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愛しいヴぁんぱいあ  作者: 宗田 花
第1部
5/18

05_諸手続き

 ところで赤ん坊。この子にはまだ名が無い。拾われて二週間経つが、一向に名前を付ける気配のないセナに雫は業を煮やした。情もわき始めている、なんとかしてやりたい。

「この子拾ってからもう二週間経つんだけど!」

「そんなに経つか?」

「経つわよ。どうする気なの?」

「どうするって、何を?」

「名前! 先に名前つけなくちゃでしょ!」

「こいつに?」

「そうよ、名前つけて、役所に行って届けだして」

「役所ぉ?」

 セナには縁のない場所だ。というより、避けていると言っていい。

「父親として戸籍作らないと」

 セナは目を剥いた。

「俺、父親じゃねぇし!」

「何言ってんのよ! それが目的で子育てするのに!」

「うわ、俺一人に責任おっかぶせんのかよ」

「この子があんたを救ってくれるのよ、それくらいしなさいよ。可哀そうじゃないの!」

 雫が本気で言ってるらしいことに気づいたセナは、真剣に悩み始めた。

「ヤバくなったら日本を出るって手もあるし」

「今じゃ世界のどこに行ってもヴァンパイアは金持ちのターゲットでしょ」

「中国の奥地の方とかモンゴルとか。どうにでもなるよ」

「じゃ、何で日本に来たのよ」

「……観光がてら」

「なにそれ」

「知ってるやつが一度は住んでみろって言うから来たんだ」

 雫は開いた口が塞がらなかった。

「……呆れた……そんなんでこんな危険なとこに来たの?」

「そうだよ。だから日本のあちこちに旅行してた、この赤んぼを拾うまでは」

 雫は考えた。放っておいたらこの子育てを知らないヴァンパイアは何もしないだろう。尻を叩いてでもこの子の面倒をしっかりと見させなければならない。

「いい? 今日中に名前を決めましょ! それから明日は役所。ついてってあげるから手続きするの。分かったわね」

「えええ、面倒くせぇ!」


 雫に叱咤されて、セナは名前を考え始めた。

「えっと、雪」

「この子、男の子」

「白」

「雪から離れて」

「冬」

「季節から離れて」

「……尽きた」

「あんた、頭いいじゃない! 本だってたくさん読んでるんだから名前くらい考えて」

「俺の読んでるの専門書ばっかだし」

「いいから! 『祐司』って名前は自分で決めたんでしょ?」

「日本を紹介してくれたヤツが付けてくれたんだ、こっちの戸籍とかの偽造もしてくれて」


  


 雫はため息をついた。これではとことん手伝わなければならないようだ。

「あんたの『祐』の字を使お。そしたら決めやすいでしょ?」

「うん、それで?」

 本当に考える気がないらしい。雫はセナのパソコンを広げて名前サイトを開いた。

「『祐斗』、ひろと」

「捕まったヒロと同じ?」

「……縁起悪い、やめ! 『じょう』って読むんだって」

「『瀬名せな(じょう)って収まりが悪い」

「『祐人』、まさと」

「それ、いやだ」

「文句ばっかり! じゃ、自分で選んで!」

 パソコンを向けられ、セナは仕方なく眺めて行った。

「…………これは?」

「『祐斗ゆうと…… 『瀬名せな祐斗(ゆうと)』……いいかも! 父親が決めたんだからそれでいいと思う!」

「誰が父親だ! ……ま、いいや。で、明日役所? ほんとにお前ついてくんの?」

 セナはすっかり雫に頼り切っている。

「しょうがないから行ってあげる」

「この赤んぼ」

「祐斗」

「祐斗はどうすんの?」

「連れて行くの。その方が人の目にもつくし。なるべく多くの人に見てもらわなくちゃね」

「お前ってほんとに悪知恵働くな」

「誰のためよ!」


 雫に何度も念を押されて、この日から『赤んぼ』は『祐斗』と呼ばれるようになった。名前がつくと不思議なもので、今までにない感情が生まれて来る。

「祐斗、腹減ったか?」

「祐斗、風呂だぞ」

「祐斗、もう眠いのか?」

 話しかけることが増えた。独り言でさえ呟いたことが無かったのに、やたら祐斗に話しかけ始めている自分に気がついていない。これはプリンティングみたいなもので、セナは短時間で刷り込みされてしまった。



