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愛しいヴぁんぱいあ  作者: 宗田 花
第1部
6/18

06_人間

 セナはかつてない体験をしている。これからも、自分の一生にこんな形で人間が介入することなどないだろう。

 セナだって考えはするのだ。朝比奈家も祐斗も、いつかは自分の人生の一部に……ごく一部の存在になっていく。そうだ、過去のものになる。

(いくら人間と仲良くなったってなぁ……)

 そんな感覚が生まれたことも無いのに、今回はどうも勝手が違う。ヴァンパイアと知ってて自分を放っておいてくれない者たち。書物や美術品くらいしか自分に刺激を与えるものは無かったのに、ここにきて祐斗と雫という二人の人間が気になっている。

(ま、しばらくは退屈しないで済むか)

 世間のヴァンパイア狩りは、もう無くなることは無いだろう。いつかはヴァンパイアだけの村落でもできて、ひっそりと暮らすことにでもなるのではないだろうか。東南アジアとかヨーロッパの山岳地とか。そんなところに落ち着くことになるかもしれない。

 セナには恐怖心は無い。能力が高いのだ、自分がヴァンパイア狩りに引っかかるとは思えない。

 ただ何かあった時に、その逃走劇に祐斗を巻き込みたくはなかった。不思議だ……祐斗が可愛い。もう『はいはい』というものをする。

「祐斗」

 と呼ぶと、にこにこと自分の膝に一直線に這ってくる姿にはつい目が細くなってしまう。もう(おやつ代わりに)なんてことも考えなくなった。『愛しい』という感覚に馴染みは無かったのだが、それに近いものが芽生えつつある。



 セナは、ごくたまに夜中に遠出をした。もちろん、祐斗がぐっすり眠るのを待ってから。

 雫には食事の量についてこう言った。

『血を飲むのは眩暈がする程度』

 だがそれは一人の人間から、という意味だ。実はそれだけでは満腹には足りない。本来、人間一体分ほどは必要だ。その点、小説に書かれていることは正しいと言える。しかし、欲しいままに一人の人間を飲み干していたのは大昔のこと。昨今の世情がそれを許さない。死体を残すなどとんでもないことだ。

 飢え切ってからでは見境がつかなくなるから、セナはある一定の空腹を覚えると夜の町を漂い、のんびりと歩いている人間を探す。そして闇に紛れて後ろから抱きしめ、密やかに耳に声を忍ばせる。

「お前は目が覚めたら何も覚えていない」

 ヴァンパイアの声に含まれている周波数には独特の催眠効果があり、囁かれた人間はほろ酔い加減になる。そしてヴァンパイアに自ら身を差し出してしまうのだ。

 痕が人目を惹くから首筋など狙わない。うなじの上、髪が生えている部分から血を吸うのが主流だ。

 吸われている間、その人間は恍惚とした表情を浮かべ、痛みを感じることはない。

 現在では、ヴァンパイアはある程度飲んだら人間を解放するが、これにはかなりの精神力を要する。食事中に対象を開放するなど、厳しいことだ。だが、人間との関係性が変わってしまった今、身を守るには食事を分散するしかない。危険でも、遠く離れた町で幾体もの獲物を探して回るのがセナの食糧事情だ。つまり、結構苦労している。


  


 ある夜、食事が終わって家に戻ると寝室から祐斗の泣き声が聞こえた。

「どうした? 目が覚めちゃったのか?」

 抱き上げてあやしていると、家の中から微かな物音がした。瞬時に深紅の瞳が現れる。家の中にぐるりと視線を飛ばすと、台所に潜む者が見えた。警察に通報してもいいのだが、正直面倒くさい。

 祐斗をベッドに横たえると、音もなく台所に入る。

 いきなり現れたセナの姿に怯えた強盗は震える手で包丁を構えた。

「金が欲しいのか? 入る家を間違えたな」

(腹は、いっぱいなんだけどな)

 だが放り出すわけにもいかない。瞬時に男の背後に回り込むと、体内の血を700ccほど一気に吸った。1リットル以上も短時間で飲めば死んでてしまうからそれは避けたい。気を失った男の体を担いで隠し部屋を開ける。こんなことのために作ったわけじゃないのだが、男をベッドに縛りつけて猿轡をした。ランプは付けず、暗いまま放置する。

(ま、いいや。非常食ってことで)

 この辺り、ヴァンパイアであるセナはあっけらかんとしている。

 持ち出した男の財布を調べてみた。灯りは無いが、別に困らない。男は41歳。住んでいる場所はここからずい分遠い町だ。多分強盗に入るためにここまでやってきたのだろう。だとしたらなおのこと、好都合だ。行方不明になってもきっと誰も気づかない。セナは男を次の飢餓まで置いておくことに決めた。


