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異世界ジパング復興主義《リナシメント》  作者: 玄行正治
第7章 燃えるジェノヴァに捧げるバラード
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魔女狩り 対 おやじ狩り



 セストリ・ポネンテ。

 ジェノヴァ西部の旧市街地で、工業地帯の中に平民が生活している。


 元は建材用の石切り場から発展した町のようだ。町の北にある山の岩盤がむき出しになっていた。それが今では鉄工所や造船所もある。


 子どもたちが人種の別なく駆け回っている。

 町全体はどこかすすで汚れた雰囲気だけど、人間力に溢れたエネルギーを感じる下町の風情だ。


 ミモザとランブルスが出かけていった鍛冶屋は、人から何度も訊ねてやっとたどり着ける奥まった鹿の角族(チェルヴァーノ)居住区画にあった。


 ランブルスが空き地で子どもと縄跳びしていた。


「なっ、なんだよ、わざわざこなくてもよかったのに」


 無愛想に応じたおっさんの顔に、多少の照れを発見。子供好きらしい。


「帰りの足がいるかなあって思って。ミモザ、まだかかるの?」


「それどころか朝からずっとあの鎚の音が途切れてねぇよ。なあ、馬車からなんか臭わねえか?」


「漁港でバイトしてた。魚ももらったよ。食べる?」


 ランブルスは子どもたちとバイバイして、助手席にのってきた。 


「ケースケから遊んで暮らせる金もらったのに、まだ働いてるのかよ。物好きだねえ」


「遊ぶと頭に余裕ができて、働くと頭に活力ができるって、うちの祖父ちゃんよく言ってたよ」


「それは……たしかに、そうかもな」

「ほら、これあげる」


「お、〝あご〟じゃねえか。いいのか?」


「トビウオをあごって言うんだね。もとは九州圏の人?」


 ランブルスは頭からかじりつこうと大口を開けたままで止まった。それから思い切り頭にかじりつく。ボリボリと咀嚼しながら、わたしを見つめてくる。


「やっぱり忘れたいんだ。ひよこ豆腐だしたときも、進んでなかったもんね」


 ランブルスは思い沈んだ表情を見せて、咀嚼を止める。


「お前らこそなんで、忘れようとしねぇんだよ。もう戻れないんだぞ?」


 今まで誰にも言わなかったことをこっそり訊ねてくる。真剣に相手の顔色をうかがう口調だった。

 わたしも真摯に答える。


「死んだ実感がないわけじゃないけど、残ってる記憶ものまで否定もできない。独りぼっちだと思ってた世界で、近い世代の近い感覚を共有できる人がいた。その喜びと安心感がまだ強いから。独りでこんな世界に放り出されたままなら、さっさと前の記憶を忘れてこの世界に馴染んでた。さもなけりゃとっくに心壊れちゃってたよ。ランブルスはそっち?」


「ああ、いなかったな。そんな都合のいい友達なんて」

「ずっと独りだったんだ」


「この世界じゃ始めから孤児だった。両親の顔も知らん。修道院の前に置き去りにされてたらしい」


「そっか」


「修道院で文字を教わった。前世界のラテン系言語に近い規則性で、すぐ理解できた。修道女の先生から魔族を疑われてずっとバカのフリで通した、あの時が一番長い五年だった」