 次の日の午後、雫が来た。

「お出かけ用のかっこ、用意してきたから」

 祐斗の衣類と前抱っこひもとパパコートだ。雫は面白がって用意したのだが、セナはあまり見た目を気にしない。だから自分でも面白がっている。

「すぐ用意するから待ってろ。そうだ、祐斗の支度、頼む」

 祐斗の世話をしながら雫は待った。寝室から出てきたセナは、黄色のタートルネックにブラウンのVネックセーター、腕には黒のロングコートを下げて出てきた。

 左耳の縁に3つくらいピアスをつけ始めたのを見て雫が驚く。

「ね! 穴、開けられるの!?」

「開けられるよ」

「ヴァンパイアって体の復元力強いんでしょ?」

「そうだよ。だから傷を負ってもすぐ治る」

「ピアスの穴は?」

「ああ、そのままにしてるんだ。人間社会に出る時はつけてる」

「カモフラージュのために意思の力で開けてるってこと?」

「そうだよ」

 雫は考え込むような顔を見せた。形のいい耳を3つのリングが縁取っている。

「どうした?」

「なら、どうしてヒロは見つかったのかなって」

「あいつ、そこまでの力が無かったんだろ。こういうのは普通のヴァンパイアには無理なんだ」

「セナは普通じゃないの?」

「多分」

「他に何が出来るの?」

「内緒」

 どうやらセナは自分の体を自力でコントロールできるらしい。


  


 セナの運転する車に、祐斗を抱えて雫は乗った。まだ薄い髪の毛を撫でながらお喋りを続ける。

「私ね、セナは髪染めて、カラコンつけて目の色誤魔化してるのかと思ってたんだけど」

「そんなのすぐにバレるよ」

「そうなんだ……」

「なに、怖くなった?」

 セナはくすっと笑った。

「全っ然! すっごく不思議!」

「これでもいろいろと大変なんだよ。常にその色にしてなくちゃなんねぇし。さっきお前の言ってた復元力ってヤツで戻りそうになるんだから」

「じゃ、ずっとストレス抱えてるの?」

「ストレスねぇ……」

 そんな風に分析したことが無い。聞かれて初めて考えた。

「そうなのかな。確かに日本に来て睡眠時間増えた」

「体格とかも?」

 そろそろ雫に答えるのが面倒になって来た。それに質問の内容が答えたくないものになっている。

「これ以上の質問は無し! お前さ、あんまりヴァンパイアのことに詳しくなんねぇ方がいいぞ。普通の人間はそこまで知らないんだから」

 ちょっと不貞腐れはしたが、確かにそうかもしれない。ついうっかりどこで何を喋るかも分からない。

「いざとなったら祐斗なんか放っといて逃げるからな」

 生き延びるためならそれも仕方ないだろうとは思う。

「祐斗、捨ててくの?」

「自分の命捨てるよりはマシだ。それに祐斗を逃走に巻き込みたくない。そんときはお前んとこで頼む」

「……分かった」



 役所は機能的ではあるが、冷たい雰囲気が漂っている。じろじろと見られてセナは牙を剝きそうになった。

「そう怒んないで」

「ここの連中、人を人として見てねぇだろ」

「それ、あんたが言うとすっごく可笑しい」

 ひそひそと小声で言い合う。

 まずは受付だ。

「ご用件は?」

「子どもが生まれたのでその手続きに来ました」

 雫がセナに代わって言う。

「ではこちらにご記入の上、三番窓口においでください」

「はい」

 受け取った用紙に記入するのはセナ。子どもを抱いているが、自筆でないと認められない。

「へぇ、思ったよりきれいな字」

「お前の俺の評価って低いよな」

「そりゃ! 普段のセナを見てるとね」

「どういう意味だよ」

 そのセナの手が止まった。

「これ」

「どうしたの?」

「母親んとこ、どう書けばいいか分かんねぇ……お前の名前でもいいか?」

「ばっ! バカ、なに言ってんのよ! いい? 昔付き合ったことのある女性が急に現れて子どもを置いてどこかに行っちゃった。調べたけど名前が偽名だったらしくて分からない、そう言えば?」

「うわ、お前犯罪者かよ!」

「うるさい!」

「俺、悪事に手を染めたことなんて無いんだぞ」

 そうは言っても他に手立ても無く、その通りに窓口で言った。

「そうですか。じゃ、母親の欄は空欄でいいですね?」

「はい」

「ではこれで受け付けます。お疲れさまでした」

 雫に小声で言う。

「日本の役所ってチョロいんだな」

 セナは雫に足を踏まれた。


 ちょっと買い物をして車に戻った。

「あんなんでいいのかよ。ヴァンパイア狩りには熱心だけど人間管理ってヤツは適当なんだな」

「お役所ってそういうもんなの。これでセナは戸籍上のお父さんになれたのよ。良かったわね」

「良かったって言うか……おい、これに付随するデメリットはなんだ?」

「世話をするくらいで、たいして無いんじゃないの?」

 それが大嘘であることが後々分かっていく。

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