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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第8章 ヴァンダー復活
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ブライ・ビーと神の手



 酒場に戻ってくると、着席するなりテーブルにジョッキが降ってきた。


「親父、オレは頼んでねえぞ?」


 ランブルスが戸惑った様子で店主を見上げる。


「いいか、若ぇの。うちのエールは、廃炭鉱の地下で九ヶ月も熟成させたもんしか出さねえ」


「は? この真夏時期に冷えたラガーを出すってのか」


「とにかく飲んでみろ。さっきは悪かったな。その一杯だけ、おれのおごりだ」


 言われるまま、ランブルスが飲んで茶色の眉毛が額に寄った。


「うまいっ。これ、うまいぜ。しかもよく冷えてる!」


 店主はゴツい腕を組んで得意げに髭の中で笑みを浮かべた。


「軍がらみの連中に、この町に旨味があると思わせたくねぇから、小便みてぇな酒しか出さねぇことにしてるんだ。二杯目からは金を置いてけよ。で、おめぇらは?」


「チーズと腸詰めのにんにくソテーを鉄皿で」


 わたしが注文して、店主が厨房へひっこむ。するとテーブルの下に影が戻ってきた。

 わたしは両手で肩を掴んで引っぱり上げて、椅子に座らせる。


「お嬢っ?」


「みんなで夕飯を食べながら話を聞かせて。それで? どうだった」


 バジルは調子を狂わされた心持ちで黒ウサギ帽子を直すと、


「連中、未明までにここを通りたいって話だったっすけど。連絡拠点としてバルトネッキラって国境の宿場町に駐留するみたいっすね」


「そっか。なら、事故らせるとしたら、ここじゃなくてあっちか」


 うまそうにビールジョッキを傾ける、ランブルス。

 それを横目で見ながら、佐藤さんはこの作戦の主導者を見る。


「ねえ、ミモザ。さっきから黙りこくったままだけど、何かアイディアとかないわけ」


 女アルプはジョッキを握りしめたまま、表情を曇らせた。


「あたいは現場を見るまでは何もいいたくねぇわ。ていうか、八年ものの〝空中城塞(ヴァルハラ)〟の大きさじゃったら、ここの酒場をタテに十二軒重ねたくらいあるはずじゃぞ」


「十二……。でもそれを全部切り落とすって話でもないんでしょ? 下の方を少し破壊して、蜂たちを慌てさせれば」


「誰がその蜂をバルトネッキラの宿場町まで連れて行くんなら? 巣は山の断崖の上の上の方じゃぞ」


「街道のそばにはないの?」


「あったら即行、町が総がかりで討伐しとるし、巡回も欠かしとらんっ。あの蜂のせいで旅行者が来んよぉなったら集落の死活問題じゃけぇ。山岳民族を舐めたらおえんで」


 そこへ入口のドアが空いて、さいの角兜のアルプが肩にロープを担いで入ってきた。


「よぉ、ミモザ。久しぶりじゃのぅ」

「アーチェロおじ。長老に言われて来たんか?」


 わたしはバジルを膝に乗せて席をつくると、真っ黒に日焼けしたアルプは、カウンターに居る店主に酒を注文して座った。


「ブライ・ビーをボルトン軍にけしかける無茶(ワヤ)話をわしは断ったに、よそ者のお前らがやるらしいのぉ。じゃけぇわしに口出してもええが手は出すなと、妙なこと言われての」


