クルールの守り神、人魚
地底湖は先がどこまで続いているのか分からないほど広かった。
長老の持っているランプの灯りも届かず、湖の奥は闇に包まれている。
「……来るぞ、クルールの守り神、人魚じゃ……!」
「えっ、人魚?」
マナトはちょっと、ときめいた。
伝説の生き物で、上半身は美しい女性、下半身は魚の胴体をしている、艶かしいあの人魚の姿を頭に思い描いていた。
――スッ。
湖の奥のほう、少しランプが届いておらず視界が悪いが、何か尖ったものが、水面から出て来た。
それは左右に泳ぎながら、少しずつマナト達のいる湖のほとりまで近づいてくる。どうやら魚の背びれと思われ、その上、大きさはマナトの背丈くらいある。
……あっ、これ、違うヤツや。
落胆している間もなく、大きな背びれがどんどん、近づいて来る。
「ち、長老……!」
「大丈夫じゃ。敵ではない」
……長老の言葉を信じるしかない。
ほとりにかなり近づいてきたところで、背びれが横向きで止まった。
――ヌゥゥ。
背びれが押し上げられたかと思うと、青銀色の鱗に覆われた生物が、マナト達の眼前に現れた。
顔の先端は細長く、口は尖っているが牙はなく、ギョロっと浮き出たまん丸い目。
魚の横顔そのものでありながら、胸びれの下からは、人間の、いや巨人が持つようなたくましい、銀色の鱗に覆われた腕が生えている。
その大きな手には、水かきと鋭い爪。
更に、尻びれあたりからも、巨大な鱗足が生えていて、人間のように二足歩行で立っている。
そして、魚を触った時にヌルっとするような独特の粘液が不気味に光っていた。
――ギョロ……。
遥か頭上から、そのまん丸い目でマナト達を見下ろす。
……どこが守り神なんすか……!
これまでの美しい、幻想的な光景とはあまりにも対照的な、おぞましい怪物だった。
「久しいの、人魚の主よ」
「……フリード、カ」
……怪物が、しゃべった!
「ナニシニ、キタ……」
低めな上にかなりしゃがれているが、かろうじて聞こえる。
「ひとつ、報告があってな。うちの若いもんが、クルールを飛んでいるドレイクを見たそうじゃ」
「……」
――ギョロ、ギョロギョロ……。
怪物のまん丸い目が、ギョロギョロギョロと動いた。
……こっわ。
背びれや胸びれをパタパタと開いたり閉じたりして、その水しぶきがマナトと長老にびしゃびしゃかかった。
「ここまでドレイクが飛んでくるというのは、非常に珍しいと思ってな。まっ、一応、報告しておこうと思っただけじゃ」
「……ワシラニハ、関係ノナイコトダ」
「うぬ、ならばよし」
「……ソレダケカ、フリード」
……てか、フリードって、長老の名前か!
「あっ、いや、そっちはついでじゃ。本命は、こっち」
長老は、マナトを指差した。
――ギョロ。
まん丸い目が、マナトを凝視した。
「……ナンダ、オマエ」
……恐い、恐すぎる。
「紹介するぞ。マナトじゃ」
「ど、どうも……」
――ギョロ、ギョロギョロ……。
……そ、その目をギョロギョロするヤツ、怖すぎるんですけど!
「珍シイデハナイカ、フリード。他人ヲツレテクルトハ」
「まあの」
「……ホウ」
――ヌゥゥ……。
「ひ……!?」
巨大な人魚がマナトに迫ってきた。
人魚の瞳に、自分のおびえた顔が映っている。
「……オマエ、コノセカイノモノジャ、ナイナ」
「……えっ!」
「そうじゃ。マナトはこのヤスリブでない、別の世界から来たという、ちょっと面白い経歴を持っておる」
長老は言った。




