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愛しいヴぁんぱいあ  作者: 宗田 花
第1部
9/18

08_事故―2

 第一段階として昼過ぎの二時ごろ、腫れを三分の二近く引かせた。担当医の回診の時間だ。

「順調ですね! ずい分腫れが引いた。この調子なら明日にはギプスになりますよ。そしたらリハビリを開始します」

「リハビリってどんなことをやるんですか?」

 秀太朗に聞きはしたが、なにも聞かないのも変だ。

「松葉杖を使って歩く練習ですよ。最初は短い距離で始めます。少しずつ距離を伸ばして、ある程度歩けるようになったら退院です」

「退院ですか! 先生、どれくらいで歩けるようになりますか?」

「人によって違いますから。瀬名さんは熱心そうだから早いかもしれませんね」

 セナにフェロモンを撒かれて半分酔っ払ったように機嫌のいい担当医が出ていくと、看護師が近寄ってきた。こっちにもフェロモンが効いている。

「良かったですね。カテーテルが取れますよ」

「何時ごろ?」

「多分明日の午前中には。あ、また腫れてきたらそうはいかないですけど」

 後一晩の辛抱だ。ようやく『変な物』から解放される。


 第二段階は夜だ。セナは腫れをしっかりとなくした。看護師が確認してくれた。

「これで明日はギプスですね! 良かったです、本当に」

「井沢さんのお陰です。よく面倒見てくれるから」

「あら……」

 ちょっと赤くなる看護師。欲しいものは無いかと聞かれ、缶コーヒーが飲みたいと頼んだ。

「いいですよ、ちょっと待っててくださいね」

 そんなお使いまでしてくれる。



 翌日は10時前には医師が来て再確認。カテーテルが外された。

「ちょっと痛みますからね」

 看護師が申し訳なさそうに言う。感覚をシャットダウンし、目を閉じて看護師がイチモツをいじくり回すのを耐える。

「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございました! ああ、すっきりした!」

 セナは心からそう言った。もう二度と世話になりたくない。看護師が笑う。

「皆さん、そう仰いますよ。もし違和感を感じるようでしたら言ってくださいね。たまにその、炎症を起こす方もいて……」

 セナは露骨に嫌な顔をしてみせた。なぜか看護師は罪悪感に包まれる。

「ごめんなさい。そういう方もいるんです」

「こっちこそ! 井沢さんが悪いわけじゃないから」

 許してもらえたような気持ちになって、看護師はほっとした。


 車椅子でギプスを巻いてくれる技師の所にいく。これは興味深かった。

「ちょっと冷たいですよ」

 そう言いながら濡れた包帯を巻いていく。それはみるみるうちに固まって、しっかりと足を保護してくれた。

「痛くないですか?」

「大丈夫です。これで終わりなんですか? あっという間に固まるんですね!」

「昔は石膏で固めてましたが、今は技術が進んでますからね。なにか支障があったら我慢せずにすぐに言ってください」

 みんな優しい。セナは当たり構わずフェロモンを撒き散らした。どうせやってもらうなら義務的でない方が心地いい。


 車椅子で病室に戻ると秀太朗が来ていた。

「おとうしゃん! だっこ!」

 ベッドに落ち着くと早速祐斗が強請って来る。

「お子さん、可愛いですね! だっこ、無理のない範囲でね」

 そう言って看護師は出て行った。

 手を伸ばす祐斗を抱きとる。

「寂しかったか? 少し重くなったか?」

 秀太朗は微笑ましく見ていた。セナの子育ては自分が言い出したのだが、こうやって見ていると勧めて良かったと思える。どこから見ても立派な父子だ。

「祐斗はずっと『おとうしゃん』って言ってたんだよなぁ」

 そう言われてセナがデレっと嬉しそうな顔になった。

「足は?」

「ギプスしたからもう治したよ。後はレントゲンの時だけ骨を折っておく」

「わざわざ折るのか?」

 どう聞いても痛そうだ。

「そういう状態にするってだけのことさ。痛くもなんともないよ」

「ヴァンパイアって便利だな」

 今さらながら人間との違いを大きく感じる。

「雫は?」

「これ、今日の写真だ。だいぶいいと思わないか?」

 思ったより状態が良かった。後はちょっとしたかさぶたが取れればいいだけだ。

「これなら明日には血を飲ませられそうだ」

「どうやって飲ませる?」

「俺は近づけないから秀太朗がやってくれ。水に混ぜるからそれをこっそり口に含ませればいい」

「飲み込むかどうか」

「含むだけでいいから。すぐに目を開けると思う。そしたらナースコールを押すんだ。後はもうやることは無いよ」

「すごく簡単そうだ」

「簡単だよ」

 困惑したような顔の秀太朗に、セナが笑う。

「だから俺たちは狙われてるんだ」


  