「巣の落とし場所はバルトネッキラになりそうじゃ」


 アーチェロと呼ばれたアルプは少し押し黙って、いった。


「ミモザ。悪りぃがその作戦、少し待ってくれんか」


「待つ? なんでじゃ。長老の依頼は今晩が期限じゃろう?」


「お前ら、ちょっとツラ貸せ。見せたいもんがある」


「おい、アーチェロ。うちの客を連れ去るんじゃねぇで」


 酒場の店主が勘弁してくれと、厨房から背中越しに振り返った。


「その程度の飯なら、パンにでも挟んで弁当にすりゃあ、えかろうが。それくらいなら待つ。陽があるうちにコイツらにアレを見せたいんじゃ」


     §


 それを見て、なぜかわたしは、バルセロナにあるサグラダ・ファミリアの尖塔を思い出した。


 サヴォイア公国西端。ボルトン王国との国境の宿場町バルドネッキア。

 大通りから眺めるのは、北の高山だ。断崖絶壁にへばりつくように、荘厳な尖塔がぶら下がっている。

 八つも。


「なっ、なんじゃありゃあ! いつの間にあげな巣が建ち並んどったんじゃ。もう〝空中城塞(ヴァルハラ)〟すら超えとる。もう無理じゃ、デカすぎるわ……」


 ミモザは見あげて茫然自失。戦意を失った。


「アーチェロおじ。なんであがいなモンを八年も見過ごしてきたんじゃ」


「まず巣の高さじゃな。あすこの絶壁は難所中の難所じゃ。あの高さまで登るのは、わしでも半日かかる。夜間登攀(とうはん)は物理的に無理じゃ。それにここから見ても、人跡未踏の岩壁にあれほど巨大な団塊となれば神の手じゃ。美しさすらあるで。景勝名物にならんか思ぉてバルドネッキアの村長に掛け合ったら、乗り気になってくれてのぉ」


 オブザーバーについてきたはずの蜂蜜獲り名人アーチェロがのんびりいった。


「わやばぁ言うで。アーチェロおじ。あげなのモンが一斉に騒ぎ出したら、宿場町が全滅じゃ」

「と、思うじゃろ? それが素人の浅はかさじゃ」


 ドヤ顔で来た道を引き返し始めた。わたし達も仕方なく馬車まで戻る。

 新沼さんはランブルスと峠道をボルトン王国側へ下っていった。


「あの標高付近から水銀の吹き溜まりがあるようでのぅ」


「あん? 要はブライ・ビーは人里に降りる必要がなくなったっちゅうことか?」


「ほうよ。せぇでも巡回偵察で地上におりてくる個体はなんぼか、おるがの」


「せぇで?」


「今年、八年ぶりに女王蜂が世代交代する」


「もっと詳しく言うてくれ。ダジャレにしか聞こえん」


「今年の秋口から毎年、あの団塊を支配しとる女王蜂が巣を引き払って出ていく」


「アーチェロおじ。さっきも言うたじゃろ。長老の頼みは」


「わかっとる。じゃけぇ、こうやってお前らを連れてきたんじゃろうが。あの霊峰神がなした神の手のごとき自然の美を見て、お前らはそれでも戦にアイツらを駆り出そう言うんか?」


 蜜獲り名人の嘆願に、ミモザは呆れ混じりのため息をついた。


「あのなぁ、おじ――」

「ミモザ。もういいよ」


 新沼さんが杖を突きながら、ランブルスと戻ってきた。


「作戦の目処が立った。アーチェロさん、いくつか伺いたいことあります。ブライ・ビーについて」


「ああ、アイツらのことなら、わしはなんでも知っとるで」


「一つ、ブライ・ビー十匹が攻撃すれば、人が五、六人殺せるというのは本当ですか」


「わしが一人で崖を登っとった時に、ブライ・ビー三匹に目をつけられただけでも、死を覚悟することはようあるな」


「なぜその時、生きて戻れたのですか」


「アイツらは動いとるものには反応するが、じっとしているものには興味を示さん。だから息を止めて、じっと岩壁にしがみついとれば、じきに興味を失っていなくなる」


「二つ目。この辺のブライ・ビーの巣はあそこにある巨大な塊だけですか?」


「いやいや。あれは特別じゃ。本来は近くの岩窟に巣を作る」


「規模は、何匹単位ですか」


「今夏じゃと二、三百。もうすぐ七、八百に増えるかのう。〝尖塔城塞(ベルクフリート)〟と呼び習わした規模の巣で、まあまあでけぇわ。大きさは直径で三メートルほどになるか」


