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どうやら方向にとらわれないお方であるらしい(ダール視点)







 ああ、きっとこのまま処分されるのだろう。ダールがそう理解したのは、奴隷商人から一切の世話を放棄された翌日――と言っても元々世話される頻度が極端に少なかったため正確な日数は分からないが――だった。

 美醜による差別が根強いこの国で、ダール自身の顔も身体も人から嫌われることは知っていた。それでも、ひっそりと生きてさえいればなんとか生活していける。そう教えたのは、幼い頃に流行り病で命を落とした母だった。母は働いていた屋敷の貴族に気まぐれに手を付けられダールを身籠ったというが、生まれたダールが貴族である父とも産んだ母ともあまりにも似ていなかったため、母は父の怒りを買うことを恐れ、屋敷を逃げ出して女手一つでダールを育ててくれた。

 ダールは己の命を大切にしてくれた母のために様々な目に遭いながらもなんとか生き延びるつもりであったが、それもそろそろ潮時かもしれない。流石に空腹で、生活魔法ならある程度はなんとかなるかもしれないが攻撃魔法は大して数が打てる気がしない。処分であれば逆らえないし、どこかに捨て置かれても数日と持たないだろう。

 ぼんやりとそう考えていたところに響いたのは、凛とした女の声だった。


「あの人、いくらですか」


 声につられて視線をそちらへ向けると、奴隷商人に顔を隠すようにと指示され伸ばされていた前髪の間から美しい女が見えた。

 全体的に小さく柔らかそうな身体、さらりと揺れ丁寧に手入れされているであろう艶めいた漆黒の髪、細く形の良い眉、見る者全てを魅了してしまいそうな瞳、ちょこんと中央に位置する可愛らしい鼻。今までダールが見てきた女とは比べるべくもなく、最上の顔形をした女。耳元には繊細な作りの高価そうな髪留めがされており、首元にもどこかの有名な意匠が手掛けただろう首飾りが飾られている。持っているもの身に着けているものすべてが、女の異質さ、清廉さ、気高さを引き立てていた。

 女は奴隷商人と何かを話している。詳しくは聞き取れなかったが、先程聞こえた発言から察するに奴隷を購入するのだろう。あの女のように美しい者に仕えられるのであれば、奴隷として最高の名誉だ。勿論奴隷には人の尊厳などないので、奴隷の中では、という前置きが必要ではあるが。

 しかしながら見目の良い奴隷を虐げることに快感を得る者もいるというし、ただ単に肉盾――普段は身の回りの雑事をし、何かあれば使い捨てられる便利な道具――として購入する者も多いらしい。どちらにしろ、傍に置くには醜すぎるダールには関係のない話だ。


 このまま適当なところで打ち捨てられ、母の元へ逝く。


 そう思っていたダールは、奴隷商人に命じられ荷馬車から降ろされた。









 ◇













 ダールは首元の縛りに触れながら、小さな女を見下ろしていた。

 当初荷馬車から降ろされたダールは、草原のど真ん中で捨てられるのか、と思いながら辺りを見回しながら、まあ魔物がうようよいるであろう森の中に捨てられるよりはマシかと考え――女も共に残されたことに、数分経って漸く気が付いた。

 女の傍に他の奴隷が見当たらない。結局、奴隷を買わなかったのだろうか。それにしても、何故奴隷商人はここでダールを捨てたのだろうか。

 そんなことを考え、そうして誰かの奴隷になった印である首輪――奴隷商人の商品であったときとは形も制約も違う――の存在に気付き、唖然とした。まさか、この美しい女がダールを買ったというのか。何故、あんなにも優良な奴隷たちの中から、ダールを。


「ええと、ダールさん、で良いんですよね」


 ダールを見上げながらそう問う女に、ダールは奴隷が主人を見下ろすという最悪な構図でいたことに漸く思い至った。最悪だ、買ってもらって――命を救われて――早々心象が悪すぎる。

 急いで膝をつき、額を地面へと擦り付ける。


「この度は処分寸前のお――私を救って頂き感謝いたします。不肖ながらこのダール、ご主人様の肉盾として精一杯務めさせていただきます」


 見目の悪いダールを単に世話係として購入したわけはないし、恐らく肉盾として購入したのだろう。それでも、最期に誰か――それも最上の女――の命の盾となれるのであればまだ幾らかマシな人生の終え方だ。もしかしたら盾となることもなく、食事を与えられず餓死する可能性も大いにあったが、やはりただ意味もなく魔物に喰われてやるよりかは良い。


