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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第7章 燃えるジェノヴァに捧げるバラード
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佐藤さん、キレる



「トレンテという男を捜しておりましてぇ、スコーリオ館にいなかったのでカレンさんの計画通りならぁ、聖ドナートナ修道会かなー、って」


 首の傾けながら見つめてくる仕草が、あざとい。よそ者なんかに褒めてほしいのだろうか。


「その推理はあってるよ。修道院の地下室にいる。でも、たぶんもう死んでる。顔も潰されてる頃だから判別は難しいかも」


「どうしてそのことが、わかるんですかぁ?」


 わたしはとっさに言葉を迷って、佐藤さんを見た。


「話していいですか? それとも佐藤さんから話します?」


 佐藤さんはその場に突っ立ったまま動かなかったけれど、ふいに全速力で坂を下っていった。


「なんなのですか?」


「論より証拠。言い訳より後始末ってことでしょ。――バジルはわたしと、他のみんなは佐藤さんを追って!」


 了解。走り出すわたしの影から革兜衆が次々と飛び出していく。

 フィオーレが一人で盛り上がる。


「かっこいいっ! わたくしも、あれやりたい!」

「無理です」


 ヴヤディンは、にべもなく顔を背けた。


    §


「斎藤っ!?」

 地下室に戻ってきた佐藤さんは通路から室内をみて、案山子(かかし)のように虚ろな目で立ち尽くした。


 わたしがそばに立つと、少しだけこの場の汚れた空気を呑んだ。鋭く。


 壁には顔面を紫に腫らし、左胸にナイフが刺さった男性の死体。死んでいるとわかったのは、鎖が下へ張りつめて脱力し、失禁し、痙攣が始まっていたからだ。


 ランブルスはその足下で、あぐらをかき、前かがみで座っていた。

 丸まった背中から剣先が三センチ、突き出ていた。


「斎藤ぉっ!」


 部屋へ飛びこもうとする佐藤さんを、わたしは掴んで引き止めた。


「カレンっ、斎藤が!」


「大丈夫ですっ! 血の量が多くないです。刺したのはついさっき、まだ気を失ってる状態です」


 佐藤さんが目を見開いて、わたしの横顔を刺すように見つめた。


「助けられます。ここは魔法万能世界、あなたは天才魔術師で、わたしはヴァンダーの弟子です。わたしたち二人にできないことって、ありますか?」


「カレン……っ」


「連れ戻しましょう。ここまでやっといて、一人だけイチ抜けはずるいですから」


 佐藤さんは顔をクシャクシャにしてうなずくと深く鼻をすすり、長髪を後ろでアップに縛って、戦闘態勢に入る。


「背中から順番に治癒魔法をぶちかますわ、剣をゆっくり抜いてって」


「了解」


 わたしと佐藤さんでランブルスの体をゆっくり横臥おうがさせると、顔は土気色をしていた。わたしは血を滴らせた剣の柄から、赤い指を一本一本ひき剥がしていく。決死の覚悟で胸を貫いたせいか、気絶したあとも握力が自分の生死を理解していない。この不確知の間だけが、ランブルスをこちら側へ引き戻せるチャンスとなる。


「剣を確保、いつでもどうぞ」


「よし。あたしが数をかぞえる。三の倍数で剣を引き抜いて」


「昔、そんなギャグありましたっけね」


「アホいうてる場合かっ。三拍子行動っ、ええな!」


「了解です」


 まじめに怒られた。


 一、二、三……四、五、六……七、八、九……一、二、三……四、五、六――


 剣を抜くことで開く傷口を治癒魔法で塞ぎながら進む。出血より先に治癒魔法で筋繊維を修復していく作業は、通常の治癒魔法よりも消耗が激しいはずだった。特に心臓部は心筋がしっかり剣を掴み止めてくるので、三拍子で引き抜くのが難しく、待ったをかけた。


