むしろ渋々だって受けてなくて正解だってのっ」


 立ちあがるティグラートのデカい背中を張り、わたしは背嚢リュックを負い直して町に歩き出した。


 コルス島・港町バスティア


 ジェノヴァの町並みは都会感があったけど、こっちは南国リゾートのような風光明媚というか、観光客めあてのいなか漁港というか、町の活気がくすんで見えた。


「おーし、止まれ。お前たちジェノヴァからかあっ?」


 軽装鎧の、目つきの悪い衛兵隊に呼び止められた。さっきの上陸を見られたらしい。


「ええ。乗ってきた船は怪しかったですが、僕たちは怪しい者じゃありません」


 新沼さんが旅行証を見せると、衛兵たちは一応、密航者ではないことは認めたらしい。


「この島になんの用だ」


「数日前に、ここへ来いと呼び出されたので来ただけなんです。知り合いが待ってるはずなんですが」


「おーい。お前ら。こっちや~ぁ!」


 どこかで聞き覚えのある声が、馬車に乗ってやってくる。

 現われたのは、ワゴンと呼ばれる大型の荷馬車に乗った、銀髪銀髭の大男。


「貴様が、こいつらのいう」

「せや。呼び出し人やで」


 言うと、指輪だらけの指を弾いて衛兵三人同時に〝魅惑〟の魔法をかけた。

 衛兵たちは酔っ払ったような脱力した表情でその場に突っ立ってしまった。


「大公爵。事情も知らない一般人に[闇]魔法をかけるなんて乱暴すぎだ」


 新沼さんが不快に顔をしかめた。


「しゃーないやろ。町のモンはこっちの都合なんて知らせてへん。真夏の夢にしといたほうが誰も傷つかん。そんなこより、はよ乗れや」


 急かされて、わたし達が荷台に乗ると馬車はすぐに動き出した。


「ねえ。水の補給くらいさせてや」佐藤さんが不平をいった。

「水なら、そこの木箱に入っとるから好きに飲め。あと食糧も少し持ってきたで」


「食糧って、りんごとバナナって。あたしらバケモノと戦わせるのよね、扱いひどくない?」


「なに贅沢ぬかしとんや。お前らがコルティン・アルプス行って蜂蜜集めしたり、〝百識〟に知恵かりてケッタイな薬を作ってたのも、みーんな耳に入っとるぞ。それまで待ってやっとったことにこそ感謝が足りんのとちゃうか?」


「開催日時がなく、上陸期限の日時も記載がありませんでした。その恩着せがましい態度の源泉には感謝する理由もないでしょう」


 新沼さんが指摘すると、大公爵アシュタロトはがはははと笑って誤魔化した。


「用意はできとる。あとはお前らが来るのを待つだけやったさかいな」


「カシナジョウは?」

「まだや」


 御者台からの短い答えに、佐藤さんがいきり立った。


「まだて。どいうことっ? あいつが復活すんのを捕まえるのが、この大会の目的なんちゃうんかッ!?」


「ギャーギャー喚くな、ネエちゃん。それも、ある。とだけ言うといたるわ。お前らの目的は、ヴァンダーを正気に戻してロンバルディアに連れ戻すことなんちゃうんか?」


「それは……そうだけど。けどクシナを野放しにしたらまた……ッ!?」


「せやから落ち着け言うとる。クシナがまだ再誕してこんのは、わしらも困惑しとる。けど現れるんは間違いない。それとは別に、わしはお前らの事情に乗っかって、ひと稼ぎしたいだけや。お前らにだって報酬あったから、モチベも少しは出てきたんやろが?」


「ぐぅっ。悪魔がモチベとか言うな!」佐藤さんが毛を逆立てる。


「第一試合は、マルティコラスやぞ。のっけから強敵や。誰が出るんや?」


「なあ、おっさん。そいつ、生きてんだよな」


 ティグラートが切り出した。大公爵はきょとんとして振り返った。


「生きてる? そらそうやろ。何言うてんのや、自分」


「だったら、おれが行く。他の対戦相手は魔法使ってきそうだからな」


「ほう。自分、魔法あかんかぁ。けどな、マルティコラスは魅惑をつこうてくるで」

「さっきみたいな、魔法か?」


「いや。ちゃう。原始的な呪術の類やったかな。マルティコラスは〝人食い〟いう意味や」

「よしっ。あ、それと一つ確認があった」


「確認、なんや?」

「殺しはナシなんだよな?」

「そんな事、書いてあったか?」

「は?」


「これから行くところは勝ちか敗けかや。生きるか死ぬかは、その付属でしかない」


 悪魔の興行に乗ったわたし達を馬鹿にしたみたいに大公爵は笑ったけど、みんな失望はなかった。


「勝ったら、メシ出るよな」

「確認は一つだけやろ。てか、お前らどんだけ腹減ってんねん」


 ティグラートが悪びれることなく、ニカリと笑った。


「しょうがねえよ。だって、食ってたもんは全部、海に捨ててきちまったんだからよ」


    §


 少なくともわたしは、闘技場と言えばローマの円形闘技場を想像していた。


 現われた謎の建造物は、その想像とは違った。


 ますに入れたガラスコップ。祖父はおでんを食べる時だけ、わざわざ一合枡にガラスコップを置いて日本酒の冷やをなみなみと注ぐ。いわゆるコップ酒。それをやりながらおでんを食べるのが至福なんだとか。

 遠くでそびえ立っているシンプルな光景は、まさにそれを彷彿とさせた。


「ねえ、外がコンクリートなのわかるけどさ。あの必要以上に突き出してる塔みたいなの、ガラス?」


 佐藤さんが胡散くさげに訊いた。


「厚さ十一センチのアクリル素材や」


「おいっ、大悪魔。ファンタジー世界に、うちらの現代科学を持ち込むんぢゃあねえ! あたしらは水族館のマグロか!」


「ご明察や。アクリル壁と観客席の間には高さ七メートル、幅二メートルの海水で満たしとる」


「海水……まじか。そこまで警戒するレベルなん?」


「まあ、予想外の大魔法対策も兼ねとるがな。わしらも仕事で開かせてもらっとる大会やから、観覧賓客への安全性はバチバチの本気や。あと、お前らの対戦相手はどいつもこいつも、ほかへ逃がすわけにはいかん連中ばっかりなんでな」


「なら、こっちの命の保証も、ない?」

「割とな。なんやったら、先に謝っとこか」


「ふん、いらんわ。そんかわり、思いっきりいったるからな。あとで壊れた物の弁償はせぇへんからな」


「がはははっ。肝の据わった姉ちゃんや。そやったら、客の度肝脱いて盛り上げたってくれ」


 馬車はのんびりと闘技場へ近づいていった。




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