「最後にもう一つ、ブライ・ビーは人や獣を刺した直後に死にますか?」


「いや、死なん。針はかえし(・・・)があるで、刺突筋という筋肉部位がはがれて一緒に抜ける。じゃが毒嚢や内臓は残る。その筋肉部位が再生すれば、また針も再生するで。期間は二ヶ月ほどかかるか」


「刺した後は針を残して、逃げ去るわけですね」


「ほうじゃな」


「わかりました。では、これから破壊可能な〝尖塔城塞(ベルクフリート)〟を一つ紹介してもらえませんか」


「空中城塞はもうええんか?」


「ええ。あのまま人と蜂の不可侵を決めた象徴にしておきましょう」


「人と蜂の不可侵の象徴か……なるほどのぅ。そうじゃのぅ。そういう見方もできるわ。よし、そしたら今から案内するけぇ、ついてけぇや」


 山森の方へ歩き出した、アーチェロのあとを新沼さんがランブルスを連れたままついて行った。


「ミモザ。急いで用立ててほしいものがあるんだけど」

「なんじゃ?」


「壊れた馬車と馬の死体、種類大きさは何でもいい。それから旅行用チェストを十箱」

「チェスト? ……壊れとってもええんか?」

「そうだね。いくつかは使える程度に古くてもいいかな」


 新沼さんは相棒に予算の入ったか寝袋を渡した。




 その日の未明。

 バルトネッキラ手前のメレツェト峠。

 星明かりの中、たいまつもかかげずボルトン王国側から勾配を駆けのぼる中隊がいた。


「止まれ。止まれー!」


 先頭を行く兵士から停止命令があった。


「どうした」

「報告っ。前方三〇〇で障害物。荷駄が横転し、荷物が散乱している模様」


「こんな夜に事故か。乗員は」


「周囲に人の気配ありません。馬の死体のみです。悪臭から昼間よりもっと後かと」


「我々がアルプの長老とあった直後か。戦争に聡いやつがボルトン側へ逃げ出そうとしたか……他には」


「衣装チェストが十箱近く散乱しておりまして、通行を塞いでおります。いかがいたしましょう」


「任務中だ。無視する。中身をあらためる必要もない。このまま前進するぞ」


「はっ」


「小隊長は松明を焚けっ。周囲警戒。野盗の類が出たら、対処せねばならん」


 ところが、それがまずかった。


 ヴィイイイイン……ッ。


 隊列が再び動き出そうとした時、彼らの耳許に不快な空気の振動音を聞いた。

 その音は、高熱源に向かって襲いかかった。


 ひぎゃぁあああっ!


 このときの惨事が、後のボルトン王国正史に記された。


 メレツェト峠ルートを夜間行軍を敢行したボルトン軍先遣隊五〇〇が、山間部に生息するブライ・ビーによって夜襲を受けた。四三名が死亡。重症者が一七三名(数時間後に死亡が十六名)を数えた。中隊長は被害甚大とし、また残ったチェストから殺人蜂の出現を危惧し、やむなく撤退した。


 この被害報告に、ボルトン陸軍省は「蜂ごときで撤退するな。大事の前の小事だ」と先遣隊中隊長を叱責したが、全長三〇センチの赤い巨蜂を見せられて息をのんだ。それでもあえて再度先遣隊を編成しようとしたが、時を同じくしてツェルマット自治区の西集落ウルクスの族長アグリファから「ブライ・ビーの大量発生と凶暴化につき」との注意勧告文が到達した。例の巨大巣の挿絵入りで。


 斥候部隊の事故受けて、ボルトン陸軍省は山岳ルートを破棄、行軍ルートを一本に絞る変更を余儀なくされた。

 ボルトン軍は海岸沿いルートを選択したのだが、これが後の大災難を被ることになろうとは、誰一人として知る由もなかった。




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