「鼓動は」

「あります。微弱ですが剣に伝わってきます。でも抜こうとすると体内で心筋がついてきてる感じがします」


「よし。――斎藤っ、聞こえる!? あんたの心臓はまだ生きたい言うてるでっ。還ってこい!」


 佐藤さんはランブルスの左胸、刃のすぐ側を指股で押さえ込んだ。


「ここだけ四拍子に切り替える。慎重に。よしっ、抜け!」


「心臓部、抜きますっ」


 一、二、三、よん……一、二、三、よん……っ


「心臓、通過っ」

「……よし! 三拍子行動、再開。始めっ」


 一、二、三……四、五、六……七、八、九……一、二、三……四、五、六――


 やがて、ランブルスの胸から剣の切っ先が抜き出されると、返り血が顔に飛んできた。


 佐藤さんは構わず傷口への高速治癒魔法を続ける。そして胸の傷口が塞がるや、佐藤さんはすくっと立ち上がり、なんとランブルスのみぞおちを蹴りあげた。


 ごはっ。瀕死人は口から大量の黒い血を床に吐いた。


 ランブルスは長く咳き込んだ後、呼吸が少し楽になったのか寝返りをうった。

 その時に佐藤さんの顔が視界の隅をよぎったのだろう、恐怖に絶する顔で目を見開いていた。


「な、なんで……佐藤、ど、どぉなっで……きみなんで、戻ってっ!?」


「こんのっ、アホンダラァあっ!」


 佐藤さんが思い切りランブルスの尻を蹴った。靴先が尾てい骨に当たったのだろう。おっさんの丸まった背中がピンっとのけぞった。


 佐藤さんはそこからまた片足を思いきり後ろへ引き揚げて、よろよろしながら三度も蹴り続けた。


「ハァ、ハァ、ハァッ……男のカッコつけは認めたけどな、おどれが勝手に逃げ出すことまで認めとらんのじゃ。ボケェ! あたしの復讐分を、今すぐ返せ! 返せぇ!」


 金融業者かな。佐藤さんの恫喝、怖い。


「あのぉ、もう終わりましたでしょうか?」


 フィオーレが入口からおそるおそる顔を出した。


「上の魔女狩り修道会の連中はっ?」


 佐藤さんに睨まれ、大貴族の令嬢は首をすぼめた。


「まだぐっすり眠ってますねえ。お酒が入っていたせいで、朝まで起きないと思います」


「アルテミシニンの抽出物は」


「こちらで確保いたしました。撤収はいつでもできますけれど」


「撤収しよ。タラゴン、こいつ外へ担ぎ出して」


 名を呼ばれてタラゴンが狭い地下室にのそのそ巨体を入れてくると、まずわたしを見た。


「うん。お願い」


 タラゴンがランブルスを担ぎ出すと、わたし達も地下からでた。


 佐藤さんは最後尾で、地下室にあるすべての足跡を[風]で消す。


 あの場に残ったのは修道士が二名。

 ランブルスをいたぶった後のことを何も知らないで眠り続けている。


 彼らは目覚めた時、この場で誰かの復讐や蘇生復活があったことなんて知らない。そのかわり、捕らえた魔女が殴られて刺殺された事実をどう解釈するのだろう。


 保身を考えて這々《ほうほう》の体で逃げ出すだろうか。

 酔った勢いでやりすぎたと舌打ちし、さっさと死体を片付けてしまうだろうか。


 どっちでもいい。知ったことか。悪い奴ほどよく眠れ。


 魔女なんて居もしない悪を創り出して自分より弱い人々を捕まえて、虐げ、殺し、それを成果として無知な民衆から金を集め、酒を飲む。


 そんなお前たちを誰も悪とは呼ばなくても、心は離れていくだろう。


 いじめられた側はたとえ死んで消えても、客席でいじめを目撃していた連中は、いじめたヤツの顔を決して忘れないんだ。


 土地に根を張ることも、種を飛ばすことすら認められない悪の華よ。


 お前たちはそこで、枯れていけ。


 それがわたしの、お前たちへの呪詛だ。


    §


「薬師どのと、君たちには助けられたようだ」


 パオロ・マントヴァーニ伯爵は、ベッドから上体を起こして微笑んだ。

 わずか数日の病気ですっかりやつれ、顔色も青白いが、笑顔が浮かぶまでに快復したようだ。


 わたしと佐藤さんは椅子に座り、接見した。


「感謝の気持を伝えたい。なんでも言ってくれ。できる限りのことはしよう」


「素性をお訊きにならないのですか」


「薬師どのから聞いてる。きみがカレンに、そちらがミキだ。二人ともあのヴァンダーの弟子だそうだね。まさかアイツを助けた恩をこういう形で返されるのは、なんというか、奇縁だと思っているよ」