「ランブルス、前の世界で何してたの?」


「それは……教師だ。中学の。過疎寸前の村で、生徒も少なくて全教科教えてた」


「だから、アポリ先生なんだ」


「忘れとけよ。お前らはランブルスでいいから。圭佑にも先生はいらんってずっと言ってんだけど、なかなか許してくれなくてな。頭のデキは向こうのほうが上なのにな」


「そういう生徒って、クラスに一人くらいはいたじゃん」

「っ……まあ、な」


 過去の自分を思い出したのか、ばつ悪く焼きあごをかじる。


「久しぶりに焼き魚食ったけど、マジでうめぇな」

「新鮮だからね」

「お前、メシは」


「おうどん作って食べました」

「はあ? うどぉん?」


 ランブルスはわたしにふり返って目を瞠る。トビウオにそっくりだったので、わたしは声にして笑った。


「昨日の晩のうちに強力粉と塩で、足踏みして仕込んでおいたんだ」


「カレン、お前。本当に料理知識豊富だな。じゃあ、オレらの分は?」


「個人営業だもんで、受注生産っすねえ。今夜中にまた仕込んでおけば人数分あるよ。あと、お蕎麦も」


「お前、蕎麦まで作れんのぉっ!?」


 ランブルスの驚き方は大げさ、ではないかな。


「実はうすに挽いてないから、クレモナに帰ってだよ。チェーザリ商会に頼もうかと思って。それでミモザに、そば切り包丁作ってもらおうかなって来た……先生も食べたい?」


「うっ。それは……まあな」


 わたしは横目で助手席を見て、ニカリと笑った。


「食べさせてあげてもいいよ。その代わり、前世界の名前を教えてもらうから」


「はぁっ、名前? なんでよ」


 露骨に嫌な顔をされた。たかが名前じゃん。そこまで嫌か。嫌かも。過去と決別済みの転生者には。


「本当に蕎麦の味が分かる転生者じゃないと、作った意味ないから。一応、二八そばだからね」


 蕎麦にはグルテンがない。十割そばは蕎麦本来の味は楽しめるが、喉ごしが悪い。小麦粉のグルテンをツナギにして打つ。前世界では「蕎麦が二、小麦が八」と曲解されがちだった。


 ランブルスはあちこち目線をやって、深刻なほど悩みはじめた。


 そこへわたしがとどめを刺す。


「なんなら、天ぷらもつけようか。小海老のかき揚げなんてどお?」


 とたん、ランブルスはうめき声を洩らして、その場に肘と膝を屈した。


「さ……さいとう……ゆう、た」


 ――聖騎士・斎藤雄太、陥落。


 天ぷら好きか。割とチョロかったな。

 この間から、転生ガイドがちょいちょい妙な宣言をする。これってなんだろう。


 ――ノリです


 お前、日本語で話せるんかーい。


     §


 ジェノヴァは傾斜地の都市だった。


 坂道が多い。坂道しかない。なので中型馬車でも、よそ者を止める場所が少ない。


 ミモザは結局、声すらかけづらいほど仕事に追われていた。


 名工という叔父の工房が忙しすぎて弟子がごっそり逃げてしまったそうだ。そば切り包丁どころか槍にすらまだ着手できてない有り様だという。


 わたしは旧市街からランブルスを連れ、新市街の貴族通りへ戻った。


 それから新沼さんのそれとない指示で、わたしと佐藤さんは馬車で市街を出て、市場そばの停車場に馬車を止めて車中泊する。


 ギシッ、ギシッ……。


「もうっ、それ外に出して!」


 佐藤さんに叱られて、泣くなく外でする。


 うどん踏みだ。


 車内が魚臭い、だの。うどんを自分に黙って食べた、だの。さんざんブッチ切れられて、鰯の一夜干しを残った生醤油と白ワインで煮付けにして食べさせて、ようやく機嫌を直してくれた。それで馬車の中でうどんをこねてたら、寝られないと追い出された。


