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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第8章 ヴァンダー復活
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鹿の角族長老会からの依頼



 コルティアン・アルプス。

 ロンバルディア王国の西。サヴォイア公国の北と西に横たわる山脈群を指す。

 鹿の角(チェルヴィーノ)族に言わせると、西の霊峰神(アルプス)と言い習わされてきた二千から三千メートル級の山脈で、古来より部族を挙げて霊峰を祀っていることを心の拠り所にしているようだ。


 山岳集落ウルクスは、サヴォア公国では山間の自治集落にすぎなかったが、彼らからすれば「おらが西都ウルクス」と胸を張る。


 王都マイラントから約二時間のサヴォイア公国公都トリューンを経由し、スーザ巡礼街道を通って西へ丸一日の道程となる。整備された道路は偉大だ。


「サヴォイア公国、いいなあ」


 わたしは馬車を降りてミモザの後ろを歩きながら、つい本音を漏らす。


「カレン、昨日からずっとそれやね。よっぽど気に入ったん?」


 佐藤さんが杖を突きながら、微笑する。


「わたしの住んでた町の匂いっていうのか、景色が近いんです。北が山で、南が海で」

「欲しくなったん?」

「えっ」


「サヴォイア公国。『わたしならもっとうまく耕してみせるのに』そんな顔してたよ」


 わたしは心を読まれた気がして、笑って誤魔化しておいた。


 実は、欲しい。割と本気で。


 ウルクスに二軒だけある木賃宿に止まる前に、鹿の角族の礼儀として長老と呼ばれる、族長とは別の偉い人たちに挨拶しておかないといけないらしい。


 町の丘の上にあるロッジみたいな木組み小屋に向かうと、守衛の鹿の角族に誰何すいかを受けた。


「サウゼ・ドゥルクス住人、ガロファノの娘ミモザじゃ。手紙は三日前」


 守衛は木板の束をめくりながら、確認する。


「確認した。じゃがしばらく他所に行っとれ」


「先客がおるん?」


「客じゃねーわ。ボルトン王国軍の将校が二十人で来とって、会談中じゃ」


 ミモザがふり返って、新沼さんを見る。


「いわれた通り、どこかで時間を潰してこよう」


 わたし達は一旦その場を退いて、酒場に向かう。ミモザいわく、チーズはそこそこ、サラミは最悪という店らしい。その名も〝酔いどれ炭鉱夫のたまり場〟。


「うげっ、なんだこれ。エールも最悪だぞ、小便みてぇだ」


 ランブルスが露骨に顔をしかめた。

 わたしはジョッキに鼻先を近づけて手であおいだ。その匂いだけでわかった。


「アルコール発酵が未熟な上に、醸造樽を日向に置いておいたのかも。若干腐敗臭もしますね」


「この夏の時期に?」佐藤さんも顔をしかめた。


「こっちの世界じゃ、ビールもワインも水みたいな扱いですから。ここの人たちは気にしてないのかも」


「なんだかなあ。エールを頼んでこんなのを飲まされたんじゃ詐欺だぜ」


 わたしも一応、同意で頷いておく。


 そこへ、着飾った軍服の一団が入ってきた。人数は十五人。言葉はわからないが、ミモザが「ボルトンの兵士じゃ」と教えてくれた。


 彼らがジョッキでエールをあおって一斉に床へ吐き捨てた時に、長老の館の守衛が呼びに来た。


「ここの払いは後でいい。すぐ来てくれ」


 ボルトン軍将校の目を盗むようにして、席を立つ。

 ミモザの後ろに、わたし、佐藤さん、新沼さん、ランブルスの順番で店を出た。


「バジル。わたし達がここへ戻ってくる間に、あいつらの話を聞いてきて」

〝了解っす〟


 店に影をおいて、長老の館に向かった。




「お久しぶりです、長老。サウゼ・ドゥルクス住人ガロファノの娘、ミモザです」


 ミモザが声をかけると、六人のお地蔵様がすわっと顔をあげた。


「ああ、ガロファノは元気か」

「はい」

「要件は……なんじゃったかな?」


「守衛が呼んだけぇ来たのに、ボケたんか?」


「ブライ・ビーの蜂蜜採集までは覚えとるが。その先じゃ」


「薬を作ろうか思ぉとります」

「毒にしかならまぁが」


「知っとります。ですがここにおる、カレンが邪竜を殺せる毒が欲しい言うとるんです」


「ほぅ。邪竜か。邪竜サルフォロバス・ソルファタリクス。討伐されてもう二十年はたったかな」


「さすが長老じゃ、よぉご存知で」


「ふん。小娘が我らを舐めたらおえんで。ほほほっ。で、後ろにいるのが亭主か?」


 ランブルスが顔の前で全力で手を振る。


「なんでじゃあ、ボケジジイ!」


「人の世界へ旅立って三八にもなって、お前、まだねんね(・・・)なんか」


 えっ、三八。わたしと佐藤さんが同時に呟くと、ミモザが顔を真赤にした。


「くそ爺っ。それいま関係なかろうが。やっぱ帰ってくるんじゃなかったわ。こんな所」


「不敬じゃぞ、小娘」


「じゃったら、敬わせるだけの権威をみせてみぃ」


「ふむ。ちぃと面倒な仕事を頼みたい。族長アグリフォには後で伝えおく」


「は? 族長を通さずにか?」


「今夜未明に、ボルトン軍の先遣隊五〇〇がバルトネッキラからこのウルクスの谷を抜けて、サヴォイア公国に侵入する」


「長老の判断は、ボルトンにくみするんですかのぅ?」

「いや、わしらはどちらとも敵対はせぬ」

「は?」


「サヴォイア公国とは昵懇じっこんにしてきた。このウルクスで集めた鉄を売り、その金で東からは穀物、南からは海塩を買ってきた。その双方との関係を崩したくはない。よって、ボルトン軍には我らの目の前を通ることは諦めてもらうことにした」