 ヴァンダーをあいつ呼ばわり。複雑な気分で笑うこともできないようだ。


「閣下は二十年前。この町の港に漂流した[半分の快速金羊毛船アルゴナウタエ・セーミス]をご存知ですか」


「無論だ、忘れようもない。あの船は当家が所有していた帝国籍の貨物船だった」


 勇者行動に露骨な被害者が、いた。


「それは……なんというか、災難でした」


「まったくだ。だがその後、ロンバルディア王国が補填取引を申し出てくれて、この二十年で身代を大きくできた。それをアイツのおかげだとは絶対に思いたくない。五年養った船員を皆殺しにされ、ガレオンを一隻廃船にされたのだからな」


「あの、ヴァンダーとは何か。あ、お体に触るようなら、端的にで構いません」


「妻が、あの死に損ないに心を奪われたのだ。あとは言わなくてもわかるだろう?」


 わかるけど、リアクションに困る。わたしと佐藤さんは揃って嫌な汗をかいた。


「奥様はその、五年前に亡くなられたとか」


 水差しから湯冷ましをコップで渡してあげると、マントヴァーニ伯爵はがぶりと一気飲みした。


「ヴァンダーにひと目会いたい。もっとサザンやユーミンの歌を聞いて欲しかった。それが遺言になってしまった。ロンバルディア王都へ駅伝を飛ばす時間もなかった。妻も叶わぬ夢だと思っていたのかもしれないな」


 わたしは佐藤さんと顔を見合わせた。


「閣下は奥様のこと、愛してらしたのですね」


 マントヴァーニ伯爵は少し遠い目をした。


「無論だ。フィオーレの母親でもあるのだからな」


「その、ちょっと変わってるけど、なかなか知勇に長けたお嬢さんですよねえ」


 佐藤さんがいった。敬語不慣れなのを差し引いても、褒め言葉のつもりだったらしい。わたしにもそう聞こえた。


 マントヴァーニ伯爵の顔がなお一層、曇った。おかわりのコップを差し出してくるので、わたしが水差しで注ぐ。それをまたひと息に飲み干した。お酒でもあおるような豪快な飲みっぷりだ。


「あいつが、もう少し……男らしくしてくれれば、妻にも顔向けができたのだろうがな」


 わたしと佐藤さんは、目をしばたたいた。

 人は、本当に驚いてしまうと言葉すら失うものらしい。


「あ、そっかぁ、女の子ならフィオーラ。うわ、聞き流してたぁ」


 佐藤さんが小声でなんのフォローにもならない迂闊をツイートした。


 本能的な違和感の正体、これか。

 漁師のおじさんもフィオーレを「ご令嬢」じゃなく「ご令息」と呼んでいた気がする。


「閣下。ご心配には及ばないかと。こいつもこう見えて、女ですから」

「佐藤さん、それはこの場でマズいですってぇ!」


 佐藤さんの唐突な国家機密の暴露に、わたしも驚いて声をかぶせた。

 マントヴァーニ伯爵は目をぱちくりさせて、わたしを食い入るように見つめてくる。


「きみ、養子縁組する気、ない?」

「は、養子? マントヴァーニ家にですか」

「ううん。それなりに由緒ある貴族にだ」

「どゆこと?」


「うちの息子はね帝国から家庭教師を三人も付けて彼らの太鼓判をもらった秀才で女装は趣味くらいなんだ中身はいたって正常だし剣術も馬術も優秀で投機や経営の商才も鋭いものを持ってる社交は女性物を好む性癖以外はほんっとうにまともだからさ。どうかな?」


 早口にまくしたてられた我が子アピールに、わたしは口をパクパクさせつつとなりの佐藤さんの腕を肘で押した。もちろんSOSで。


 佐藤さんは必死で笑いを噛み殺していたが、空咳を打って居ずまいを正した。


「閣下。申し訳ないんですけど、今回はヴァンダーが借りを返したってことで一つ、お願いできませんか」


「当家はジェノヴァ屈指の大貴族だぞ。なにが気に入らないっ?」親父、必死か。


「彼女は、半年後にはロンバルディア王都に戻らねばならない御身なんです」


 王都、御身という単語でピンときたのは、さすがお貴族様だ。


「そうか。そういうことならわかった。そのへんはゼンガが詳しいので日を改めて先方と交渉しよう」


 そこは諦めてよ。でもよかったな、ゼンガ。当分は契約解除なさそうだよ。

 このわたしを全身全霊で崇め奉るといいよ。




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