婚約者様が度を越したツンデレなのですが、天の声さんが元気なので誤解も招かれず平和です
「シャルリーヌ! 貴様はどうしてそうなんだ!」
『アルセーヌ可愛いー! シャルたんの頬染め上目遣いできゅんきゅんしちゃったのね!? そうなのね!? もう、ツンデレなんだからー! シャルたん今よ! 渾身の愛をぶつけるのよ! さあ! さあ!』
天の声さん、今日も元気だなーとシャルリーヌは思う。シャルリーヌにだけ聞こえる天の声は、シャルリーヌをいつも導いてくれる。
「アル様、アル様。わたくしが頬を染めてしまうのは、アル様の愛を感じるからです。アル様に愛されるからわたくしは幸せなのです。どうか、そんなことを仰らずわたくしの愛を受け入れてくださいませ」
「うぐっ……」
胸を押さえるアルセーヌに、一瞬心配して駆け寄ろうとしたシャルリーヌだが天の声の元気な声に心配が掻き消えた。
『アルセーヌ! シャルたんの可愛さにメロメロなのね!尊死しそうなのね! わかる!』
なにがわかるのだろう……。シャルリーヌはアルセーヌと天の声さんに呆れ果てる。が、同時にそんな風に自分を心の底から愛してくれる〝二人〟が大好きだ。
『なんでか知らないけど、番外編版では悪役令嬢のはずのシャルたんが主人公でびっくりしたわー。けど、シャルたんの幼少期編すごい天使だし買ってよかったー! でも、なんかシャルたんの可愛さにアルセーヌもメロメロになってるし、本編と展開違いすぎない? 番外編版は独自路線なの? 今更シャルたんが不幸になるとか嫌よ?』
……天の声の言葉は、時折シャルリーヌには理解出来ないこともある。だが、天の声がシャルリーヌの幸せを願ってくれているのはわかった。
(天の声さんとアル様さえいれば、わたくしは幸せなのに)
過保護な天の声に、シャルリーヌは心が満たされる思いだった。
最初はそう。父が再婚した日だった。母を病で亡くし、塞ぎ込んでシャルリーヌの相手すらしてくれなくなっていた父。心配していたシャルリーヌを他所に、いつの間にやら心を癒してくれる女性とやらを見つけたらしい。公爵家に連れ子を連れてきた元伯爵夫人の未亡人は、確かに優しい人だったがシャルリーヌはどうしても受け入れられなかった。かといってあからさまな拒絶も出来ず、戸惑うままにストレスで高熱を出して倒れてしまうシャルリーヌ。そんなシャルリーヌに突然誰かの声が聞こえたのだ。
『シャルリーヌ可哀想! そりゃ悪役令嬢にもなるよ! 主人公の優しい義姉を拒絶するツンツン美少女にこんな過去があったなんて!』
シャルリーヌは熱に浮かされたまま天の声を聞く。
『私は味方だからね、シャルたん!』
シャルリーヌは、そのたった一言で救われたのだ。
『今日はシャルたんとアルセーヌの初めましての日かぁ。アルセーヌ、本編と同じでシャルたんを嫌うのかなぁ』
嫌われる前提なのか。シャルリーヌはちょっと困った。シャルリーヌはあの日以来、父とも義母とも義姉とも上手くはいっていないが拗れもしていない。天の声さんさえいてくれればそれでいいと開き直った結果である。
その天の声さんは時折予言をする。この間も天災を言い当てて、天の声さんの言葉に従って安全そうな場所に隠れていたら怪我をしなかった。本来なら顔に大きな傷ができるはずだったらしい。だから、天の声さんが嫌われる前提で見ているのならそうなるかもしれない。
『とはいえ、アルセーヌが失言してしまう顔の傷は番外編版では何故かないのだしなんとかなるかも』
どうも、天の声さんが言うには婚約者様は顔の傷について失言してそこから関係が拗れるようだ。なら、天の声さんのお陰で怪我をしなかったのだから確かになんとかなるかもしれない。
『頑張れー! シャルたん、運命なんかに負けるなー!』
天の声さんの応援があれば、わたくしは頑張れる。そうシャルリーヌが意気込んだその時だった。
「……天女か?」
アルセーヌが現れた。
「天女?」
『え、これヒロインに言うセリフのはず?』
「あ、いや……き、貴様が俺の婚約者か」
「はい」
「その……あまり出しゃばらず、常に俺のそばにいるように。特に兄上の前では俺の後ろにいろ」
「え?」
シャルリーヌはアルセーヌの言葉になんと返事をしたらいいかわからない。すると天の声さんが元気になった。
『きゃー! アルセーヌ、シャルたんに一目惚れ!? 顔に怪我してないシャルたんは確かに美少女だけどそんなのアリ!? そして女好きなお兄様から守る宣言! もう、シャルたんったらこのこのー!』
どうも言動はきつめの婚約者様だが、自分に対して好意的らしい。天の声さんが言うんだからそうなんだろう。うん。シャルリーヌは言った。
「アルセーヌ様が守ってくださるのなら、心強いです」
アルセーヌは顔を真っ赤にしてシャルリーヌから目をそらす。
「か、勘違いするなよ。俺は兄上があまりに節操なしだから、仕方なくお前を守るだけだ」
『きゃー! アルセーヌデレデレー! シャルたん愛されてるー!』