「そのボルトン軍の先遣隊五〇〇に、事故に遭ってもらう、と?」


 新沼さんが口を挿むと、長老たちは目を細めて浅く頷いた。


「もしかして、ブライ・ビーを?」


 わたしが新沼さんを見ると、厳しい目で見つめ返された。


「言うのは簡単けど、先遣隊五〇〇もの隊列にブライ・ビーを誘導するとなると、かなり大規模な巣を襲わなくちゃいけない。死人が出てもおかしくないくらいのね」


「バルトネッキラという町の西外れに、八年ものの巣がある」


 長老の節目に、ミモザが目をむいた。


「は、八年っ!? それじゃったら、規模は〝岩窟城塞(プレッドヤーマ)〟くれぇか?」


「いいや〝空中城塞(ヴァルハラ)〟じゃ。さっき名人のアーチェロがこの計画をおりた」


「ヴァルハラぁ? そっ、そがいな規模、わしらだけで、できるわけ――」


「その作戦の成功で、報酬は何をもらえますか?」


 新沼さんがいった。ミモザが怯んだ目で相棒の横顔を見る。


「魔王ニーヌマケースケ、何が望みじゃ?」

「ミモザの昇角と、僕たちには部族の交誼を」


「交誼? ほほっ、ずいぶん安いが。そんなもんでええんか」


「ここに控える彼女の名は、カレイジャス・ロンバルディアです」


「なに、ロンバルディア?」


 長老たちが押し黙り、老人たちだけで目配せを始める。


「ええじゃろう。最長老の御幸(みゆき)いらい、ドレスデン王には久しく会ってはおらんかったし」


 新沼さんはゆるゆると顔をふった。


「王国との交誼じゃありません。この作戦は秘中の事故です。欲しいのは、あなた方から彼女個人への信用がほしいと言ったつもりです」


「信用……はてな」


「彼女個人に、鹿の角族あげての合力を保証していただけないか、というご相談です」


「さっきも言うたで。わしらはボルトンへ加担せんし、ロンバルディアやサヴォイアにも与せん。そもそも人族が、わしら山の民のことなど歯牙にもかけておらんでのぅ」


「だからですよ。今のうちにあなた方の、彼女へ信用をいただきたい。彼女のすることに支援を惜しまぬと約定をいただきたいのです」


「若造の魔王よ。おどれは王子を擁して王国へ謀反でも企んどるんか? もう腹を割れ。わしら山の民は借りたもんは必ず返すんが掟じゃけぇ」


 わたしは新沼さんを見た。いつもの穏やかな笑顔はなく、抜身の剣で挑みかかる剣士の眼ざしで身を乗り出していた。


「ボルトン王国とロンバルディアの一戦で、彼女を旗に、国盗りを進めたいのです」


「国盗りいうて……サヴォイアけ?」


「はい。それにはまず、王国内で二人の重要人物の後ろ盾が必要になります。一人は、マーレファ・ペトラルカ」


「ふむ。〝百識〟の魔術師か」


「もう一人は、ロンバルディア翼衛将軍〝屠竜〟ヴァンダー」


「去年じゃったか。王の勘気を受けて致仕ちし(役職を解かれて隠居すること)したと聞いとる。ドレスデン王にしては随分な短慮なことじゃと、わしらでも言うとった」


「こたびのボルトン軍との一戦、彼を置いて退けられるものはいません。ですが彼は」


「邪竜の呪いじゃろ。知っとるよ」

「えっ!?」


「十何年前じゃったかのぅ。一度この町に来たことがある。ブライ・ビーの毒で自死するんじゃあ言うてな」


「ヴァンダーが?」


「わしらもいさめたが、ブライ・ビーの巣を七つも討伐して刺されたのは、たった四か所じゃった。せぇでも三日寝込んだが四日目からケロリと蘇ってきてな。落胆して帰っていきおった」


「あちゃあ、ブライ・ビーの毒も効かんかぁ~っ!」


 佐藤さんが頭を抱えたが、わたしは諦めたくなかった。


「まだです。ブライ・ビーの蜂蜜は針毒とは種類が異なるはずです。蜂蜜から抗生物質が精製できればチャンスはあります。新たな問題があるとすれば、ヴァンダーはブライ・ビーの抗体を持ってます」


「アナフィラキシー・ショック?」新沼さんがいった。


「そうです。ヴァンダーにもう一回ブライ・ビー由来の毒素を注入してアレルギー反応が出ないか。そこは賭けになっちゃうかもしれませんけど。一発勝負です」


「血清も作れるのなら、つくっておきたいね」


「てことは、この依頼、受けない理由がないってことか」


 佐藤さんは手のひらを拳で叩いて、気合を入れ直した。


「おどれら、ブライ・ビーの恐ろしさをわかっとらんで……」


 ミモザだけが憮然と肩を落とした。




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