 佐藤さんのためにこねてるうどんなのに、理不尽だ。


「キクチ様っ」


 ふいに闇の中から声をかけられて、わたしは跳び上がり、踏んでいたうどんで足を滑らせて尻餅をついた。下がうどんじゃなかったら、すぐには立ち上がれなかっただろう。


「いたたた。ちょっとバジルぅ。なんで教えてくれなかったのぉ?」


「お嬢、バジルとオレガノは夜の偵察に行っとるよぉ」タイムの返事。


「ええぇ? もうっ、勝手に行かないでよぉ。今その声、ゼンガよね。ちゃんと出てきて」


「申し訳ございません、火急でございます。ニーヌマ様がサン・ドナートナ修道会に逮捕、連行されました」


「逮捕って、どういうことっ?」


 荷台の幌カーテンから佐藤さんが顔だけ出した。


「例のお薬です。あれが魔女の薬として密告されました」

「密告したの誰?」


「申し訳ございません。ラウラという弊家へいけの使用人でございます」


「昨日の今日で密告なんて、タイミングがデキ過ぎでしょうが。まんまとスコーリオ家に踊らされたわね」


「サトウ様?」


 佐藤さんは幌の中に戻り、ランタンを灯し、身支度しながら言った。


「こっちでも情報収集はしてたからさ、主にカレンが」


「なるほど。さすがは一を聞き百を知る大魔術師マーレファ・ペトラルカのお弟子様です」


 わたしの努力なのに、佐藤さんが褒められている謎。


「今はお世辞なんていいわ。でも、なんでそこでマーレーの名前が出るわけ。もしかして、あんたか。自分の主人にヴァンダーを頼れってそそのかしたの」


 上着をきて、カンテラを手に馬車からおりてきた佐藤さんは、ワンワン執事を胡散臭そうに見つめる。


「わたくしではございません。お館様でございます」


「当主自身が?」


「五年前に、やはり今回のような高熱で奥方フィーリア様を亡くされました。その際に、ヴァンダー様に十五年前の借りを返してもらうべきだったと後悔なさっておいででした」


「たしか、邪竜討伐船がここの港にたどり着いたんだったわよね」


然様(さよう)でございます。その時に、死んだと思われていたヴァンダー様を介抱したのが、弊家へいけでございました」


 そこへ、バジルとオレガノが戻ってきた。


「お嬢っ」


「新沼さんのことなら、あらましは聞いた。スコーリオに一杯食わされたんだって?」


「連れて行かれたのは、ランブルスのおっさんっす。あのおっさんがニーヌ魔王の身代わりにな

って連れて行かれたっすよ」


 わたしと佐藤さんは顔を見合わせた。ランブルスはきっと従者の忠義じゃない。生徒を守る教師の魂に火がついたのだろう。


「連れて行かれた場所は」


「今ローズマリーに追わせてるっす」


「新人に追わせて、先輩が二人とも戻ってきて、あんたたち何やろうとしてるわけ?」


「なにって。お嬢は、スコーリオが許せないんじゃないと思ってさ」


 オレガノが肩をすくめると、バジルもにししっと歯を見せた。以心伝心だ。


「カレン、それにあんたらもさ、許す許さないの問題で動こうとしてんじゃないわよ」


 佐藤さんが怒った口調で釘を刺してくる。


「魔女と確定すれば、ランブルスだけじゃなく雇ったマントヴァーニ家にも罪に問われるの。なのに、スコーリオ家だけが自分が放火した火事の外から出ようとしている。これは許せないじゃなくて、チャンスなんだからね」


「チャンス?」


「そう。マントヴァーニが魔女を招じ入れたその騒ぎの間に、どうしてスコーリオ伯爵まで災難にあったか、誰からも気づかれないからね」


 佐藤さんは、この騒動を破壊消火する気なのか。


「ランブルスがドナドナ修道会に魔女の疑いで捕まってる間に災難を起こすの。次にスコーリオ伯爵の失踪で大騒ぎすれば、治療で魔女を引き入れたことなんか小さいわよ。悪いことじゃないんだし、人の目からマントヴァーニ家は守れる。ゼンガだっけ」


「はっ。なんなりとお申し付けください」


「あなたの主人に伝えて、恩を恩で返す気があるなら、わたし達と連繋しなさいって。」


 ゼンガは、もさもさの前髪からそっと目を出して、


「そちらの群れでは、サトウ様が一番だそうでございますね」


「そうよ。リーダーはカレンで、ボスが、あたし」


 ふんぞり返る永久保存級女子学生に、犬人間はフッと笑った吐息で頭を垂れた。


「承知いたしました。それでは、手筈てはず調ととのえてまります。まずは失礼を」


 ゼンガは慇懃にお辞儀したまま闇に消えていった。




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