「ダールさん、顔を上げてくれませんか?」


 そう言われて顔を上げると、そこには視界いっぱいに美しい女の顔があった。思わず顔を逸らす。

 何故こんな至近距離に女の顔があるのか。そして、先程から女がダールのことを「ダールさん」と呼び、丁寧な言葉で接しようとするのはどうしてなのか。

 様々な疑問が脳内を行き交ったが、何ひとつ答えは出ない。それでも女からの視線がひたすら己の顔へと向いているのが分かって、ダールは何とか口を開いた。


「あ、あの、申し訳ありません。私は醜い顔をしておりますので、その」

「でも、これから一緒に生活するのに顔を知らないのでは不便です」


 確かに、何かあったときに顔を知らないというのは不便なこともあるかもしれない。ただ、「一緒に生活する」とはどういうことか。ダールはこの美しい女の身の回りの世話を任せてもらえるとでもいうのか。こんな、処分寸前の醜い奴隷が。

 もしそうしようというのならば、猶更顔を見せるわけにはいかなかった。身体つきだってこうも醜いというのに、顔を見せてやはり捨てよう等と思われたら今度こそ終わりだ。


「ですが、その。――ああ、そうです、ご主人様。私などに敬語も敬称も不要でございますので…」

「……じゃあダールって呼ぶね、よろしく」


 明らかに顔のことから話題を逸らしたダールに不服そうな女の視線を感じたが、女は最終的にダールの提案には納得したようだった。それでもまだ命令口調等ではない分、身の釣り合わなさを感じる。そんなダールに向けられた女の次の言葉は、ダールの想像を遥かに超えるものだった。


「じゃあ、ダールも私のことはスミレって呼んでくれる?敬語もなしで」


 ――意味が分からない。

 辛うじて女の名が「スミレ」だということは理解したが、「スミレと呼べ」?「敬語なしで」?

 言葉が通じるのに理解ができないというのはダールにとって初めての経験だった。スミレはダールに何を求めているのか。

 もしダールが見目の美しい、それこそ共に荷馬車に乗っていた妙齢の奴隷であったならば、夜伽の相手を求めて買われたのだろうかと勘違いしていたことだろう。奴隷と寝よう等という趣味だって大いに変わっていると思うが。

 それに、そもそもが奴隷に自分の名を呼ばせようという主人が珍しい。スミレは服装から察するに異国から来た貴族か何かなのだろうが、貴族というのは一概にして自尊心が高い。それ故に、人ではない奴隷に自身の名を呼ばれることを極端に嫌がる。流石に奴隷の名を呼ばずにいるのは不便なので呼んでいる貴族も多いが、それすらも疎ましそうにする程。


「今、なんて」

「あれ、聞こえなかった?す、み、れ。私の名前」

「……す、……スミレさま、」

「スミレ」

「スミレ様」

「スミレ」

「スミレ様、その、俺は、いや違う私は、」

「スミレね。へえ、ダールって一人称俺なんだあ。かっこよくて良いね」

「へ、あ、あの……」


 意味の分からないやりとりにダールが意図せず言葉を崩しても、スミレは気にした様子もなく(寧ろ楽しそうに)受け止める。他の主人であれば、「言葉遣いがなっていない」と鞭を振るっていてもおかしくない。

 スミレは「俺」という一人称が好きなのだろうか。何度も「スミレ」と返してくるのは、本当に呼び捨てにしろという意味なのか。

 分からないまま狼狽えるダールの両頬を、すみれの両手が包む。そのまま顔をスミレの方へと向かされて、ダールは固まった。そうして、自然な動作で前髪が後ろへと撫でつけられる。


「――えっ!?」


 驚いたスミレの声に、息を飲む。――顔を、見られてしまった。

 思った以上の醜悪さに驚いたのだろうか。それにしては表情に嫌悪感がなく、そして前髪を撫でつけるために頭部に置かれたスミレの手が動く気配がない。

 ダールを見ながら何かを思考するスミレから否定の言葉が出るのが怖くて声を掛けることもできず、かといって華奢なスミレを万が一怪我でもさせたらと思うと振り払うこともできず。ひたすら現状維持に努めている間、ダールは生きた心地がしなかった。


