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これ以上の僥倖はない(ダール視点)

感想など下さっていた方々、ありがとうございます。

全然更新できていなくて申し訳ありません。

今後も亀更新となりますが、少しずつ進め、合間に短編なども書けたらなと思っています。

 





「とりあえず、手持ちの物が何とか売れそうで良かった!暫くは売って凌いでいけそうだね」

「はい」

「ひとまず、凌げる内はそれでいいかなと思ってるんだけど、実際それでどれくらいの期間保つかわからないし……、先々のことを考えたら、普通に仕事に就いて収入を得られた方が良いと思ってるんだよね。ダール、どういう仕事なら良いと思う?」


 スミレにそう問われ、ダールがまず始めに思いついたのは貴族や商人の屋敷に住み込みで働ける仕事だった。過去求人を見て割に良い処遇だと思っていたし、実際にダールの母もそういった職に就いていた(まあ、()()あった結果辞めることになったわけだけれども)。

 ただし、スミレが住み込みで働くとなった場合、母のように危険な目に遭わないとも限らない。母も客観的に見て美人であったが、スミレはそれとは比べ物にならない美貌の持ち主だ。普通にしているだけでも危ないというのに、雇用主と労働者という明らかに上下の関係が出来れば、それに物を言わせて何を強要されるかなんてことは、想像に難くない。ダールが守れれば良いけれども、住み込みで働く場合ダールはスミレの傍にはいられない。それでもダールがスミレに捨てられることがないのであればダールは野宿でもなんでもしてスミレに仕え続けたいと思うが、住み込みで働けばそもそも身の回りのことはスミレ自身がしなくてはならないのだ。ダールの存在意義はなくなるに等しい。

 本当ならば提言したくない案だったが、スミレの不利益になりうることを考えて、ダールは住み込みの仕事について説明した。それと、次の案として食事処や宿屋での仕事も。こちらの仕事も賄いが出るので悪くないが、宿は別確保となるので宿代がかかる。賄い以外の食費や生活費を鑑みると、ある程度切り詰めなくては生活が難しい。そうなると、やはりダールにかかる費用などは捻出できないししないだろう。どちらにしろ、スミレにお金の余裕がなければダールなんてすぐに捨てられてしまう筈だ。容易く想像できる未来に、吐きそうになる。


「そういうお仕事って、結構倍率高かったりするの?」

「…住み込み等は、単身者には人気の職ですが…。スミレ様なら問題ないと思います」


 なにしろ、女神と言って差し支えない美貌である。それに人当たりも良い。面接を受ければ、今すぐにでも働いてくれと懇願されることだろう。ひとつ懸念があるとすれば、先程思い至った通り危険な目に遭う可能性があることくらいだ。


「家族とかがいる人は応募できないの?」

「できますが、家族とは別に暮らさなくてはならないので、応募しない人が多いです。辺境など余程遠いところに家族がいて、仕送りをしている者であれば別ですが…」

「つまり、住み込めるのは働く人本人だけってことなんだね」

「はい。住み込みの場合は使用人用の大部屋に何人かで生活する形になりますので…」

「なるほど。ちなみに、ダールが応募したら受かるのかな?」

「………基本的に、奴隷が職に就くのは難しいです。申し訳ありません……」


 自分が役に立たないという事実に、ダールは出来得る限り頭を下げた。奴隷である以上仕方がないとはいえ、自分がスミレの役に立てないというのは胸が締め付けられるように苦しい。スミレは奴隷が働けないということは知らなかったようだし、もしかすると自分の代わりに働いてもらおうという算段でダールを買い取ったのだろうか。そうだとするならば、そもそもダールを買ったことを失敗だと思っているかもしれない。

 ――捨てられて、しまうのだろうか。


「それなら、住み込みの職は却下で。ダールだけでも宿が取れるなら良いけど、奴隷一人だと泊めてもらえないんでしょ?」

「……スミレ様…!」


 スミレの予想外の言葉に、ダールは感動のあまり泣いてしまいそうだった。確かに奴隷一人では宿に泊まることは出来ないが、本来奴隷なんて存在は街の外に適当に放り出しておいても良いのだ。死んでしまえばそれまでだし、生き残っていればまた使い潰せばいいだけであるから。それなのに、スミレはダールの寝床までもを用意してくれる心算のようである。慈悲深いことだ。


