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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第7章 燃えるジェノヴァに捧げるバラード
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復讐ストーリーは突然に



 バシンッ!


 頬を盛大に張られて、ランブルスは目を覚ました。


「いいザマじゃん、おじさん。自分から主の身代わりになった気分は、どんなもん?」


「へっ、へへ。もっと優しく起こしてくれませんかねえ」


 ランブルスは拷問は受けていないものの半裸にされ、壁際の鎖に両腕をつながれた状態で、顔や脇腹に大きなアザをいくつも作っていた。暇つぶしに二人がかりで折檻を受けていたようだ。この狭い地下室で修道士が二人、だらしない腹を晒していた。聖職者が聞いて呆れる。


 佐藤さんの〝白河夜船(ザントマン)〟の効果範囲は、円球状。修道院の地下室まで建物まるごとを覆う大きさだ。食堂を通りかかったら、修道士十数名がジョッキを握ったままテーブルにつっ伏して昏睡こんすいするほど強力だった。


「ひとりで勝手に人生終わってた? なら、このまま帰ってあげてもいいけど」


「あのさ。助けに来てくれたんなら、素直に助けてくれるとありがたいんですがねぇ」


「佐藤さん、かせの鍵ありました」


 わたしが倒れた修道士のポケットから投げ渡すと、佐藤さんは宙でつかみ取り、ランブルスの拘束を解いた。


「ここを出たら、直帰して新沼くんの怒りを鎮めて。この町で彼に爆発されるのはまずいから」


「身代わりはオレが言い出したんだ。ケースケはこの世界に失っちゃいけねえ、あいつならこれから先、もっと多くの人を救えると思ったんだ」


「だからよ。あのばかマジメ、たぶん今すっごく自己嫌悪してて、明日の朝になったら喧嘩腰でここに乗り込んでくるに決まってる。秒でここの建物ごと吹っ飛ばせば、一週間で世界が恐れる魔王の出来上がりよ」


「へっ。ならいっそ、お前ら転生者で、反乱起こしちまえば?」


 いった途端、佐藤さんはうつむくランブルスをのど輪でかち上げて、顔を近づけた。


「おい、斎藤。いま心にもないこと言う状況ちゃうねん。あたしは新沼くんのために言うとんねんぞっ?」


 佐藤さんに強く見据えられ、ランブルスは汚れた石床に座ったままうなだれた。


「悪かった。で、そいつは」


「身代わりになった、あんたの身代わりだって」


「はっ、はあぁ!?」

 ランブルスは目を大きく見開いて、ぐったりしている男を二度見した。

「全っ然、似てねーじゃん!」


「あれ? 似てると思ったけど」


「同じなの、顔の長さと髭の形と色だけっ、オレの鼻こんな鷲鼻じゃねーし、あご割れてねーし! 二割こっちがイケメン!」


 佐藤さんがたまらず女王笑いした。


「コイツら目が覚めた時に、違うやつが壁からぶら下がってたらどんな顔するんだろうってわけ。なんか面白くなぁい?」


「お前ら趣味エグいってぇ。シュールよりグロだろうが。そもそも、こいつ誰?」


「トルトナで馬車襲ってたやつの頭目よ」


「あの時の? 暗闇の中でよく顔覚えてたな」


「昔、死んだ時に目覚めた特殊能力よ。松明で一瞬だったけど、ああいうの絶対忘れない」


「そうか。それなら、良心の呵責なくやれるなっと」


 ランブルスは勢いよく立ち上がろうとして体がふらついた。それでも膝を持って自力で立ち上がり、気を失った男に鉄枷をつける。


「殴られすぎて足にキてるんでしょ、後はこっちでやるわよ」


「うるせ。こういう汚れ仕事はオレがやるに決まってんだ。でなきゃ、男やってる価値がねぇ」


 すると佐藤さんがムッと気配を尖らせた。


「手を汚すことに、男も女もないわ」


「結果で、そうなっちまうならな。男はな、女が片意地張ってたくましくなっていくのを見てられねぇんだ。疲れて家に帰って『その程度の仕事で甘ったれるな、皆働いてるんだ』って慰めてもくれない女より、『大変だったね、少し休んでもいいんだよ』って労ってくれる女こそ守る価値があると思う。男はそういう生き物だ」


「それだって、性別関係なくない?」


「ある。男はな、ずっと女に守られていたいんだ。だから女のために前へ出て死ねんだよ」


「なにそれ。そんなん、女の苦労をわかってない男のカッコつけじゃない」


「かもな。だがそれでもだ。男の誇りの元素は、それって話。だから先に行ってろ」


「ふんっ。かっこつけ、もう好きにせぇや!」


 佐藤さんはプイッと身を翻して拷問室を出ていった。


「あの、ランブルス」


「お前も行けよ。サトウの傍にいてやってくれ。今のあいつは丸腰だ。あとで行くから」


「う、うん」


 わたしは地上に戻った。二人の会話にわたしは妙なひっ掛かりを覚えた。具体的にどこがおかしかったわけじゃないけれど。強いていえば、どちらともなく、かばい合っていたような。