 その間にもじっとしていない祐斗は、毛布に潜り込んだりギプスを触ったり。ギプスを叩いてはその感触を楽しんでいる。時折くりっとした目でセナの顔を覗き込む仕草が可愛くて、セナはずっと祐斗の頭を撫でっぱなしだ。

 小指を噛み切って少し滲んだ血を舐めさせる。なにも変わらないところを見ると、やはりたいしたことは無かったのだろう。

「おとうしゃん、これ、なに?」

 もうそんなことを聞くようになっている。

「これ、ギプス。ぎ・ぷ・す。言ってごらん?」

「ぎ、ぷ、しゅ」

「そうそう」

 気に入ったらしく、また何度も叩く。秀太朗は心配になってきて、「お父さん、足、イタイイタイだよ」などと言うのだが、本人のセナが痛くない。

「セナ、良くないよ。包帯巻いている人を見ると叩きに行くようになる。『痛い』って言わないと」

「んなこと言ったって、痛くねぇし」

「セナ!」

「んん…… 祐斗、痛いって、祐斗」

「いたい? おとうしゃん、いたい?」

「うん、いたい。なでなでして」

 祐斗は叩くのを止めて、ギプスを撫でた。その仕草がまた可愛い。セナは祐斗を抱えあげた。

「お前、ほんっとに可愛いなぁ……」

 入院してから髭を伸ばしている。引っ込めるわけにもいかず、そのままだ。祐斗はその髭を嫌がった。

「チクチク、チクチク」

「痛いか?」

「いたい、チクチク」

 そう言われてわざと柔らかい頬を髭でこする。とうとう祐斗は秀太朗に手を伸ばして逃げ出した。セナは顎を撫でた。

「しょうがないよな、『剃る』ってわけにもいかないし」

 まだ洗面台に『立てない』のだから仕方がない。そう言えば髪だって不本意ながらボサボサだ。

「雫が見たら笑いそうだ」

「写真撮ってやろうか」

 秀太朗が祐斗を抱いたまま、携帯を出そうとする。

「やめろよな! 吸うぞ!」

「その脅し、大声で言うなよ」

 本気でないことなど分かっている。朝比奈家にだけ通用するブラックジョークだ。


「お食事ですよー」

 看護師がトレイを手に入ってきて、サイドテーブルにおいて行った。

「まずい、祐斗のお昼を持ってきてない」

「俺のをやるよ。祐斗、おいで」

 ベッドを立てて背を預け、祐斗を膝に置いた。今日のお昼は煮魚とひじきと温野菜、つけものに味噌汁。申し訳のようなフルーツゼリーだ。けれど祐斗にはちょうどいいメニューだろう。

 箸で魚を摘まんで口に入れてやる。祐斗には好き嫌いが無い。それは雫のお陰でもある。

「美味しいか?」

「おいしい!」

 祐斗はよく食べる。食事の4分の1ほどは食べ、秀太朗が引き受けてゼリーを食べさせてやった。

「食事は足りるのか?」

 秀太朗としては、そこが気がかりだ。

「大丈夫。『飢餓状態』は当分先だ」

「良かった! 病院で貧血の人間が増えると怪しまれるから」

「秀太朗もすっかりヴァンパイア的思考が身についてきたな」

 セナが笑う。秀太朗も苦笑した。

「これでも心配してるんだよ」

「有難く思ってるよ」


 看護師が入ってきてトイレを心配してくれた。

(出しといた方がいいんだろうな)

