長老、マナトについて
2人は居間まで駆け抜けた。
「長老!!大丈夫か!?あっ!」
「長老!?」
居間で、机に突っ伏して、筆を持ったまま意識を失っている長老の姿があった。
筆につけられた墨汁は染み落ちて、下の紙が黒く染まっている。
そして、その先。
「……それで……デスね……か……世界情勢は、そこまで、わ、分から……アメリカと……あっ……あと……ヨーロッパでは……」
長老と向かい合って、マナトがだらんとイスにもたれかかって座っている。
目は虚ろで、どこを見ているのか分からない。
「……あっ……でも……日本でも……それほど……教育デスか……そ、ソウデス、ね……問題も……」
意識が朦朧としているようだ。
何か呪文を唱えるような、夢にうなされるような、何かに取り憑かれているように、微かながら、しかしずっと、口を動かしている。
「ちょっと、アンタら……うぉ!?」
ラクトが居間に入ろうとすると、足の踏み場がないほど、居間の床に長老が書き記したとされる紙が散らかっている。
「ええい!紙なんか気にしている場合じゃねえ!」
「長老!マナト君!大丈夫!?」
ラクトもミトも紙を踏みながら居間に入った。
「……あっ、これは、熱があるぞ!……うわっ!マナトもだ!」
長老とマナトのおでこを触ったラクトが叫んだ。
「医者呼んでくる!」
ミトは長老の家を飛び出した。
※ ※ ※
次の日、長老はピンピンとして、大広場へと出てきていた。
「まったく、心配したぜ、長老」
先日村に戻ってきたキャラバンの隊長、ケントが苦笑して言った。
「いやぁ、すまんすまん。とりあえず、よう帰った、ケント」
「おうよ」
「交易品も、皆に行き渡ったようじゃな」
「ああ、大丈夫だ」
「うむ、ご苦労。それで、市場のほうは?」
「おう、それを言おうと思ってたんだよ」
「おっ!なんじゃ、よかったのか!?」
「フフン、聞いて驚くなよ……」
なぜかケントは鼻を高くした。
「ちゃんと、ゼロを守り通したぜ」
「……う、うむ、ご苦労」
「ところで、俺が交易行ってる間に、新参者が増えたらしいな」
「おお!そうじゃった。マナトはどこにいるかの?」
「ミトの家で休んでいるみたいだぞ」
「そうかそうか。……いやぁ、あまりにもあやつの住んでいた世界に興味を持ってしまって、三日三晩かの?ず〜っと問答してしまったわい」
「三日三晩だと?」
ケントは唖然とした。
「おいおい、無茶苦茶だな、長老。そりゃ熱も出るぜ」
「年甲斐もなく、若かりし頃の書生の血が騒いでしもうたんじゃ」
「無理すると身体に堪えるぞ。もう年なんだから」
「何を言う。まだまだ若いもんには負けん。生涯学習の身よ!」
「年甲斐もないんじゃなかったのかよ。でも、まあ、そうだなぁ……」
ケントは無精髭を触りながら、長老の表情を眺めた。
「確かに長老、若返ったような気がするなぁ」
「じゃろ?」
「マナトって言ったな。どんなヤツなんだ?」
「ものすごい、いろんな話を聞いてな。日本という、異世界の国からやって来たそうじゃ」
「ほほう」
「その世界がなぁ。……考えられないほど、平和なんじゃが、実は、それほどでもないところが、本当に面白くってなぁ」
「へぇ〜!そんな世界があるのか」
「マナト本人は意識しとらんようじゃったが、わしにとっては、とてつもない衝撃をいくつも受けた」
「たとえば?」
「……あまり、外では言えんことじゃ」
「んだよそれ。ますます気になるじゃねえか」
「そうじゃなあ……マナトはいわゆる、わしらが理想とする世界に住んでおった」
「ほう!」
「しかし、わしらはまだまだ無知じゃ。その理想の先になにがあるのかを、マナトによって、知ってしまってな」
「……ほう?」
「そういうことじゃ」
「ふむ、なんもわからん」