「そしたら、普通に食事処とか宿屋とか?で働くしかないかな。あーでも、賄いはありがたいけど、ダールの食事がもらえないんじゃちょっと微妙だなぁ……」


 スミレがダールをこのまま捨てずにいてくれるという安心感からか、ダールはあることを思い出した。貴族の一部が、自身の名を上げるために冒険者として活動――とは言っても実際に戦うのは部下や使い潰しのきく奴隷達であり、貴族自身は登録・クエスト受注・達成報告を行うだけである――していることだ。

 もしスミレが冒険者登録等を請け負ってくれるのであれば、ダールが実際のクエストを行い、スミレが収入を得ることができる。内容やランクにもよるだろうが、高難度の魔獣討伐等であれば2人分の生活費を確保するのも難しくないだろう。これまで一人での生活であり贅沢もほとんどしなかったダールは敢えてそういった危険度の高い依頼を受けたことはなかったけれども、スミレを養うためであるならどれほど危険があっても(スミレの身に及ばないのであれば)喜んで引き受ける。

 ――勿論それも、醜いダールを今後も傍に置いてくれるのなら、という前提付きではあるが。もしその選択肢を取ってくれるのであれば、ダールとしても自分の使い道を分かりやすく示せるのでありがたい。


「スミレ様は、今後も俺を傍に置いて頂けるのでしょうか」

「――勿論だよ。ダールが嫌じゃなければ、ずっと傍にいてほしい」

「スミレ様…!」


 たとえスミレが言葉の節々にダールをずっと手元に置いておいてくれると言うことを示してくれていたとしても、実際にそういう心算かどうかを聞くとなると存外勇気がいる。だからこそ、スミレの迷いない返答に、ダールはまたも泣きそうになった。涙を堪えながらもダールが冒険者という選択肢を提示すると、スミレは不思議そうに首を傾げる。


「冒険者?でも私、戦ったりとかは…」

「スミレ様に戦わせるなど、そんなことはしません。スミレ様には冒険者登録とクエスト受注、依頼達成報告をして頂き、実際の戦闘などは俺が行えばいいのです。それでしたら、俺もお役に立てますし…」


 話を黙って聞きながらスミレは納得したような表情で頷いた。かといってすぐさまその提案に乗るわけではなく、何やらじっくりと考えているようである。遠くの国から来てこの国の常識がわからないと言っていたスミレの発言を思い出し、スミレのいた国とこの国では法律なども違う可能性があるのだと気が付いた。もしかしたら、名義と実情の違うクエスト達成報告などはスミレのいた国では違法だったのかもしれない。


「あ、あの、スミレ様。国によって違いはありますが、少なくともこの国では貴族が名を売るために冒険者登録し、実際には部下や奴隷にクエストをやらせるというのは違反ではないんです。寧ろよくある話で。ですから…」

「あっ、そうなんだね。ごめん、そこを心配してたわけじゃないんだけど……でも、違反じゃないなら良かった」


 スミレが苦笑しながらそう言うので、ダールは首を傾げる。それでは、一体何を心配していたというのか。ダールが質問すると、スミレは眉尻を下げながら口を開く。


「そりゃ、冒険者って色々と危険なことも多そうだし…ダールが怪我でもしたら嫌だなって」

「……!」


 スミレのダールを心から心配しているかのような――スミレの表情からして実際にそうなのだろうが、自らの今までの経験を踏まえるとどうにも信じがたい――言葉に、ダールは驚きでいっぱいになった。スミレが心優しく、そして何故かダールを気に入ってくれていることは分かっていたが、まさかそれ程までとは思っていなかった。


「ダールは、私の名義って前提でも冒険者の仕事がしたい?」

「はい。元々冒険者という仕事は、それしか就けなかったとはいえ嫌いでもなかったですし――なにより俺は、少しでもスミレ様のお役に立ちたい。このまま何もせずにスミレ様のお傍にいられなくなったらと思うと、怖くて仕方がありません」