 佐藤さんは修道院の前で待っていて、ほっとした。


「お嬢」


 ローズマリーがとてとて駆けてきた。ランブルスを追って地下室を監視できるところに忍んでいたらしい。髪に蜘蛛の巣が幽霊のようにぼんやり光って視えた。頑張り屋だ。そっと取ってやる。


「お嬢が地上へ出る時、アポリナーレ・ランブルスが、あの男の顔を潰してました」


 さすが元魔王監視役、わたし達が地下室をでた後も監視を続けていたのか。


「そう。まあ、似てなかったからね」


「でも、胸に剣をさしたままで、殴ってました」


 ランブルスが、自分の身代わりを刺した?


 ――昔、死んだ時に目覚めた特殊能力よ

 ――ああいうの絶対忘れない

 

『あたし、刺されて死んだときから、加害者って名のつく男の顔は忘れんことにしてんの。見忘れてないわ』


 以前、佐藤さんは自分が死んだときのことを話してくれた。通り魔に刺された時のことを。


『結局、七人目で捕まったんですか?』


『射殺されたらしいで。突然、女性警官の眼の前で女子大生を二人も刺し殺したんやて。さすがの女性警官も撃つしかなかったて。そりゃ怖すぎでしょ』


『まさか、そいつまでこっちに転生とか?』


『女神は〝ない〟言うてた。地獄でゴン詰めされて精算してから冥府で裁判されん限りは。人殺しはまず天国によぉ入れられへんから、また地上に戻される(・・・・・・・・・・)とは言っとったけどさ』


 佐藤さんは、女神の言葉なんて一ミリも信じてなかった。ずっと探してたんだ。


 もしそうなら、ランブルスとの会話は、符牒だ。


 わたしと道教みたいな前世の接点が、佐藤さんとランブルスにもあったのだろうか。それを新沼さんだけでなく、誰にもさとられないよう、ひた隠しにした盟約があったのか。


 でも、こんな異世界でそんな偶然が重なるなんて、あるんだろうか。


 それとも起きてしまったのか、いくつもの偶然の重なりが。


 身代わりになった不運な男もまた、転生者だった。まずそこを決めつけてしまわなければ、二人の会話に隠れた暗黙の言い争いに来づけない。


 九州圏出身の教師だった斎藤雄太と、関西圏出身の東京専門学校生だった佐藤美城が共通する関係があるとすれば、わたしに思い当たることといえば、一つしかない。


 東京でおきた連続通り魔殺人事件。

 その顛末を二人は女神から聞かされていた。

 でも前世界の斉藤雄太は男性だ。被害者じゃない。とすれば、被害者の家族か、恋人。


 前世界の犯人がこの世界に転生している可能性を、佐藤さんはパッシブサーチしていた。


 佐藤さんの魔法素養は努力だけじゃ届かない最大のⅤ。

 あの頭脳と素養なら、魔法式を組み合わせて作れてしまいそうだ。

 でもどんな条件を入れれば、前世界の通り魔を見つけられるんだ。


 できたとして、この突然の最悪のタイミングと場所で、二人の復讐を果たす機会が巡ってきたのか。これを千載一遇の好機というのかどうかわからないけど、斉藤雄太は踏み切った。


「ねえ、ガイド。言葉にしなくても転生者同士で意思疎通できるスキルなんて、ある?」


 転生ガイドは、しばし無言だったが、


responsum:[以信伝心]。会話中の言語周波とは別の周波をつかい、会話できる。ただし会話中の音声周波数帯にしか乗せられないため、会話中にしか意思を伝えられない。


 リアル副音声。やっぱりあるのか。そんな腹話術みたいなものまで。


「どうやったら、そのスキル習得できるわけ?」


responsum: 六ヶ月以上の共同生活。Ⅱで十年、Ⅲで二十年。一度の習得に四人同時が可能。


 副音声つきの会話なんて使いづらく、ランクアップも携帯電話の年功割引より望めないポンコツスキルだ。周囲に知られず秘密の会話をするときは便利かもしれないけど、普段から目の前で多用されると、仲間内で疑心暗鬼になりそうだ。


 秘すれば、花。かくして二人の復讐は人知れず遂げられり、か。


 わたしは今の佐藤さんが好きだし、ランブルスもそのままでいてほしかった。


「お嬢。せつは、いい仕事をしましたか?」


 ローズマリーが不安げに見上げてくる。


「うん。わたしはあのおじさんを信用することにしたから。何か名案がひらめいたんでしょう。わたしはアポリナーレ・ランブルスを信じるよ」


 自分に言い聞かせ、わたしはローズマリーの頭をなで、そっと肩へ滑らせる。


 馬車に戻るまでの道、佐藤さんはずっと無言だった。


 わたしも言葉をかけなかった。


 人の闇は、他人がその内心を見通すには深く、暗い。


 そして、真実もまた闇から闇へ。




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