 ヴァンパイアと言えどもトイレくらい入るが今はそうでもなかった。けれど看護師がいる時に行っておかなくてはならないだろう。

そう思うから「行きたい」と答える。支えられてそっと立つ。すぐそばのトイレまでゆっくり歩いた。戻ってくると秀太朗がにやにや笑っている。それを睨みつけた。これでも苦労しているのだ、人間に見えるように。秀太朗にはそれが新鮮に見えるらしい。

「午後はリハビリがあります。またお迎えに来ますね」

 いよいよリハビリ開始だ。


  


 リハビリを見学したってしょうがない。秀太朗は雫を見てそのまま帰ると言った。祐斗にバイバイを言うと縋りついてくる。

「だっこ、だっこ!」

「ほら、これが最後だぞ。祐斗、また明日な」

 明日は雫に血を飲ませる日だ。祐斗を連れてくるわけには行かない。セナはそのちょっとした嘘に罪悪感を感じながら秀太朗に頷いた。

「じゃ、明日」

 セナと目を合わせて秀太朗は帰って行った。



「瀬名さん、リハビリ室までは車椅子で行きますから」

 用意された車椅子に乗る。セナはこれは気に入っていた。座っているだけで運んでもらうのはいい気分だ。

 リハビリ室に着くと、担当の理学療法士がついてくれた。

「事故からずっと順調みたいですね。熱発ねっぱつ……発熱もしなかったんですか」

 これはセナのミスだ。熱を出すものとは思っていなかった。

「人一倍健康なので」

 そんな言葉で誤魔化す。

(ケガで熱を出すのか)

 けれど追及はされずに終わった。まさかヴァンパイアだとは思っていないからだろう。

 松葉杖は自然にぎこちなかった。なにかを頼って歩いたことなど無い。普通のけが人のような仕草が出来る。これには安心した。

「上手い上手い! 瀬名さんは筋がいい!」

 自分ではぎこちないのに、それでも褒められた。

(もっと下手にしなきゃダメか?)

 早めに音を上げる。

「疲れた! ちょっと休んでいいですか?」

「いいですよ。初日から飛ばすと後が大変ですからね。今日はもう充分でしょう」

 看護師が迎えに来てくれたが、車椅子はもう使わない。そのままゆっくりと松葉杖で病室に向かう。

「汗をかいたでしょう! 体を拭いてからお着換えしましょうね。その後はゆっくり休んでください」

 この、着替えが実はいやだ。生まれたてのような肌をじろじろと見られる。

「瀬名さん、お肌つるつるですね!」

「遺伝ですよ、親が肌が良かったんで」

「羨ましいわ!」

 29歳相応の肌がどんなものか知らない。自分はなにせ540歳を過ぎているのだから。それでもヴァンパイアとしては若者だ。

 やっと解放されて、横になる。さすがに疲れた。気疲れと言ってもいい、こんなに人間に囲まれていたことが無い。

(帰りたい)

 子どものように、そう思う。明日のことを考える。本当は自然に雫が目を開けるのがいいのだが、きっとまだ無理だと思う。夕食を済ませ、日が変わるのを待ちわびた。



 次の日も10時過ぎ。秀太朗に注意しておいた。

「普段と行動を変えちゃダメだ。ごく自然にさりげなく。いつもと同じように」

 秀太朗はまた写真を撮って、言われた通り水を買ってセナの所に来た。

「おはよう」

「おはよう。もう頬の傷は大丈夫だと思うよ」

 写真を見せる。確かにもうほとんど目立たない。これが消えたってどうということもないだろう。

「水」

「これだ」

「大半、飲んじゃって」

 秀太朗はぐっと勢いをつけて飲んだ。外側はペットボトルのパッケージで隠れている。

 秀太朗の目の前で牙を剥き、小指の先を噛み切った。渡されたペットボトルにたらりと血を流し込む。水が赤く染まっていく。ペットボトルをしゃかしゃか振った。

「はい。これ、雫の口に何度か含ませてやって。タオル用意しとけよ、零れるだろうからちゃんと拭き取って」

 セナとしては血液を枕などに付着させて欲しくない。

「これ全部か?」

 5分の1ほどには水が入っている。

「いや、そんな必要は無いと思うよ。看護師に見られないように出来る?」

「それは大丈夫だ。看護師がいる時間はそんなに無いから」

 秀太朗は武者震いしながら部屋を出て行った。

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