これでデレデレなのか。わかりにくいな。……とは思いつつも、会ったばかりでそこまで愛されているのかと思えば満更でもないシャルリーヌ。
「これから末永くよろしくお願いしますね、アルセーヌ様」
「……アルでいい。よろしく」
それからは、傍目からは分かりづらい溺愛が始まった。天の声さんの応援という名の解説付きで。
「アル様、今日はどこに行きましょうか」
「お前と一緒ならどこでもいい。お前の行きたい場所を言え」
「では、久しぶりに我が家の中庭でティータイムと致しましょう」
時は経ち、大きくなったアルセーヌとシャルリーヌ。天の声さんのおかげで二人の絆は深まり、今や天の声さんの解説が無くともなんとなくアルセーヌの気持ちを察せられるようになったシャルリーヌである。またアルセーヌも、幼少期より素直になった。二人は社交界でもお似合いの二人として有名だ。
「シャル! 今日もアルセーヌ様とご一緒なのね!」
「お義姉様」
シャルリーヌの義姉……乙女ゲーム『虹の聖女』本編の主人公、セイラ。彼女とシャルリーヌは、関係が変わることはなかった。本編と違いシャルリーヌはセイラを拒絶することはなかったが、積極的に仲良くすることもない。父と義母は、純真で聖女であることがわかったセイラばかりを大切にしてシャルリーヌのことは使用人たちに任せていた。それでも、シャルリーヌにはアルセーヌと天の声がいる。シャルリーヌが悪役令嬢になることはなかった。
「ねえ、よかったら私もご一緒していいかしら! 将来の義弟とも仲良くならなきゃね」
シャルリーヌは一瞬なにか嫌な気持ちになるが、断ると面倒なので受け入れようとした。が。
「申し訳ないが、聖女殿はたくさんの貴公子と噂が絶えないと聞く。我が愛する婚約者に悪影響なので近寄らないでもらいたい」
「え」
アルセーヌはセイラを拒絶した。そして、シャルリーヌに言った。
「シャルの両親が聖女殿ばかりを溺愛してシャルを蔑ろにしているのは使用人たちから聞き及んでいる。悪いが、シャルの両親から勝手に許可を得てシャルを花嫁修行と称して我が屋敷に呼ぶ準備を調えた。今日からうちに来い、シャル。今では手癖の悪い兄上も、聖女殿に夢中になってシャルに手を出すとは思えないしな」
シャルリーヌはアルセーヌの気遣いに感動して、涙を流して何度も頷く。
『きゃー! アルセーヌ男前ー! シャルたん、幸せになるのよー!』
天の声も後押ししてくれるので、シャルはアルセーヌと共に行くことにした。
「……シャルを蔑ろに?」
一方でセイラは、初めて自分の状況を客観視した。両親に愛され、義妹とは上手くはいっていなくても嫌われてはいないと思っていた。義妹も程度は違っても両親から愛されていると思っていた。聖女として平民達からも愛されて、貴公子達からは迫られて少し困っていたが気分はよかった。
でも、傍目からみたら両親は聖女である自分しか愛していないように見えるという。たしかに義妹は放置気味だったかもしれない。義妹はそれに気づいていたのか。だったら自分は義妹からもしかしたら嫌われていたかもしれない。貴公子達と噂が絶えない、悪影響。周りからはそう見えていた。
セイラは、自分の人生を改めて見つめ直し始めた。
「お義姉様が、中央教会にて出家したそうです。貴公子達はみんな残念がっていたそうですね」
「みんなから愛される私とやらに酔っていた聖女殿にしては素晴らしい成長だ」
『でも本編ではそんなセイラにベタ惚れだったじゃん。こちらのルートではシャルたん一筋だからいいけどさ』
一歩間違えたらアルセーヌすら取られていたのか。シャルリーヌはセイラを恐ろしいと思ったが、もう出家して俗世には戻らないセイラに怯える必要はないと前を向く。
「セイラに出家されたご両親は今更シャルに擦り寄って来ているそうだが、シャルが俺の嫁になることは変わらない。遠縁の親戚から跡取りを迎えることになりそうだな」
「本来なら聖女でもあるお義姉様に継がせたかったみたいですけどね」
「本来というなら、連れ子である聖女殿にはそもそも公爵家を継ぐ資格などないはずだがな」
「まあ、わたくしはアル様との婚約もありましたし。聖女であるお義姉様は異常なほど愛されていましたから」
「兄上は妾の子だから、うちの嫡男は俺だったからな。婿入りの婚約だったらちょっと色々面倒だったかもしれないし、よかった」
「ですね」
『本当だよー。なんかセイラ、本編を遊んでた時は無邪気で可愛いと思ってたけど……聖女のくせに人の心を分かってなさすぎだったし。色々とこれでよかったと思うよー』
天の声に、シャルリーヌも同意する。
『ともかく、これでアルセーヌとシャルたんが結婚してハッピーエンドだね。おめでとう、二人とも!』
その言葉が聞こえて以降、不思議とシャルリーヌにも天の声は聞こえなくなった。けれどシャルリーヌは、夫となったアルセーヌと手を取り合い、子宝にも恵まれて幸せな生涯を送ることとなり、いつまでも自分を愛してくれた天の声への感謝を忘れなかった。