「…これは……お風呂――……、…カミソリとハサミ……、…………――何もしないことは美への冒涜……」


 スミレが何かを言っているが、あまりに小さな呟きは最初からダールに聞かせるつもりがないのか、ほとんど聞き取れない。お風呂と言っていたが、入浴がしたいのだろうか。カミソリとハサミが出てきたのは何故か。スミレの痛めつける手段は鞭ではなく刃物なのだろうか。一番最後の言葉は正直意味が分からな過ぎるので恐らく聞き間違いだったのだろう。

 どうすれば良いのかとスミレに声を掛けると、バッと顔を上げたスミレと目が合った。前髪越しではなく見るスミレの瞳は、真っ黒だというのに煌々と輝き、綺麗だった。


「行こうダール!とりあえず泊まれるところを探さなきゃ!」


 わくわくとした様子でそう言い放ったスミレは、漸くダールから手を離し、勢い良く立ち上がる。そして未だ正座の状態であるダールを見ると、当然のように手を差し出した。――この手は一体何をさせたいのか。何かを差し出せという意味なら、ダールは今何一つ渡せるものなどないというのに。

 ぼんやりと見ているダールを不思議そうに見て、スミレはもう一度しゃがみこんだ。そうしてダールの右手を両手で取ると、再び立ち上がる。

 先程の行為がただ単にダールが立ち上がるために差し出された手なのだと気付いて、ダールは震えた。まるで、スミレとダールが対等な人のようではないか、と。

 そんなまさかとあり得ない考えに蓋をして、立ち上がる。すると、顔の前に垂れた前髪越しにダールを見つめていたスミレが、思いついたように声を上げた。


「あっ、ねえダール、立ち上がってすぐで悪いんだけどちょっと屈んでくれる?」

「…?はい」


 ダールの顔がちょうどスミレの顔くらいの位置になったとき、スミレから「そこでストップね」と声がかかる。スミレは耳元の髪留めを外すと、ダールの前髪をそれで留めた。


「……っ、何をなさって……」


 これは果たして、ダールへ与えるという意味なのか。いや、そんな筈はない。しっかりと見たわけではないが、少なくともダールが目視した限り(そもそも物の価値を見分けることなど出来ないダールでさえも理解できる程に)かなり高額な髪留めである。


「お願い、これ着けといて!」

「こ、こんな……っ!受け取れません!」

「受け取らなくて良いから!今だけ!後で返してもらうから!」

「ですが、これは……!」

「お願いですこの通り!!」


 最初はこんな高価なものは受け取れないと返したが、どうやらスミレはこれをダールへ与えたというわけではなさそうだ。当然である。これ程繊細に作られた作品ならば、恐らくダール自身と比べるのもおこがましい程の金額がするだろう。

 そんな高級品を奴隷の頭につけるなど、スミレは何を考えて――と思ったところで、はたと気付く。これはきっと、この品に一切の傷をつけることなく(ダールが着けてしまった時点で物の価値が下がった気もしなくもないが)守ってみせろということなのだと。


「承知いたしました。スミレ様の御身共々、守ってみせます」

「…?うん、よろしく」


 ダールは自分の考えが至らないばかりに主人であるスミレに「お願い」と二度も言わせてしまったことを恥じ、その命を守ることを決意した。代償として醜い顔を晒したままになるのは落ち着かないが、今の時点でスミレはダールを捨てるつもりはないようだし、きっと他の奴隷と区別する意図もあるのだろう。いや、こんな厳つい身体つきの奴隷を堂々と横に置く貴族はほとんどいないとは思うが。


「じゃあ一番近い街に行こう!」


 そうして、スミレは楽し気な表情で歩き始めた。――近い街とは逆方向に。

 ダールが「一番近い街はこちらの方面です…」と声を掛けると、スミレはぴたりと動きを止めて恥ずかしそうにはにかむ。スミレはどうやら方向にとらわれないお方であるらしい。

 スミレにありがとう、と返されて、ダールは嬉しいようなこそばゆいような、初めての感覚を味わった。







次話ももう1回ダール視点を予定しています。

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