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愛しいヴぁんぱいあ  作者: 宗田 花
第1部
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02_世話係

 少なくとも見つけた時くらいには元気になったからほっとする。あまり元気になっていては雫に怪しまれてしまう。

 ヴァンパイアは吸血するだけではない。その血は薬用として重宝されている。前代未聞の薬、万能薬だ。だからヴァンパイア狩りが盛んに行われていた。お蔭でヴァンパイアたちはセナのように、ひっそりと暮らしている。ただし、服用し過ぎると麻薬のように中毒化するし、寿命が早く尽きる。最悪、己がヴァンパイア化してしまう。


 セナが住んでいるのは町はずれの比較的新しい家だ。中古の物件を買い、自分で改築して壁を塗り替えた。だから真新しく見える。

 この家は全てが洋室。テレビは無いが大概のものは揃っていて、明るい部屋はとてもヴァンパイアの住まいには見えないだろう。

 掃除が面倒だから4LDK。セナには手狭ではあるが、一つ一つの部屋は一般的には広い。寝室とゲストルームとダイニングルームにリビング。もう一つ家の中央に小さな部屋があるが、壁に埋め込まれてしまって表からは分からない。入ることが出来るのはセナだけ。この部屋は大きかった部屋の一部を改造して作った。その部屋にはベッドがあり、他にはランプと小さな冷蔵庫があるのみ。大きな浴室が隣にあるからパッと見にそこに部屋があるとは想像しにくい。

 そしてリビングに大きな暖炉がある。カーテンは白のレースとネイビーよりちょっと明るい色の遮光カーテン。どこの家でもありふれたものだ。



 雫の到着は早かった。けたたましくチャイムが鳴り、セナは玄関に向かった。

「赤ちゃんは?」

 大きな荷物を持った雫は、挨拶も無くずかずかと中に入ってきた。また雪が降り始めたのだろう、駐車場から来る間に肩にうっすら雪が載っている。

「暖炉の前。おい、再会のディープキスは?」

 雫はじろっとセナを睨みつけるとラグに座り込んだ。

「男の子ね。良かった! 女の子じゃ厄介だし。可哀そうにねぇ。よりによってこんなのに拾われるなんて」

 この町では、いや、それを言うなら世間一般的に捨て子など珍しくもなんとも無い。貧困家庭が多いから、ちょっと良さげに見える家の玄関に赤ん坊が置かれることはざらにある。児童養護施設など、どこも満員だ。

 オムツをし、乳児服を着せ、熱を測り、哺乳瓶を取り出す。

「お腹空いてるだけみたいね。お湯ある?」

「お湯? 風呂?」

 雫は精一杯の努力で忍耐強さを披露した。

「ミルクを作って飲ませんの。分かる? ミ・ル・ク」

「ねぇよ」

 ムスッとしながらセナは答えた。雫はわざとセナにぶつかって台所に向かった。

「なんだよ、いてえな!」

 それには返事をしない。

「来て」

 ため息をついて台所について行く。雫は小さめの鍋に湯を沸かした。

「いい? いったん沸騰させる。ほんのちょっと冷ましてほら、缶を見て」

 そこに分量が書いてあった。

「この子は生まれて間もないわね。よく見てて」

 母乳瓶に計量スプーンでミルクを入れ、お湯を注ぎ込む。

「で、このままだと赤ちゃんが飲むには熱いの」

 水道水で哺乳瓶を冷やす。雫は自分の手の甲にミルクを垂らした。

「うん、これくらいね。手を出して」

 言った時にはセナの手を掴んでいる。同じように手の甲にミルクを垂らした。

「この温度。覚えてて。大丈夫よね?」

 セナの五感の記憶力は抜群だ。

「それで?」

 ラグの方に戻ると、雫は赤んぼを抱き上げて飲ませた。

「おおお! ちゅーちゅー吸ってる!」

「これが赤ちゃんの食事。泣いたらオムツを替えるか、食事。あとはどこか居心地が悪いとか棘でも刺さってるか。分かったわね?」

「……俺が面倒見んの?」

「そ」

「……無謀だろ、それ」

「なんで? 子持ちのヴァンパイアなんていないだろうからいいカモフラージュになるでしょ。父さんも賛成してたわよ、ちっとは苦労した方がいいって」

「なんで! 俺大人しいし心配要らないって!」

「隣町のヒロ、捕まったわよ」

「え……あいつ、大人しかったじゃん」

「今はね、大人しいだけじゃダメなの。ちょっとしたことからバレるんだから。みんなそれほどヴァンパイアの血が欲しいのよ」

「絶対それおかしいって。なんでこっちが自分の血の心配しなきゃなんないんだよ」

「だからこの子、育てなさい。いいじゃない、暇なんだから。時々様子見に来てあげる」


 こうしてセナは赤んぼを育てることになった。本人の希望はこの際抜きだ。


  


 セナが慣れるまで、雫はほぼ毎日来た。口は悪いが面倒見はいい。

「泣き止まないんだけど。うるせーったらない」

 雫に文句を垂れたが、眠れないという苦情は生まれない。多少体が楽にはなるから目を閉じるが、いくらも寝ない。夜電気を消せば人間っぽく見えるから消している。夜目は利くから読書にも困らない。

「ちゃんと面倒見てる?」

「ミルク、やった。おむつも大丈夫だ。棘もねぇ。なにが不服なんだか」

 確かにラグの上で赤ん坊は泣いている。その両手両足を空をかくように精一杯ばたばたと動かしながら。

 雫は抱き上げた。

「よしよし、どうしたの?」

 雫の胸に頭を預けた赤ん坊は大人しくなり始めた。

「なんだ? 泣き止んだぞ」

「こうやって抱いてる?」

「抱く? なんで」

「赤ちゃんって……寂しがり屋なの。人肌が恋しくても泣くのよ」

「独身男じゃあるまいし」

「いいから抱いてみて」

 セナの両手に赤ん坊を押し付けた。いかにも慣れない不器用な手つきでセナが抱く。赤ん坊はまたぐずり始めた。

「私がやったみたいに赤ちゃんの耳を胸につけて。赤ちゃんはね、人の鼓動を聞きながら眠ったりするの」

「俺、人じゃねぇし。鼓動出すの面倒くせぇ」

 すかさず雫の蹴りが尻に入る。こう見えても雫は空手二段だ。

「いってーな! もうちっと女らしくなれねぇのか? 第一なんでそんなに赤んぼのこと分かるんだよ。あ、いつの間にか産んでたとか?」

 もう一発さっきよりキツい蹴りが入った。

「お姉ちゃんのとこの赤ちゃんを時々世話してるの! 変な想像しないでくんない?」

「その足癖、直せよ。黙ってりゃ可愛いのに」

「あんたに褒められても嬉しくない。鼓動くらい出しなさいよね!」

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