 自分が生活できる選択肢がなかったからではあったものの、冒険者という職は案外自分に合っていた、とダールは思っている。勿論ダールの中に誰かに認められたいという気持ちがなくはなかったが、自分を疎ましく思う者達と否応なしに関わらなくても良かったし、一人で出来る範囲の仕事を自分の裁量で選ぶことが出来たのも良かった。

 それに、経験のある仕事でなら、ようやくダールはスミレの役に立てる。自身の醜さなど関係なく、実力だけでスミレにお金を献上出来るのだ。ダールにとってこれ以上の僥倖はない。

 今まで以上に高報酬のクエストに挑戦して、出来る限りスミレの懐を潤したい。金銭的に支えになることが出来れば、少なくとも当面はスミレに捨てられることもないだろう。


「…分かった。さっきも言った通り私はダールにずっと傍にいてほしいと思ってるし、それはダールが役に立つかどうかは関係ないことだけど、それでもダールが何かしたいって言うなら、そうしよう。でも、一つだけ約束してほしい」

「はい」

「ダールに身の危険があるようなクエストは受けないこと。たとえ報酬が高額でも、ダールの命には代えられない。私はダール以外の奴隷を買う気はないし、私の身の安全を守れるのはダールだけだから、ダールは自分のことを私と同じくらい大切にしてほしい」


 スミレの言葉に、ダールは思わず「…スミレ様…」と絞り出すように名を呼んでしまった。

 ダールを大事にしようというスミレの気持ちが嬉しくて、それが自分に与えられているものだということが信じられなくて、それ以上の言葉は出なかった。

 本当なら無理をしてでもスミレの役に立ちたいと思っていたけれど、確かにスミレにはダールしか奴隷がいない。あまりに華奢で弱弱しく、そして美しいスミレを守るためにはダールも万全の状態でいるべきなのだろう。

 ダールがなんとか頷くと、スミレは満足そうに笑った。


「ん!じゃあ、落ち着いたら冒険者登録しに行こうか。って言っても、場所も登録方法も全然わかんないから、ダールに任せきりで申し訳ないけど…」

「なにも、申し訳ないことなどありません。俺に任せてください」

「ありがとう。それと、手持ちのものを売れる場所にも連れて行ってくれると嬉しいな。暫くは私もこの国に慣れたいし、冒険者登録はそれからでも遅くないと思うんだ」

「分かりました」


 スミレはそう言うと、ううん、と声を吐き出しながら背を伸ばした。どうやら身体が凝っているらしい。ダールはマッサージなどしたこともされたこともないので作法が分からないが、軽く押す程度であれば出来るかもしれないし、少しでもスミレの身体が楽になるのであればしてさしあげたい――そう思ったところで、いや、奴隷の自分が主人であるスミレの身体に触ろうなどと烏滸がましい、と考え直した。

 スミレのためになにかしたいのに、ダールにはとんとその方法が分からない。冒険者としてクエストを受け始めることが出来れば多少はと思うけれども、スミレの意向に従うのであればそれも暫く後になりそうだ。

 何か出来ることがあれば良い、と思っていたところで、スミレから声がかかった。


「話も一旦落ち着いたし、ご飯食べに行こうか。ダール、お店の案内をお願いしても良い?」

「…!は、はい。お任せください!」


 ダールは思いがけずすぐに役に立てそうな機会を得て、思わず立ち上がった。己の醜さ故に女性の好みそうな飲食店になど入ったことはないが、誤って自分に相応しくない店に入らないためにどこにどんな店があるのかは心得ている。スミレが食事をしている間はどこか人目のつかないところで修練し、その内にくる冒険者クエストのために感覚を取り戻しておくのが良いだろう。奴隷になってから暫く、戦う機会も修練の機会もなく腕がなまってしまっているに違いない。

 ひとまずはスミレの気に入る店を探すのが先だと、地図を見ながらスミレの好みそうな――ものはまだあまり分からないので、一般的な女性が好みそうな――店を探し始めたダールであった。





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更新されてるって気づいてめちゃめちゃ嬉しかったです! ゆっくりでも全然待ちます! これからも楽しみにしていますね♪
更新ありがとうございます! これからも楽しみに待ってます♪
こちらのシリーズが大好きなので更新とっても嬉しいです!ありがとうございます!!
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