ミト、最後の試練
グリズリーは住居の外庭の、川魚を開いて干しているのを見つけ、それをムシャムシャ食べ始めた。
ミトは更に歩を進める。
干し魚を口に放り込んでいるグリズリーが一瞬、ピクっとなり、ミトの方に身体を向けた。
お互いの眼が合う。
グリズリーは前脚を下げ、四足歩行になった。
――グォォ……。
うなり声をあげ始める。黒茶色の毛並みが逆立ち、むき出しの牙と前脚の爪。完全に臨戦態勢。
そして、ミトに向かって一歩一歩、少しずつ、じりじりと距離を詰めてきた。
「……んっ?」
ふと、マナトは周りを見渡した。
いつの間にか、グリズリーの出現で避難していた村人達が、遠巻きに見物し始めていた。
「おいおい、あのグリズリー、やっぱりデカいぞ……!」
「あ、あんなのに一人で勝てるのか……!?」
……ホントそれ。
「や、やっぱり、ボウガンで撃ち殺したほうがいいんじゃ……!」
「大丈夫なのか?ミトは……」
マナトだけでなく、護衛担当と伝達係の若者も、グリズリーとミトが対峙するのを見て、心配している。
「なあ、おい、ラクト……!」
「まあまあ、見てなって」
ラクトが言った。皆と違い、落ち着いた表情をしている。
「この村でキャラバンの訓練をするようになってから、アイツ、メキメキと強くなってったんだぜ。アイツはキャラバンとしてすでに十分やっていける強さを持ってる。それをこれから見せてやるよ」
「いやごめんラクト、お前、何さま?」
――ザッ……。
あと数歩でお互いの手が届くかという、危ない距離まで近寄ると、ミトは立ち止まり、右腰につけているダガーを両手で逆手持ちに握り、同時に、すぅ~っと、ゆっくり息を吸い始め、少し腰を落とした。
その刹那、グリズリーが跳躍した。
――ブンっ!
もの凄い早さで、ミト目がけて右前脚でなぎ払う。
――ガッ!
ミトに直撃。その衝撃で真横にふっ飛んだ。
「キャぁ!!」
遠巻きに見ていた観衆から悲鳴が上がった。
――ザッ。
ミトはくるっと受け身を取り、すっくと立ち上がって、また姿勢を低くとって、すぅ〜と、ゆっくり息を吸った。
――ポタっ、ポタっ。
ダガーの刃先から、血が滴り落ちている。
ミトのではない。グリズリーの血だった。
――グゥゥ……。
グリズリーが、苦痛のうなり声をあげた。
「さすが……!」
ラクトが興奮した様子で言った。
「うむ!」
長老もうなずいている。
「ミトぉぉおおおおお!!」
「ミトくん!大丈夫!?」
だが、他の取り巻き達は、ミトが攻撃を受けたものと思って、騒いでいた。
「す、すごい……!」
マナトのいる視点からは、よく見えていた。
ミトは、グリズリーの跳躍からなぎ払いまでの一瞬に、両手で引き抜いたダガーで、右前脚をぷすりと刺していた。
刺したことで鋭い爪を顔ギリギリのところでやり過ごし、後はあえてグリズリーの力に逆らわず、自らも吹き飛ぶほうに跳躍し、受け身を取って次に備えた。
一瞬のやり取りを見て、マナトは驚愕した。
……自分と同じくらいの体格、年齢なのに、何て強いなんだ。
――タッ……!
ミトが跳躍。素早くグリズリーの右側へ回り込む。
「いけぇ!ミトぉ!」
「がんばって~!」
――ヒュッ。
ダガーの一閃。グリズリーの左の後ろ脚を狙う。
――ズ……。
「惜しい!」
「ああ、ちょっと浅いな……!」
長老とラクトが言った。
――サッ……!
ミトはすぐに身を引いてグリズリーの射程範囲の外へ。
――タッ!
再び横からミトが仕掛ける。
――グァッ!!
グリズリーがミトのほうに振り向きざまに口を大きく開けて噛みついてきた。
――スッ……!
ミトが後ろへ跳躍。
――ヒュッ!
そして相手の噛みつきの終わりを狙ってダガーの突きを繰り出した。