とっても苦いコーヒー
「チイ、こんな処にゴミが落ちてるぜ」
冬のよく晴れた朝、チイたちは学校へ向かう途中で空き缶を拾った。路面電車の線路上に転がっていたそれは、早朝の忙しない人通りの中では一顧だにされず、手にしたキノは顔をしかめる。
「線路に挟まってたら危ないってのに、みんな無視かよ」
〈とっても苦いコーヒー〉と、ありきたりのように黒地に白い文字で書かれていた。チイもキノもコーヒーはミルクをたっぷり注いだものを好むため、ブラックの缶コーヒーを捨てたのは大人だろうと推測する。
「最近、ここら辺でよく見るよ。君が学校まで競争を仕掛けてくるから言わなかったけど」
「そうなのか? まったく、マナーの悪いやつだぜ」
キノは空き缶を空中に放り投げ、また手に取った。そして、マフラーに半分顔をうずめると、鋭い目つきでぐるりと周囲を見渡し、独り別の方角へ駆けてゆく。
「どこに行くのさ!」
チイも線路を横切って、必死に友人の後を追いかける。キノは思ったことをすぐ行動に移す少年のため、油断すると瞬く間に見失ってしまうのだ。
「……ここにもあった」
交差点の横断歩道にも、同様の空き缶が落ちていた。青信号が点滅しだし、二人は急いで道端に戻る。
「脇目も振らずに飛び出すなんて、いくらなんでも危ないよ。それに、道草を食ってたら学校に遅刻するよ」
「何言ってんだ。これは、あくまで奉仕活動さ。僕たちの愛する街を綺麗にして、怒られるもんか」
「そりゃそうだけど……」
「きっと、まだまだ出てくるぜ。捨ててるやつは同じやつだろうから」
キノは一心不乱に空き缶を集めだす。チイはやれやれと溜め息をついて、友人に同行した。そうしてチイは四缶、キノは七缶も見つけた。二人とも鼻の頭を赤くして、近くにゴミ箱はないかと辺りを窺う。
ちょうどいいところに、清掃員の年配男性がやってきたので、二人は彼に、空き缶を代わりに捨ててくれるよう頼んだ。男性はにっこりと笑って、快く承諾する。
「良い子たちだね。ご褒美にこれをあげるよ。ひとつしかなくて申し訳ないけど」
男性は作業服のポケットからある物を取りだす。差しだされたそれが〈とっても苦いコーヒー〉であると分かったときには、少年たち二人は顔を見合わせていた。