 

 怯えている男には、ちゃんと日に三食食べさせた。言わば食糧だ。やせ衰えさせるわけには行かない。食事の時以外は催眠効果で眠らせている。

 3週間ほど経った夜中。セナはその部屋に入った。いつもならもっと間が空くのだが、すごそばに食糧があるという意識がセナに飢餓に似たものを感じさせた。そうなるともうダメだ。欲求には勝てない。この状態を放っておけば誰彼構わず手を出してしまいかねない。

 男を俯せにして覆い被さった。足のつかない強盗。いつものように分散して飲まずに済む相手。セナは男の血をきれいに吸い尽くした。

 車に運び、トランクに入れて町を出る。男の住まいとは別の方向で海の近くに。もちろん、すぐに身元の分かるものはとっくに焼いてしまっている。

 窓から潮の香りが入ってくると車を止めた。道路以外に車を入れるとタイヤ痕が残り、バレる元にもなる。ほんの少し軽くなった男を肩に担いで軽やかに歩いていく。地面にはさほど足跡もつかない。崖まで行って男の体を遠くに放り投げた。そのまま帰宅の途につく。

 本当に久しぶりだ、吸い尽くすほどに飲んだのは。なつかしい余韻に酔いしれる。

 戻った時にはもう夜明けが近かった。少し横になる。当分は飢餓状態にならないだろう。


  


「人間の血ってどんな味がするの? 鉄の味?」

 ある日またもや雫の質問タイムが始まった。捕まるとすぐにセンターに連行されてしまうから、世間のヴァンパイアに対する知識なんか偏っている。

「甘いよ、そうだなぁ……月並みな例えだけど芳醇でフルーティーなワインって感じかな」

「へぇ、甘いんだ。小説とおんなじなのね。なんだっけ……『酔いしれる』?」

「そうそう」

「肉じゃがとはだいぶ違うね」

 そう言って雫は笑った。今雫は肉じゃがを作っている。セナはこれに嵌っていた。ここ二週間、毎回肉じゃがだ。作っただけ食べてしまうから多めに用意しても意味が無い。だが、これはこれで雫の優越感をくすぐっている。

 雫がお玉を持ったまま振り返った。

「どれくらいの間隔で飲みたくなるの?」

「んー、その時による」

「そういう時教えてね、近寄らないから」

「大丈夫だって。祐斗や雫たちは食事の対象にしてないよ」

「そういうこと出来るの?」

「出来るよ」

「ヴァンパイアってみんなそう?」

「さぁな、ヴァンパイアによるんじゃないかな。ヒロみたいな節操無しだっているし」

 同情の余地はなかった。ヒロが捕まったのは、友人を襲ったからだ。しかも噛み痕を首筋にしっかり残し、友人は死にかけた。まるで小説に出て来る悪いヴァンパイアの見本みたいだ。

(中途半端に吸うんなら吸い切って死体を始末すりゃいいんだ。友人だから殺せなかったなんて論外だ)

 この先ヒロは繋がれたまま、ずっと人間に血を採取され続けることだろう。その血は富裕層に流れていく。人間は勘違いしているのだ、ヴァンパイアの血を研究すればいつかは不老不死になれるのだと。その結果疑似(ぎじ)ヴァンパイアの人口が僅かずつ増えていく。

 疑似ヴァンパイアの末路は憐れだ。己を守る術も知らず、ひっきりなしに血を求め、理性さえも捨て去り研究材料にもならずに切り捨てられる。


「ね! ヴァンパイアに血を吸われたらヴァンパイアになっちゃうってホント?」

「それこそデタラメだ。実際分かってるじゃないか、ヴァンパイアの血を摂取し過ぎるとヴァンパイアになるって」

「そっかぁ……不老不死にはなれないってこと?」

「お前の頭の中の構造、見てみたいよ」

 姉の栞に血をやったのは一回きりだ。だからヴァンパイア化していない。量の問題じゃない、回数なのだ。

 セナにだって分からないことはある。

――人間とヴァンパイア……どっちが搾取される側なんだろうな

 こればかりは分かる時は来ないに違いない。


 ヒロから自分の居所を知られることは無いと知っている。それはヴァンパイアの血の結束だ。命が懸かっても仲間を売らない。人間とは違う、それは鉄の掟だ。それでもヒロと親交のあった者たちは一様に疑われた。

 その中でセナは早々に対象から外された。ピアスをしている。取り調べの時に調査員がわざとこぼした熱々のお茶で火傷をした。そして、一児の父親だ。

「帰っていいですよ」

「良かった! 息子を知り合いに預けて来たんです。助かります」

 車に乗った時には火傷の痕は消えている。だが再現が必要ならいつでも容易に復活させられるだろう。

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